SIRUPが最新EP『CIY』をリリースした。本作のテーマは「愛をどう使うか」。ついつい忘れがちだが、実は愛は日常に溢れている。そんな視点から愛という感情を掘り下げ、さまざまな側面からフォーカスしたのがこのEP。今回はこの『CIY』のテーマはもちろん、個々の楽曲制作秘話、SIRUPの信念などについて聞いた。
取材・構成:宮崎敬太
撮影 : 横山純
愛にはいろんな形がある。状況や場面に応じて異なる。じゃあそれをどう使うか
- 今回のEP『CIY』のタイトルは「Choice Is Yours」の略で、そこには「愛をどう使うか」というテーマが込められているそうですね。
SIRUP - 僕は今までテーマを設けて作品を作ったことがなかったけど、今回は自然とそういう流れになりましたね。
- 「愛をどう使うか」というテーマに関してはどこから生まれたんですか?
SIRUP - 僕は今までは怒りから曲を作ることが多かったんですよ。世の中のネガティヴな側面を目の当たりにするといろいろと考えてしまって、憤懣やるかたなくなってしまう。それを落ち着かせるために曲を書いてた部分がある。でもあるきっかけから愛を意識するようになりました。去年僕の友達が、ある人から面と向かってめちゃくちゃ嫌なことを言われたんです。僕は相手の人も知り合いだったから話を聞いてみると、僕の友達は相手のあり方を否定するようなことを無意識にやってしまっていたんです。でも僕の友達も自分のやり方を信じてる。だからぶつかった。
- 互いの活動指針が相容れないため、衝突が起こることは確かにしばしばありますよね。
SIRUP - でもね、僕はこの話を聞いて思うところがあった。というのも、結局僕の友達も、相手も、自分のやってることに誇りを持ってるからこそ互いに引けなかった。自分たちの現場を愛しているからこそ生まれた衝突だった。それまではそういう話を聞くと「なんで同世代でぶつからなきゃいけないんだ」ってもどかしさを感じてたんです。けど、そこに気づけてからはあまりに気にならなくなった。愛は身の回りに溢れていて、しかもいろんな形がある。状況や場面に応じて異なる。じゃあそれをどう使うか、みたいな。去年、アルバムを作り終えて「さて次」となった時、自然と愛をテーマにした作品を作ってみたいと思うようになったんです。
- 「愛をどう使うか」というテーマは、いわゆる「愛」の一般的概念からは一歩踏み込んだものですよね?
SIRUP - うん。実は最初のほうに作ってた曲は、愛のあたたかさや素晴らしさしか見てなかった。でも愛について突き詰めて考えていくと、愛のために攻撃的になることがある。例えば、とあるアーティストのファンが、別のアーティストをディスったり。その人にとっては「好きなアーティストに一番でいてほしい」と思ってやってるんだろうけど、それはおそらく「自分が一番でいたい」という自己愛の裏返しなんですよ。でもこういうのって誰にでもある。僕にもある。肯定はしないけど、気持ちは超理解できる。ディスってる文章だけを見ると深い断絶を感じて絶望的な気持ちになるけど、結局、その人は一時的にワケわかんなくなっちゃってるだけ。愛の使い道が迷子になってる。こういう感覚が最も顕著に出てるのが「Your Love」ですね。サビでおもいっきり「使い方は君次第 どうしたい?」「the choice is yours」って歌ってるし。
『FEEL GOOD』を作って以降、“ラップしたい欲”が溜まってた
- 1曲目の“Need You Bad”はSTUTSさんとの共作ですね。
SIRUP - STUTSくんの家でのセッションから生まれた曲ですね。僕らはもともと普通に仲が良くて。ある日、STUTSくんと井上惇志(showmoreのキーボーディスト。SIRUPや変態紳士クラブ、BASIのバックバンドメンバーとしても活動中)、僕の3人で飲んでたら、実は家が近いということがわかったんです。「じゃあセッションしようよ」という流れになって、僕とあっちゃん(井上)でSTUTSくんの家に行きました。3曲くらい作った後に“Need You Bad”のサビができて。あの部分が出てきた時、みんな「これ良くね?」ってなったので、そこから形にしていきました。
- AメロではSIRUPさんががっつりラップしてますね。
SIRUP - サビ以外の部分は持ち帰って自宅で作りました。僕の制作はいつも感覚。ハイハットが効いたトラックを聴いてるうちに、自分の中からこの表現が自然と引き出されたんだと思います。あとそもそも去年『FEEL GOOD』を作ってから、ラップしたい欲が溜まってたというのもある。“Need You Bad”は『FEEL GOOD』以降で最初に着手した曲だったのでそれがもろに出た。さらに言えば、僕はすでにいろんな歌われ方をされてる「I Need You」の表現も更新してみたかった。この曲は最低な男の歌だけど、そいつにすらエモさを感じられる表現を追求しました。大袈裟であればあるほど面白くなると思ったんです。
- ラップはいつ頃から?
