ジョージ・フロイドさんがミネアポリスで警察官に殺害された痛ましい事件の後、Black Lives Matter(BLM)を訴えるこれまでにない規模の抗議活動が全米を揺るがしている。そしてその熱はヨーロッパをはじめここ日本にも伝わり、音楽やファッションシーンなども含めBLMの問題にそれぞれの立場から姿勢を表明している。
FNMNLでも先日Black Lives Matterについてのステートメントを発表。音楽、ファッション、映画などカルチャーの側面からBlack Lives Matterを知るための特集を掲載中だ。第一回目はNY在住のライター堂本かおるによるBLMの歴史や背景を解説した記事、続いて吉祥寺のセレクトショップthe Apartmentのオーナー大橋高歩によるコラムを掲載。三回目の映画評論家の小野寺系によるBLMを理解するための映画・ドラマ作品紹介に続き、最終回の第四回目はライター/翻訳家の池城美菜子が、公民権運動から今回のBLMの動きまでに寄り添った楽曲を紹介する。
文・池城美菜子
"Jazz speaks for life, The blues tell the story of life's difficulties — and, if you think for a moment, you realize that they take the hardest realities of life and put them into music, only to come out with some new hope or sense of triumph. This is triumphant music.
「ジャズは人生そのものを奏で、ブルースは人生の苦難を語ります。少し考えるとわかるように、彼らが人生のもっとも苦しい現実を掬い取り、音楽に込めると、それが新しい希望や勝利の感覚をまとって出てくるのです。これは、勝利の音楽なのです。」
公民権運動の指導者として非暴力での闘いを訴えた、マーティン・ルーサー・キングの言葉だ。牧師であり博士でもある彼は、1963年のワシントン大行進でおいて「私には夢がある(I have a dream)」という名演説をおこなってノーベル平和賞を受賞したものの、ヒップホップの誕生を待たずして1969年に暗殺された。その後、半世紀にわたって人種差別は形を変えて根強く残り、現在は警官による黒人への暴力が大きな問題になっている。5月25日のジョージ・フロイドさん殺害事件をきっかけに、全世界に広がっているブラック・ライヴス・マターの運動。人種差別がなぜ起きるか、解決されないのかという大きな問いへのショートカットになる答えはないが、その時代の世相や抗議の思いを映した名曲を聴くことで、理解が深まるかもしれない。
公民権運動へつながった曲とアンセム
Billy Holiday - “Strange Fruit”(1939)
「奇妙な果実」という邦題なら、知っている人は多いのでは。Billy Holidayが歌った「南部の木々は奇妙な果実をつける/葉は血に濡れ 根元まで血が滴る/黒い体が南部の風に揺れる/奇妙な果実がポプラの木に揺れている」という強烈な歌詞のジャズ・ナンバーだ。もとは、1930年に人種差別がひときわ激しかった南部で黒人のリンチが頻繁に起きていることを伝えた新聞を見た、ニューヨークのユダヤ系の高校教師が作った詩である。グリニッジ・ビレッジのカフェ・ソサエティで専属シンガーだったBilly Holidayが歌うや否や大きな反響を呼び、コロンビア・レコードがためらいながらもレコードをリリースすると大ヒット。その教師は、のちにルイス・アレンと名乗って多くの曲を残すことになる。公民権運動が高まっている最中の1965年にNina Simoneが改めてレコーディングするなど、多くのアーティストに歌われている。
“A Change Gonna Come” Sam Cooke(1964)
1964年に33才で早逝したソウル・シンガー、Sam Cooke。「川のほとりの小さなテントで生まれたんだ/以来その川のように動き回って/長いことかかったけれど/変化はきっと訪れる/そう変わっていくはず」。イントロの壮麗なメロディーと歌い出しの「I was borne by the river in a little tent」は、アメリカ人ならみんな知っているほど有名。しかし、途中に出てくる「俺は映画館にも繁華街にも行く/でも あんまりウロウロするなって注意する人がいるんだ」との歌詞は、当時のシングルでカットされた。黒人男性が気軽に遊びに行ったらトラブルに遭う可能性が高い、という状況をリリックに如実に反映していたからである。サム・クックは「生きるのは本当に大変だけど 死ぬのも怖い」という歌詞をレコーディングして間もなく、行きずりの女性と入ったモーテルで射殺される。この曲は「シェイク」のB面だったが、「変化は訪れる」という祈りのような歌詞は公民権運動のアンセムになる。Aretha Franklinのカバーも有名であり、2012年のオバマ元大統領の就任式では、Bettye LaVetteとJon Bon Joviが歌った。
