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【コラム】Earl Sweatshirt『Some Rap Songs』から紡がれるアンダーグラウンドの新しい波

世界的に未曾有の事態が続いた2020年。パンデミックは音楽シーンにも並々ならぬ影響を及ぼし、多くのアーティストが、これまでとは違う形態での活動を強いられた。オンラインでのライブが一般的となり、我々リスナーの体験も大きな変化を余儀なくされる中、Travis Scottの『Astronomical』を筆頭に、前例の無い状況下で新たなクリエイションを模索するアーティストの試みに刺激を受けた方は多いだろう。

メインストリームから一歩離れた周縁的な場所でも、オルタナティブかつ刺激的な、今年以降の更なる発展を期待させるようなムーブメントがいくつも起こっていた。

エクスペリメンタルなシーンに目を向けると、2018年にリリースされたアルバム『Some Rap Songs』の激しくグリッチしたサウンドやオブスキュアなビートでシーンに衝撃を与えたEarl Sweatshirtが、MIKEやMAVI、Navy Blueといったラッパーたちと合流し、2020年に至っても異様な存在感を放ち続けていた。

その音楽性と同様に捉え所のなくオブスキュアな彼らの動きを語ることは困難だが、しかし、互いのプロジェクトに客演として参加し特異な雰囲気を醸し出す彼らは、明らかに一つの波をアンダーグラウンドなシーンに起こしつつある。

今回、Earl SweatshirtやNavy Blue、MIKEやPink Siifu、そしてStanding On The Cornerといったアーティストたちがリンクした経緯や背景について、稀代のヒップホップライターである小林雅明にコラムを寄稿して貰った。

捉え所の無い、しかし目を向けずにはいられないこの名も無きムーブメントを理解するための一助となるはずだ。

文:小林雅明

2021年を迎えたばかりのヒップホップ・シーンには見過ごせない動向がある。それはアンダーグラウンドで起きている波ではあるが、固有の名称や総称はないし、特定の地域に結びつけるだけでは説明できない。ただし、今振り返るなら、その動向が最初に浮上した地点を特定し、そこに至るまで、そして、今現在までの経緯を総括することはできそうだ。

ここでは、2018年のEarl Sweatshirtの『Some Rap Songs』を、その浮上地点としたい。彼はアルバムを出すたびに、自己定義をし直し、その変化をサウンドにも投影してきた。それに加え、参加アーティストの顔ぶれも大きく変わったのが、そのアルバムだった。

プロデューサーとして新規参加したデトロイトのBlack Noi$eは、2014年頃アールと知り合い、それ以来彼のツアーDJとして活動を共にしてきていた。彼の制作曲"The Mint"で客演しているNavy Blueとは、2017年にコラボアルバム『Soul Golden』を出している。

Navy Blueは、Sage Elsesserという本名で、プロ・スケートボーダーとしてはSupremeと契約していたほどの存在で、小学3年生の時に同じ学校の6年生だったEarlと知りあってからの間柄。『Blonde』(2016)のラスト収録曲"Future Free"で、Frank Oceanの弟で昨年急逝したRyanとインタビューに答えているのは少年時代の彼の声だ。

『Some Rap Songs』からの先行カットとなる"Nowwhere2go"の制作に携わるAdé Hakimが仲間で17歳のMIKEと、ニューヨークのソーホーで見かけたEarlに駆け寄り、ファンだと告げたのも、そんなことなどすっかり忘れた数ヵ月後にEarlがバンドキャンプで購入した、NYのコレクティヴ[sLUms]の音楽にハマったのも、2016年のことだった。

[sLUms]を構成するのは、前述のMIKEと6pressことAdé Hakim、Booliemane、King Carter、Mason、Jazz Jodiといった面々で、コレクティヴとして特定のサウンドや明確なコンセプトを打ち出すというよりは、相互のアルバムに参加しあいながら有機的なつながりを強めている。彼らは2017年の夏にEarlとつるむようになる。最初にMIKEとEarlをつなげたのは、ブルックリン在住のSageつまりNavy Blueだった。

