釈迦坊主が主催する新世代のラッパーたちが多く出演するイベント『TOKIO SHAMAN』から頭角を現したラッパー・(sic) boy(ex. syd the lynch)が、日本を代表するプロデューサー・KMと共作でEP『(sic)’s sense』を発表した。L’Arc〜en〜Cielからの影響を公言する(sic) boyが、田我流からANARCHYにいたるまでさまざまなラッパーにトラックを提供するKMとどのように制作したのか。『(sic)’s sense』の話題を中心にさまざまな話を訊いた。
取材・構成 : 宮崎敬太
写真 : 西村満
最初聴いた時は「キモッ」って感じました(KM)
- (sic) boyさんはL’Arc〜en〜Cielからの影響を公言していますが、どのような経緯でラップをするようになったんですか?
(sic) boy - ラッパーのSalvador Maniと高校の同級生で、彼が僕にいろいろヒップホップを教えてくれたんですよ。当時の僕はまだコピーバンドを組んでたんですけど、卒業と同時に自然消滅したんです。だから大学で軽音サークルに入って、新しくバンドを始めようと思いました。次にやるバンドではオリジナルを作りたかったんですけど、そのサークルにはコピーバンドをやりたい人たちしかいなくて。僕は小学生の頃からL’Arc〜en〜Cielがずっと大好きで、そこからNrivanaとかMy Chemical Romance、Marilyn Mansonみたいな海外のエモ系のロックとかをいろいろ聴くようになってたんです。そこで受けた影響を自分なりに表現してみたかったんですがサークルにオリジナルをやりたい人がいなくてテンション下がってたら、Salvadorが一緒にラップやろうと誘ってくれたんです。
- ロック好きだった(sic) boyさんにとって、ラップをやることへの抵抗感はなかったんですか?
(sic) boy - 僕の中ではロックとヒップホップを特に分けてなくて、どっちも好き、というのが正直なところです。僕自身は自分の音楽をロック寄りのヒップホップとも、ヒップホップ寄りのロックとも思ってなくて、ロックとヒップホップが完全に均等なんですね。単純に自分が影響を受けた音楽を僕なりに表現してる。
KM - 最近の若いラッパーの中では、(sic) boyの個性は際立ってると思うな。僕はいろんなラッパーからたくさんデモをもらうんです。特に若い子たちはLil PeepやPost Maloneみたいなスタイルでやってる人がたくさんいて。そこに(sic) boyが混じると、驚くほど違うんですよ、すごくJ-ROCKっぽい。(sic) boyは大まかに分けるとエモラップの枠に入ると思うけど、Lil Peepに影響を受けた人とは全然違うなと思いましたね。正直、最初聴いた時は「キモッ」って感じましたもん(笑)。でも同時にものすごい面白さを感じて。荒削りだけど、すごいオリジナリティだなって。それでちょっと一緒に磨いてみたいと思ったんです。
(sic) boy - 僕みたいなスタイルでやってる人はあまりいないから、SoundCloudで曲をあげてた頃とかはちょっと自信ない部分もあったんですよ。でもそんな時に釈迦坊主さんが『TOKIO SHAMAN』に呼んでくれて。あのイベントが大きくなるにつれて、僕の知名度も上がっていったんです。そしたらKMさんと一緒に制作できることになって。僕はkiLLaクルーがすごい好きだったから、KMさんのことは当然知ってました。でも最初はギャングな怖い人だと思ってました(笑)。そしたら全然違う、むしろ僕に近いひねくれた感性の持ち主で。制作は本当に楽しかったです。
- (sic) boyさんの「J-ROCKっぽさ」とは具体的にどういうことなんでしょうか?
(sic) boy - J-ROCKというか、ビジュアル系ですよね。ビジュアル系は80年代パンクに影響受けた人が始めて、そこからバンドブームを経て、日本人好みなメロディのロックに変化していった。BUCK-TICKとかX JAPANとか。音楽性の違いはあれど、彼らはそれぞれゴスに影響を受けていて、メロディが耽美で退廃的でした。同じ頃にUSではNINE INCH NAILSとかMinistryが出てきて。hydeさんはその辺とNirvanaとかに強く影響を受けてるんですね。で、L’Arc〜en〜Cielはそういう先輩たちに影響を受けたバンド。ゴス、パンク、ロック、J-POPがうまい具合に混じっている。僕が好きな「J-ROCKっぽさ」を分解するとこんな感じかな(笑)。
KM - あとメロディの起伏が大きい。僕は音を波形で見ることが多いから余計にそう感じるんだけど、特に海外のラッパーは平坦なんです。でも(sic) boyのヴォーカルは上下の移動が激しい。僕はそこを「J-ROCKっぽさ」と感じたんだと思います。
(sic) boy - 最近はロックっぽいトラップでやってる人が出てきたけど、僕からすると、Lil Peepをトレースしてるだけのように思えちゃいます。明らかにロックを聴いてないんですよね。だからギターリフのメロディをなぞってそれっぽくラップしてるだけ。もっとスクリームを入れたり、メロディに緩急つけたりできるのに。実際、海外のエモのラッパーたちはそういうレベルでやってるし。日本はLil Peepで止まってる感じがします。
変なやつでいたくて化粧して高校に通ってた((sic) boy)
- (sic) boyさんはどんな子供だったんですか?