SIRUP - ちゃんと作品になったのはSIRUP以降です。でも僕の中ではラップと歌にそんな壁はなくて。というのも、僕が大好きなMusiq SoulchildというR&Bシンガーが2000年に出した“Just Friends (Sunny)”はほぼラップ。だから歌とラップの間に壁はなかったかな。実際、僕の相棒であるMori Zentaroと昔作ったデモではかなりラップしてましたし。でもずっと「ワナビー感がある」って却下されてました(笑)。歌もラップも中途半端な癖にやりたがってるように聴こえたんじゃないかな。
Joe Hertzは自分の個性が発揮される場所をフレーズやメロディ、ビート単位では定義してない
- UKのプロデューサーJoe Hertzとのコラボはどういう経緯から実現したんですか?
SIRUP - もともとJoe Hertzが大好きだったんです。そしたら去年ツアーで日本に来て。YonYonとかも出るし、普通に1ファンとして遊びに行ったんです。そしたらSpotify Japanの知り合いの方と偶然会ったんですよ。「おぉー、なんでいんの?」と聞かれたので、「いやファンだから」と当たり前の返答したら、「実はさ、今Joe Hertzが日本人と一緒に曲を作りたがってて、カッコいいやつはいないかって聞かれてたの。それで俺はさっきまでずっとSIRUPを推してたとこだったんだよ」って(笑)。すぐに大仏のTシャツを着たマネージャーさんを紹介してくれて制作がスタートしました。Joe Hertz本人とも話しました。そしたら「いまツアー中でじっくり制作できないから、まずストックを送るね」と送られてきたのが“MAIGO”のトラックだったんです。
- “MAIGO”はいわゆるJoe Hertzのイメージとは違うトラックですよね。
SIRUP - そうそう。Joe Hertzといえば、ねっとりとしたフューチャーR&Bみたいなイメージがありますよね。でもこういう浮遊感のあるシンプルなハウスも面白いなと思って。土台となるトラックは相当シンプルでしたよ。仮歌も入ってないので歌の部分は完全に僕が作ってます。
- そうなんですね。この曲にはJoe Hertz独特のメロディ感があるように思えたので、仮歌が入った状態でトラックが送られてきたのかと思ってました。
SIRUP - 今回の作業で一番感動したのは、まさにその点なんです。僕が歌を入れたトラックをジョーに送り返して、ミックスが戻ってきたんです。それを聴いて本当に驚きました。ヴォーカルのエディットの仕方が全然違う。個別の音を際立たさせるようなミックスではなく、曲全体がグルーヴするように調整されてるんです。これは善し悪しではなく、これまで一緒にやってきた日本のミュージシャンたちはもっと個別の音に対するこわだりが強かった。でもジョーは1曲としてのグルーヴを最優先にしてる。これは僕自身になかった概念なので、本当にびっくりしました。
- しかも“MAIGO”はこれまでのJoe Hertzのイメージとは違うけど、彼のディスコグラフィーと並べて聴くと違和感がない。不思議な曲だなと思いました。
SIRUP - そうなんですよ。それは僕も思いました。不思議ですよね(笑)。たぶんジョーは音楽制作において、自分の個性が発揮される場所をフレーズやメロディ、ビートのような単位では定義してないんですよ。だから“MAIGO”のようなシンプルな四つ打ちでも、Joe Hertzらしく聴こえる。最初のバージョンはもっとオートチューンが強くかかってたので、そこは僕の感覚で微調整してます。そういえばちょっと前に出たジョーの新曲も“MAIGO”とは全然違うんですよね。でも統一感はある。本当に不思議(笑)。
Mori ZentaroとShin Sakiuraが起こしたケミストリーに感動
- 個人的に一番好きなのは“Why Can’t”でした。特にサビ前の「もう一度 初心 から やり直そう / もっと 生きやすく するために愛を」というフレーズをカッコよく歌うのは相当難しいのではないかと思ったんです。
SIRUP - 強い言葉ですからね。この前リハーサルで初めてバンドのみんなと一緒に歌ってみたんですけど、このパートはちょっと恥ずかしかった(笑)。油断すると相当鬱陶しく聴こえてしまう。そうならないように、ものすごく意識しました。最初はもうちょっとゆったりしたフロウだったけど、なんかいなたくて。何回か歌い直して、このフロウにたどり着きました。リズムも含めかなり尖ってるけど、すごくきれいに言葉をハメられたと思う。