同じ頃、彼らに合流したブルックリンのラッパー、Medhaneは、MIKEの部屋に入り浸るようになり、創作活動も重ねていた。前述の "Nowwhere2go"には「一緒にいるのはMIKEとMed、最近一緒なのはSageだったり6press」とあるが、Medとは彼のことだ。この年に出た彼の5曲入り『Do For Self』には、MIKE、6press、Earlが参加している。

6月に発表されたMIKEの『May God Bless Your Hustle』も、その頃にはヒップホップ・リスナーの一部層に熱く支持されていた。2015年の時点で、EarlとMatt Martiansが手がけたインスト"Horn"に、そのままラップを載せた"Crimson"も発表していたMIKEは、このミックステープのスペシャルサンクス欄にはThebe(Earlの本名)も挙げている。「俺は普通の状態のままで、自分自身を表現するのが得意な人ではないけど、Thebeみたいな人たちが、うまくそれができるように教えてくれた」とMIKEはPitchforkに語っている。そのMIKEの2017年作には、[sLUms]のメンバー以外では、Standing On The Corner(以下SOTC)が参加している。それは、10人ほどで構成されたNYの男女混成バンドで、中心人物はGio EscobarとSlauson Maloneの二人。Maloneのほうは、すでに2015年に、Medhaneとのコラボプロジェクト、Medslausとしての最初のアルバム『Greyz in Yellow』を作り上げていた。

そのMedslausが2作目を出す2017年には、SOTCも2作目の『Red Burns』を911にリリース。これは、即興演奏などを即興で編集して作りあげたかのようなアルバムで、MIKEも参加している。即興演奏は(黒人の)解放のイメージと重ねられやすいが、SOTCの生み出す音楽は、本人たちの意に反して「ポストジャンル」呼ばわりされるように、既存のジャンル分けの考え方からは解放されている。また、MIKEは「音楽作りは、ある意味自分を解放するひとつの手段だ」と言っている。

SOTCからは、この非常に刺激的な内容の『Red Burns』を最後にSlauson Maloneが脱退し、一方のGioは2017年の12月末からEarlの(2016年夏開始の)インターネットラジオ番組でKnxwledgeに代わり、新たな相手役に抜擢され、番組は2018年9月まで続いた。この番組にはSolange出演回も含まれ、Gio中心の新体制SOTCでの彼女の2019年のアルバム『When I Get Home』参加への布石にもなる。同じ頃、Slausonは、Medhaneとも袂を分かち、SOTC在籍時から試行錯誤を繰り返し進めていた音源(サンプリングしたパートを演奏し直し、あらためてその切り貼りも加えるような手法も含む)を『A Quiet Farewell 2016-2018(Crater Speak)』としてまとめあげた。

こういった有機的な相互作用や連帯を見せる大きなコレクティヴの一部として生まれたのがEarlの『Some Rap Songs』だったと捉えたほうがいいいかもしれない。彼のアルバムの一か月後に出たMIKEのアルバム『War in My Pen』にはNavy Blue、Medhane、King Carter等が参加している。プロデュースはMIKE自身がDJ BlackPower名義で全曲手がけている。そのビートの構造を『Some Rap Songs』と比べると、ソウルのヴォーカルを好んで使う趣味こそ共通するものの、サンプルソーズの加工度が高く、サンプルしてきたパーツのピッチを極端に下げたり、あまり規則的ではないポイントでチョップして組みかえたり、コンプをかけたりしていて、サンプル源は判別しにくい。単純にこの手法そのものについては、MIKEが多感な頃に出てきたヴェイパーウェイヴのものと近いのは世代ゆえか。同じように、多用されるドラムの元々の音は、かなりトラップっぽいスネアだ。そして、そのピッチを下げるなど、自分の欲する音になるまで実験を繰り返し続けている。