(sic) boy - 親の影響もあって、小さい頃は音楽よりも絵を描くのが好きでしたね。小学校の頃、カードゲームがめちゃくちゃ流行ってたんですよ。でも学校に持っていくと先生に没収されちゃうので、僕がカードゲームを作ってクラスメイトにあげたりしてました。僕がクラスで一番絵が上手かったんですよ。厚紙を切って、そこに絵を描いて。能力も自分で決めて。一番強いカードは僕が持ってたんだけど、誰か盗まれちゃった(笑)。ちっちゃい頃からものを作るのは大好きでしたね。
KM - 学生の時ってどんな感じだったの?
(sic) boy - 基本的にはすごくマイペースでしたね。そのせいかバイトも全然続かなかった。だからある時点で「自分には協調性がないんだな」って思うようになりました。
KM - ロックが好きだと体育会系とかとぶつかったりするじゃん。そういうのはなかったの?
(sic) boy - 僕はなんとも思ってなかったけど、向こうから嫌われてたっぽいです(笑)。僕、高校の頃、化粧して学校に行ってたんですよ。男子校だったから化粧をすることが前提に無くて校則で禁止されてなかったし。そしたら「なんだあいつ?」みたく。
KM - 学校に化粧して行ってたの?
(sic) boy - はい。2年くらいからかな。好きなバンドの影響もあって、自分も化粧したいなって思うようになったんです。体育会系には嫌われてたけど、K-POPがすごい流行ってたから、クラスメイトにからかわれたりとか、そういうのは全然なく、みんな普通に受け入れてくれてましたね。たぶん10年前とかだったら、僕みたいなのはボッコボコにされてたかもしれない(笑)。こういうのって結構黒歴史みたく思うかもしれないけど、僕的には今自分がやってることにつながってるから、全然ありというか、むしろ誇るべき行動だと思っています。
KM - 面白いね。
(sic) boy - 僕はコンプレックスを隠すためにメイクを始めたんじゃなくて、好きなバンドの人たちのような、変なやつでいたいという思いのほうが強かったんです。
わかりやすさはあえて排除することがテーマだった(KM)
-『(sic)’s sense』の制作はどのように進めたんですか?
KM - ベースは(sic) boyが自身のPCに録り貯めていたデモです。30曲くらいあったので、そこから5曲を厳選しました。トラックは完全に作り変えているので、原型はまったく残ってないです。9月くらいから作り始めて、佳境になってからは週2くらいのペースで会ってたね。
(sic) boy - トラックだけじゃなくて、デモからいろんなことが大幅に変わりました。今KMさんに提出したデモを聴くと、なんか未完成というか、全然ダメだったなって感じです。
KM - でもね、メロディの原型はデモの段階で完成されてたんですよ。彼が作るデモにはAメロとサビしかなかったから、僕がトラックを完全に作り変えて、さらに展開も作って、みたいな。そうすると当然メロディを直してもらいたい箇所が出てくる。そこを考えてもらったら、さらに僕がトラックをアレンジするみたいな感じで制作しました。どの曲もめちゃくちゃいじってるから、僕も(sic) boyもどの曲のどこをどう変えたかは説明できません(笑)。
- 『(sic)’s sense』はこれまでのKMさんの作風とはかなり違うように思いました。
KM - 実は僕も高校の頃、バンドをやってたりしたんですよ。だから(sic) boyが好きなバンドとかも普通に知ってて。あとこれは世代の感覚の話なんですけど、僕より上の人たちはヒップホップを好きな人はヒップホップしか聴かないし、ロックもまたしかりみたいな感じの人が多かったんです。たぶんネットとか、メディアとか、音楽を取り巻く環境の影響だと思うんだけど。僕の世代はその辺が結構フラットだったので、今でもなんでも取り入れられるんですよね。でも今回の制作で、一番違うのは僕自身が一切抑えてないというところ。普通のトラップをやりたい若い子に僕が作り込んだトラックを渡すと、結構「?」みたいな反応になっちゃうんですよ。どうラップしていいかわかんないみたいで。でも(sic) boyは僕がどんなに作り込んでも、「これいいですね!」みたく言ってくれて。むしろ「もっと作り込んでください!」みたいな感じだったんですね(笑)。それが嬉しかったんで、作品としてはかなり複雑なものになりました。
(sic) boy - この形にたどり着くまで五回くらい歌い直しました。でもプロデューサーの方と一緒に作業するのが初めてだったから、これが普通だと思ってました(笑)。
KM - (前作)『NEVERENDEING??』の時はどんな感じだったの?