- トラックはMori ZentaroさんとShin Sakiuraさんの共作ですね。
SIRUP - うん。Mori Zentaroはいわゆるトラックメイカー。Soulquariansに影響を受けてて、一方でBurialやJames Blakeも大好き。あとMoodymannとか。つまりとにかく1ループで最後まで聴かせたいタイプの男です。Shin Sakiuraはもっとプロデューサー的思考を持ってる。だから作るサウンド感が全然違う。でも去年初めて三人で“Light”を作ってみたら予想外のケミストリーが生まれた。ビートは土臭くて民族音楽みたいなのに、全体としてはフューチャーな雰囲気で、ハウスっぽい。バラバラのパーツだった段階で、あの形は想像できなかった。それで僕らも「面白い」って。
- “Why Can’t”もそのトリオでやってみようと。
SIRUP - うん。この曲の元になったのはMori Zentaroが作ったビート。曲の頭から鳴ってるやつです。
- このビートは相当アヴァンギャルドですよね。めちゃくちゃカッコいい。
SIRUP - これがMori Zentaroの音なんです(笑)。昔っからこういう感じでした。でも僕はこの曲に展開をつけたかった。レゲエっぽいサビを思いついて。そこでShin Sakiuraに声をかけて、三人で一緒に制作を進めていきました。Mori Zentaroとビートと、Shin Sakiuraの作ったサビの展開がなかなかうまく混じらなくて、調整にかなり時間がかかりました。とはいえ今回の『CIY』は全体でも1~2カ月で仕上げなきゃいけなかったから、その中での作業でしたけど。Joe Hertzは別としても、僕は基本的に一緒に制作する人とのコミュニケーションを密に取るほうなので、このスピード感で、納得できるクオリティの作品が作れたと思います。
みんな音楽を作ることに集中した
- 次の“Light”は歌詞も素晴らしいですね。
SIRUP - この曲に関しては、さまざまなキャリアを重ねてきた自分の音楽人生を経て、今感じていることを歌にしています。僕がSIRUPになるずっと前、シンガーとして活動を始めた頃は本当にいろんなことを言われました。「売れるためにはアレをやれ」「コレをやらなきゃダメだ」「食うためには……」とか。実際、ちょっと前まで日本の音楽業界には成功のルールがあった。そこに乗らないと絶対売れない、みたいな。でもサブスクやSNSが発達して、ここ2~3年で音楽を取り巻く状況がドラスティックに変わった。古いルールが通用しなくなった。それは自由だけど、一方で何に向かって活動すればいいのかわかりづらいから、難しくもある。ものすごく努力して良い曲を作っても、売れるかどうかはわからないし。そんな状況でミュージシャンたちが何をしたかと言えば、少なくとも僕の周りにいる人たちはみんな音楽を作ることに集中したんです。そして音楽に身を投じて行った人たちが勝ててる印象もある。そんな状況を「Fall into the light(光の中に落ちていく)」という言葉で表現しました。
- 以前GeGさんに取材した際、SIRUPさんをはじめ今活躍してる大阪のミュージシャンたちはずっと変わらずライブハウスやクラブで地道にスタンスを変えずに活動してきたと話していました。そういう意味では“Light”のエピソードは、アカデミー賞を獲った『パラサイト』のポン・ジュノの受賞スピーチに通じるものがありますね。
SIRUP - マーティン・スコセッシの言葉を引用した「最も個人的なことは、最もクリエイティブなことだ」ですよね。僕もあの言葉には感動しました。実は僕も昔から「誰かのために歌を作る」なんておこがましいと思ってた。結局、僕らミュージシャンが体験することも、みんなが当たり前に経験しうることばかりなんです。特殊な経験をしてる人のほうが圧倒的に少ない。ただ僕らは経験を掘り下げて、あやふやな感情を言葉にしたり、さらにメロディにしたりする。その作業をする人がミュージシャンだと思っています。だから歌う内容はプライベートなことで良い。僕はあのスピーチに本当に勇気付けられました。「だよね!」って(笑)。
日本の文化や個性が色濃く混ざったものでないと、海外の人は興味を示さない
- これは“Light”にも言えることなのですが、SIRUPさんの作るメロディにはJ-POPの要素が入り込んでいると思うんです。日本人のシンガーで影響を受けた人はいますか?