“Say It Loud, I'm Black & I'm Proud” James Brown(1968)
「声を張り上げよう/黒人である自分を誇りに思っていると!」と言い切ったのは、ゴッドファーザー・オブ・ソウルことJames Brownである。彼の音楽性、存在そのものがアメリカ文化史の大きな一コマだ。この曲のコーラスだけで、エンターテイメントとアジテーションの両方を同時にしてしまう才能。JBにあまりなじみがないのであれば、2014年の映画『ジェームス・ブラウン〜最高の魂を持つ男』をぜひ。『ブラック・パンサー』の主役で知られるチャドウィック・ボーズマンの演技力が絶賛され、何度か暗礁に乗り上げても、プロデューサーのひとりだったThe Rolling StonesのMick Jaggerが執念で作りあげたことも話題になった。
1992年のロサンゼルス暴動を予告した曲とMichael Jacksonの変節
N.W.A. - “Fuck tha Police”(1988)
西海岸のギャングスター・ラップの雄、N.W.A.が警察官による黒人への暴力にたいする抗議として、88年にリリースした曲。「警官をやっちまえ」というストレートなリリックだったためボイコットが起こり、N.W.A.はFBI からも目をつけられるようになる。正直に書くと、私は当時この曲が怖かった。いままで人種問題についてあまり知らなかった人も、似たような感想を抱くかもしれないが、過激なプロテスト・ソングは「なぜ、こういう歌詞が出てくるのか」と考える出発点になる。N.W.A. の中心人物のEazy-Eは夭逝したが、ヒップホップ最高のプロデュースであるDr.Dreや、ハリウッドで成功しているIce Cubeを輩出したグループだ。今月に入って、この曲をオマージュした同じコンプトン出身のYGが"FTP"をリリースした。先達の過激なトーンを踏襲しつつ、ビデオの最後に「10万人が平和に抗議運動を行った」という報告と、「警察の予算を打ち切れ」とのハッシュタグが入る。
Public Enemy - “Fight The Power”(1989)
デビュー以来、政治的、社会的な発言でヒップホップ・シーンを牽引してきたPublic Enemy最大のヒット曲。もともと、リーダーのChuck Dの言動に賛同していたスパイク・リーが映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』のサウンド・トラック用に依頼したものだ。「権力と闘え」との力強いメッセージもさることながら、“Fight The Power”はBomb Squadが作ったトラックに黒人の闘いの歴史が刻まれている。キング牧師の言葉やJames Brownの曲など、多くのサンプリングを使っており、「楽器を演奏せずに人の作ったものをつないでいるだけ」と揶揄されがちだったヒップホップでどこまでできるか示した点でも画期的だった。『ドゥ・ザ・ライト・シング』は1990年に日本でも公開され、大ヒット。ヒップホップ・カルチャーとアメリカの人種問題を提示するエポック・メイキングな作品として知られる。
Michael Jackson - “They Don't Care About Us” (1996)
“Fuck tha Police”と“Fight The Power”は、1992年のロサンゼルス暴動の前に作られた曲であり、人種間の緊張の高まりを先に嗅ぎ取った作品である。Michael Jacksonは同時期にリリースした“Black or White” で「僕の彼女になりたいなら、黒人でも白人でも構わないよ」と歌い、「肌の色は関係ない」とのメッセージを発したが、5年後にはトーンを変えて世界の人権問題を訴えるこの曲をリリースした。曰く、「奴らは俺たちのことなんか気にしていない」。反ユダヤ主義と取られる歌詞があると論争になったうえ(Michaelは根気強く対応して誤解を解いた)、スパイク・リーが作った2本のプロモーション・ビデオのうち1本が過激すぎるため、MTVが流さないという事態に発展。MichaelがMTVの寵児だったにもかかわらず、アメリカの刑務所を舞台にして世界で起きている紛争の映像を入れたヴァージョンはアルバム『HIStory』の特典映像に留まり、リオ・オリンピックに目配せをしたブラジル・ヴァージョンがテレビで流れた。