(sic) boy - 『NEVERENDEING??』の時は、僕が素材をいただいた段階でほぼ出来上がった状態だったんですよ。あとは歌を入れるだけ、みたいな。だからEPをゼロから作るという作業は、今回が初めて。僕が何かしたことに対して、KMさんが毎回レスポンスしてくれることがとにかく嬉しくて。
KM -トラックに関しても"freezing night"や"(sic)’s sense"なんかは、ギターのフレーズが何パターンかあったんですよ。それを(sic) boyに選んでもらったり。彼は本当にJ-ROCK的なゴスっぽい耽美な感じの音を選ぶんですね。最初は「これはちょっとナシじゃない……?」と思ったけど、今回のEPはいわゆる現在主流とされるヒップホップの雰囲気はあえて排除することがテーマだったから、結局(sic) boyの意見を採用しました。「僕の好みじゃないけど、逆に好きな人はいるだろう」みたいな。すごいひねくれた感覚で作ってるけど、ありきたりではないもの、わかりにくいものを作ろうと意識が2人ともすごくあった。
(sic) boy - 周りの大人に2パターン聴いてもらって、良い反応の方をボツにしたり。"no.13 ghost"のPVもいわゆるラッパーっぽい感じではないけど、あれは意図的にそうしてる。
僕もKMさんも根がひねくれてるんだと思います(笑)((sic) boy)
- 音楽的には目指して形はあったんですか?
KM - EPの核になってるのは、(sic) boyのL’Arc〜en〜Cielに代表されるゴス文脈のJ-ROCKに影響を受けたメロディなんです。トラックに関しては、あえていろんなタイプのものを意識的にまぜたものにしてます。例えば"(stress)"は前半がブーンバップで、後半はスクリューです。たぶんアフリカンアメリカンはこういうことできないと思う。だって彼らはどういう背景からヒューストンでスクリューが生まれ、ブーンバップにはニューヨークのどういう歴史があるのがあるのか知っているから。でも東京にいる僕らは、スクリューも、ブーンバップも、トラップも、エモも、オルタナも、J-ROCKも並行して聴いてるわけで。それが(sic) boy的だし、今の東京の感覚だと思う。でも最初からこんな入り組んだことを考えていたわけじゃなくて。もっとシンプルに僕がトラックを作って、(sic) boyに歌を入れてもらう、みたいなのを想定してたんですよ。でも僕が作り込めば作り込むほど、(sic) boyが楽しそうな顔をするので、僕もノッてきてしまったというのが真相なんです(笑)。
(sic) boy - たぶん僕もKMさんも根がひねくれてるんだと思います(笑)。ありきたりじゃつまらないというか。そういう部分でお互い共感しちゃったと思う。あと僕自身も「これはないでしょ」みたいなのが特になくて。もちろん音楽的な好き嫌いはあるけど、アイデアとかジャンルごと否定する感じじゃないんですよね。
KM - 相当柔軟なんだと思いますよ。(sic) boyのデモをかなり聴かせてもらったけど、本当にいろんなタイプの音楽をやってて。四つ打ちでも普通にラップできるし。あと話しててもヒップホップをかなり深いところまで聴いてるし、ロックとかもめちゃくちゃく詳しいんですよ。
(sic) boy - 悪く言えば雑食なんですけど、僕は若さ故に、まだ自分が本当にどういう音楽が好きかをわかってない部分があるんですよ。だから聴けるものはできるだけたくさん聴いて、試行錯誤している部分はありますね。将来的にはバンドと一緒にやってみたいし。
エモラップは白人が作ったトラップのムーブメント
- 現在、トラップとUSオルタナティブロックが混じったサウンドが主流になりつつありますが、この流れはどのように生まれたんでしょうか?