SIRUP - 青春時代に宇多田ヒカルさんとMr.Childrenの桜井和寿さんをめちゃくちゃ聴いてたので、歌い方やメロディの感覚は間違いなく影響を受けてますね。そしてそういう自分の体に染み付いた感覚の中から音楽を作ることは思いっきり意識してます。というのも、僕はこれまでいろいろな活動をしてきて気づいたことがあって。自分が作った音楽を世界に届けるのであれば、日本の文化や個性が色濃く混ざったものでないと、海外の人は興味を示さないだろうということ。USっぽいもの、UKっぽいものじゃなく。
- 今海外ではトラップのフロウから派生したすごくフラットなメロディが流行ってますよね。一方、日本の音楽は一小節の中で音の高低差が非常に多く、さらに1曲の中で展開が多い。SIRUPさんの曲はそこがかなりうまく混じってる気がするんです。
SIRUP - なるほど。言われてみると僕は確かにキーの使い分けで歌の展開を作って、しかも意図的に高音を入れることで変化を明快にしてる部分はある。いくとこいく、みたいな(笑)。それが「1曲の中での展開が多い」という日本のポップスのマナーに則ってたのかも。しかも僕の曲は、トラックはコードがループしてるものが多い。だから結果的に自然とそのバランスが取れてたのかも。
近々LAでレコーディングしようと思ってる
- “Ready For You”はどのように制作したのですか?
SIRUP - この曲は仕事でShin Sakiuraと一緒に北海道に行った時、ちょっと時間があったんでホテルで作りました。去年は本当に日本中いろんな土地に呼んでもらえたので、どうせだったら各地で一緒に作ろうよって。そのうちの1曲ですね。
- SIRUPさんはいつもご自宅のスタジオでがっつり作業してるのかと思ってました。
SIRUP - トラックだけもらった時は自宅でやります。でも最近はプロデューサーの家に行って作ることが多いかな。昔は本当に年がら年中曲を作ってたんですよ。でもこの2年はこれまでの人生で体験したことないことばかりで、腰を据えて制作する時間があまり取れなかった。でもやっぱり制作のペースは途切れないほうが良い。思いついた時に曲にしたい。そのほうがフレッシュな曲ができる。“Need You Bad”のラップなんかがまさにそういう感じ。僕はいつも曲のアイデアを考えているので、それぞれのタイミングで出会った人たちとそれを形にすることが多いですね。
- “Pool (Tepppei Edit)”はすごいことになってますね。
SIRUP - 実はTepppeiさんとはかなり前から一緒に曲を作ろうと話してたんです。でもFriday Night Plansが始まったり、Tepppeiさんのソロの制作も重なってしまって、なかなか実現できなくて。そしたら今回たまたまスケジュールがあったので「好きにやってください」ってリミックスをお願いしました。上がってきた時はびっくりしましたよ。最高ですね。これがリミックスだと思う。本当に全然違う曲になってるけど、サビのメロディとかオリジナルで僕が好きなパートはちゃんと残ってる。特に言ってないのに。
- では最後に、今年はどんな一年になりそうですか?
SIRUP - 一昨年から去年にかけてはかなりバタバタしていたけど、今年はもう少し余裕を持ってやれそう。ちょっと状況的にどうなるかわからないけど、近々LAでレコーディングしようと思ってるんです。その後、9月後半から11月にかけて『Playlist TOUR 2020』という全国ツアーを開催します。あと合間に旅行したいですね。頭を空っぽにできるリラックスできるところに行きたい。息抜きも大事だから(笑)。