Black Lives Matterを織り込んだ曲たち
Common feat. John Legend - “Glory”(2014)
冒頭に紹介したマーティン・ルーサー・キングのセルマからモンゴメリーまでの大行進を題材にした映画『グローリー〜明日への行進』の主題歌。映画にも出演しているCommonとJohn Legendのかけ合いが見事だ。アカデミー賞とグラミー賞の両方の授賞式でパフォーマンスし、加えてゴールデングローブの主題歌賞をとっている。映画の舞台は1960年だが、「だから我々は手を挙げてファーガソンを行進するんだ」という歌詞がある。これは、2014年にミズーリ州のファーガソンにおいて、コンビニエンスストアで買い物していたマイケル・ブラウンさんが警察官に射殺された事件を指す。「ブラック・ライヴス・マター」の契機になった事件のひとつであり、アフリカ系アメリカ人の人口比率が高いファーガソンでは抗議運動が激化した。
Kendrick Lamar - “Alright”(2015)
Kendrick Lamarが、ピューリッツァー賞の音楽賞をラッパーとして初めて受賞したのは4作目『DAMN.』だが、彼の曲でもっとも社会的な影響力をもつのは、その前の『To Pimp A Butterfly 』に収録されている“Alright”だ。Pharell Williamsがまずトラックと「俺ら、きっと大丈夫だよ」といフックを作り、その方向性に沿ってLamarが残りを書き上げた。彼が南アフリカ旅行で受けたインスピレーションがもとになっており、それもあってアリス・ウォーカーの『カラー・パープル』の文章を置いている。「毎日大変なことがいろいろあるけれど、俺らなんとかなるよ」が歌の大意。シンプルな「We gon' be alright」はBLMムーヴメントで口に出されるようになり、より強いメッセージ性をまとった。Kendrick Lamarは警官に撃たれながらも微笑んで落ちてくラストシーンのビデオも、高い評価を得た。
Jay-Z - “The Story of O.J.”(2017)
“The Story of O.J.”はJay-Zの13作目『4:44』のリードシングル。まず、頭でNina Simoneの“Four Woman”をサンプリングして曲の意図をはっきりさせる。我慢強い奴隷、白人との混血、売春婦、そして苦難を重ねて怒りを秘めた女性という黒人女性の4つのステレオタイプを歌詞に落とし込んだ曲だ。Jay-Zは「肌色の濃淡、生き方、貧富などの違いがあってもニガーはニガー」という痛烈な歌い出しと、センサード・イレヴンのアニメを模したプロモーション・ビデオで徹底的に黒人のステレオタイプを描き、見事に風刺した。一方、「ストリップ・クラブで金をばらまくより大事なことを教えてやるよ/信用スコア(クレジット)だ」の1行だけで、刹那的に生きるより、支払いをきちんとして経済状態を良くすることが現状を変えるには有効だと諭し、自力で億万長者になったJay-Zなりの闘い方をも示す。「俺は黒人じゃない O.J.だ/あ、そう」は、1994年に妻とその友人の男性を殺害した容疑で全米を騒がせた元フットボール・スターのO.J.シンプソンの言葉だ。証拠が多かったにもかかわらず、優秀な弁護団が人種問題を押し出して刑事裁判で無罪を勝ち取った(その後、民事裁判で有罪)。この弁護団の1人は、キム・カダーシアン・ウエストの実父であり、生きていればカニエの舅になった人である。
Terrace Martin feat. Denzel Curry, Daylyt, Kamashi Washington - “Pig Feet”(2020)
Terrace Martinのもっとも有名な肩書きは「Kendrick Lamar の曲を作ったプロデューサー」だろうが、ジャズに軸足をおいたマルチ・インストゥルメント・プレーヤーであり、ときどきラッパーとの捉え方が正確だ。その彼が、Denzel Curry とKamashi Washington、バトルラップ・シーンで有名なDaylytとG Pelicoを招き、いま、まさに起きていることを切り取った曲を作った。この曲は「ブリトニー・トーマス」とクレジットされている女性の、「彼が撃たれた、撃たれたの。なんてこと、彼は銃を持ってさえいなかったのに」と叫ぶ声から始まる。Denzelの「Murder was the case」というリリックは、SnoopとDr.Dreによる1992年クラシック、“Lil' Ghetto Boy”で出てきた有名なライン。Snoopは「俺は殺人罪で起訴された」という意味だったが、Denzelはひっくり返して「(警察官がやっていることは)俺たちにたいする殺人と同じだ/構造自体を操って 刑務所のほうが安全だって/俺たちに救いはない」と切実な現状を吐露している。3分強の曲だが、ビデオの最後の約1分半は警察官の暴力によって命を落とした黒人やラティーノの人々の実名が並ぶ。