(sic) boy - あくまで僕の感覚なんですけど、ファッションが大きいと思います。ある時期からUSのラッパーがファッションにロックを取り入れ始めたんですよ。Travis ScottがMarilyn MansonのTシャツを着てたり。僕らの世代では、ラッパーのTシャツからNirvanaを知った人も相当数いると思う。だからLil Peepが出てきても、結構みんな自然に入っていけたのかなって。僕は音楽の歴史的な時系列が全然わからないんで、あくまで自分の感覚なんですけど。
KM - それはあると思うよ。あとSkrillexの存在がデカいと思う。あの人はクラブでロックをかけるために、自分でいろんなバンドのクラブエディットを作ってたんですよ。EDM全盛の頃は、00年代のバンドの曲をクラブエディットしてフェスとかでかけてて、その後トラップが全盛になって、SUM41みたいな90年代のバンドのクラブエディットも作れるようになった。なぜかというと、あの辺のバンドのBPMはちょうどトラップのビートの倍だから。
(sic) boy - ああ、それは絶対あると思う。高校の頃、Salvadorがヒップホップをいろいろ教えてくれたんですけど、中でもトラップはSlipknotとBPMが近いからむしろ聴きやすいと感じたんですよね。
KM - そうそう。SkrillexもSlipknotも、Lil Peepも白人でしょ。トラップとオルタナが混じったエモラップのムーブメントは、ブラックミュージックではなく白人の感覚というのがポイントだと思う。これは僕の見解なんだけど、僕の世代くらいまでの日本人ってヒップホップを自信持ってやれないという意識がどこかにあるの。ブラックミュージックには奴隷制度から始まった本当に深くて深刻な歴史があって、ヒップホップはそこに完全に根ざした音楽だから。自分たちがアフリカンアメリカンの歴史の延長線上にいない、歴史を知らないという事実がコンプレックスになってる。でも不思議なことに、日本人は白人が作った音楽に対しては自分たちのものだと思えるんですよね。エモラップは白人が作ったトラップでしょ。だからJ-ROCKから派生した白人の音楽に影響を受けた(sic) boyのような子も自然とラップするようになったんですよ。(sic) boyはこの辺のことを感覚でわかってるから、かなり話が合う。僕がいろいろ教えてもらうことも多いんです。
- お二人の今後の展望を教えてください。
(sic) boy - KMさんとアルバムも作りたいと思っています。今回のEPは僕の喜怒哀楽を曲ごとに表現したけど、次はまた違ったことをしたい。まだ漠然としてますがイメージもあって。本当は出来上がった曲をサクッと出しちゃいたいんですけど、『(sic)’s sense』も聴いてもらいたいし、何よりもっと曲のクオリティを上げたい。だからここはグッと我慢ですね(笑)。たぶん僕は性格的に毎回違うことをやりたいタイプなんです。そしたら当然離れていく人もいると思う。僕には盲目に自分についてきてほしいみたいな願望はないけど、変わっていく自分を色眼鏡なく聴いてほしいというのはありますね。それでお客さんがついてきてくれるようなアーティストになりたい。
KM - 僕はあんまり考えてないかも。いろんな人といろいろ作ってるからということもあるけど、僕は自分がいま面白いと思う音楽を素直に作っていきたいですね。いつまでもその気持ちは忘れたくないと思っています。
- 最後にリリースパーティーはなぜこのラインナップなのでしょうか?
(sic) boy - EPの制作コンセプトと同じで、既存のイベントでは無いようなラインナップかつ、僕とKMさんにに所縁のある人でお声をかけさせて頂きました。
KM - ライブのメンバーは(sic)boyが選んでDJは僕が選びました。既にSNSでも言ってるのですが、No Flower君は昔から誘いたくて今回ようやく実現しました。
(sic) boy - ちょうど今KMさんと当日の為に色々仕込んでいる所で、普段のライブではやらない事からみんなで楽しめる王道な所まで盛り込んで特別なセットをお見せできればなと思ってます。
Info
【リリースイベント公演概要】
公演タイトル:(sic)boy & km presents (sic)’s sense release party
公演日: 2020年3月4日(水)
会場:表参道WALL&WALL
開場:17:30 開演:18:00
前売り料金:3,000円(別途ドリンク代)
出演:(sic)boy、KM、釈迦坊主、vividboooy、Only U、No Flower(kiLLa)
前売りチケット予約:https://t.livepocket.jp/e/f74o3
【EP「(sic)’s sense」商品情報】
■アーティスト名:(sic)boy、KM
■アルバム名:(sic)’s sense
■配信日:2019年2月5日(水) 0:00
iTunes Store等主要配信ストア及びApple Music、Spotifyなど主要定額制音楽ストリーミングサービスにて配信開始
■レーベル:add. some labels
■LINK: https://fanlink.to/cqXn
■収録曲
1.freezing night
2. (sic)’s sense
3. slayed me
4. (stress)
5. no.13 ghost