 2018年には、なかばパッケージと化したMIKEと6pressことAdé HakimとNavy Blueに、ギタリストとしてSlauson Malone等も加わったアルバム『ensley』を7月に出すのは、Pink Siifu。彼は本拠地をオハイオ州シンシナティとしながら、主にロスアンジェルスを活動拠点とするラッパーだ。そんな彼が「影のA&R」と評すNavy Blueの紹介で、MIKEやEarlと、さらに当時20歳の米南東部ノースカロライナ州シャーロット出身のハワード大生ラッパー、MAVIとも知り合い、早速そのアルバムに参加してもらったのだった。

そのMAVIとはネット上で高校時代からの知り合いで、最初にビートを売った相手だったというラッパー/プロデューサーのOverkast.によれば、地元オークランドでの2016年のライヴで知り合ったPink Siifuも(Navy Blueのような)「人脈ハブ」的存在だという。彼は、やはりその時にリンクしたラッパー、maxoのデフジャムからのアルバム『Lil Big Man』に客演するなど、その足跡を次々に他のアーティストの楽曲に残してゆくのと同時に、Swervy、2017年にはロスアンジェルスのMNDSGNのレーベルから、プロデューサーのAhwlee(とのユニット、B.Cool-Aid名義で)、2019年には、プロデューサー名義iiyeでブルックリンのラッパー、Akai Soloとのコラボ、Black Sandとして、それぞれアルバムを出し、ラップもトラックも様々にスタイルを変え、多作家ぶりを示している。なお、2020年の『NEGRO』は、NYで受けた不当な人種差別で感じた怒りを、白人の主張としてのパンクを乗っ取って表現したかような特殊なアルバムとなっている。MIKE以下ここに挙げてきたアーティストは皆日常のささやかな生活のレヴェルから、誠実さや傷つきやすさや、一個人として抱えている家族や社会における問題を木訥に表現することでも共通している。

そんなPink Siifu客演曲がデラックス版には追加される2019年のEarlのアルバム『Feet of Clay』も完全に、この流れのなかにある。その数日前に発表されたデビューアルバム『Let the Sun Talk』で、Earlから送られてきたビートを使ったのはMAVIだが、彼とEarl双方にOvrkast.が送ったビートに、二人がラップを載せてほぼ同時に返信してきたのが"EL TORO COMBO MEAL"だった。

この曲を収めた『Feet of Clay』には新傾向が見られる。上の世代とリンクし、ニュージャージーのラッパー(かつてはGriselda周辺にいた)Mach-Hommyを招いている。全体でひとつの何かを表現するというより、意識の流れにまかせ、いくつもの断片で構成されている彼のリリックは、これまでここで挙げてきたラッパーたちの感覚に近く、多作な彼の2020年のアルバム『Mach's Hard Lemonade』には、Earlも制作/客演で関わっている。

そこにも参加したNavy Blueによる同年のデビューアルバムでは、さらに(Mach-Hommyと同じストリート目線だが、彼に比べ)より意識的にテクニカルでかなりコンセプチュアルな作品を作るラッパー/プロデューサーのKa(50歳近い)を招き、逆に彼の作品を手掛けてきたプロデューサーでドラムレスのトラックも特徴的なDJ Preservationのアルバムに、KaやMach-Hommyと共に招ばれている。

そのMach-Hommyをさらに知的にしたようなBilly Woods(2000年代初頭から活動中)とElucidのプロジェクト、Armand Hammerのアルバム『Shrines』には、Pink Siifu、Akai Solo、そして、Earl等も参加。さらに、ovrkast.の仲間demahjiaeのアルバム『And Such is Life.』にも参加したLAビートミュージック・シーン出身のZerohが客演ミックス、マスタリングで関わった2020年末リリースのNavy Blueの2作目では、Billy Woods等に加え、Yasiin Bey FKA Mos Defも招いている。このアンダーグラウンドの波は同世代から、世代を超えた有機的な連帯へと向かっているようだ。

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