Lil Baby - “The Bigger Picture”(2020)
アトランタのトラップ・シーンの引っ張るLil Babyもモノクロのニュースの映像とともにドキュメンタリー・タッチのビデオとともに“The Bigger Picture”をドロップした。「嘆き悲しむ母親が多すぎる/理由もなく俺らを殺すんだ」、「有色人種全員がバカなわけじゃないし/白人全員がレイシストでもない/俺は考え方や心の持ち方で判断する/顔はどうでもいいんだ」と、25才の青年らしい直球の本音をぶつける。コーラスはこうだ。
黒人と白人の対立より大きな問題
生き方そのものの問題だ
一晩で変わるような話じゃないけど
どこかから手をつけないと
俺が先頭切ってここから始めるよ
それでなくても今年はとんでもない年だったのに
生きている間はしっかりやると
俺は畏れているのは神様だけ
Lil Babyは警察官を恐れない、と宣言しつつ、ビデオの映像をつぶさに見ると、黒人の少年を抱きしめる女性の警官が出てくるなど、多角的な見方をしている。学校から見るテレビ番組まで人種ごとに見えないラインがあった上の世代とは、感じ方がちがうのだ。その感じ方に、希望が宿っている。
Run The Jewels - “Walking in The Snow” (2020)
今回、一連のニュースでもっとも目立ったMCは、アトランタのKiller Mikeだろう。全米が怒りで真っ赤になりかけたときに、アトランタでT.I.とともに記者会見に立ち、説得力のあるスピーチで暴動を食い止めようとしている姿がネットで拡散された。悔しいのが、アメリカのニュースがなぜか彼を「アクティビスト」とだけ紹介したため、ダンジョン・ファミリーのサブ・メンバー時代から名リリシストとして名を馳せてきた人なのに、ラッパーとしてあまり認識されなかったこと。ちなみに、ふだんはあのスピーチで見せた「良識のある大人」より、知識と毒舌を振りまいて爆笑から苦笑まで起こすタイプだ。Run The Jewels はニューヨークの地味に凄いプロデューサー兼ラッパー、El-Pとのユニット。6月2日にリリースされたばかりの4作目『RTW4』からGangsta Booを招いた“Walking in The Snow”のリリックを紹介しよう。
毎日のように夜のニュースは ただで恐怖を垂れ流す
みんな麻痺しきって 警官たちが俺みたいな男の首を締めるのを眺めるだけ
俺の声が金切り声からささやき声になり「息ができない」と言うまで
家のソファに座ってテレビでその様子を見ているだけ
せいぜいtwitter で「なんて悲劇だ」とか喚くくらい
本当に滑稽なのは 共感する感覚を剥ぎ取られていること
無関心にすり替えられたんだ
Killer Mikeはここで声高に人種差別主義を糾弾せず、だれしもが持っている「めんどうなことには関わりたくない」という気持ちこそ問題だ、と指摘している。耳が痛いリリックである。
ジョージ・フロイドさんの事件から3週間が経つ現在でも、抗議運動は広がっている。この問題の根深さを多角的に理解できるように有名な12曲を紹介したが、もちろんまだたくさんある。ジャズ、ブルース、R&B、ヒップホップがさまざまな変遷を経てアメリカのメーンストリームの音楽になったという事実自体が、脈々と続く文化的な抗議運動なのだ。Billie Eillshがインスタグラムで怒りを表明し、BTSが巨額の寄付をするのは、平等を求める人間らしい共感と、アーティストとしてこの文化に借りがあるとの認識からだと思う。アフリカ系アメリカ人によって歌われた時には辛く、哀しい歌詞をもつ曲が、世代に渡って聴かれ、今日も生み出されるのは、キング牧師が語ったように「勝利を求める音楽」だからである。
Info
特集 Black Lives Matter
Vol.1 BLMとは何か | その背景とアメリカの400年にわたる制度的人種差別の歴史 by 堂本かおる
https://fnmnl.tv/2020/06/12/99155
Vol.2 1人のショップオーナーとしてBLMと向き合うこと by 大橋高歩
https://fnmnl.tv/2020/06/15/99256
Vol.3 BLMを知るための7本の映画・ドラマ by 小野寺系
https://fnmnl.tv/2020/06/17/99333