世界的にシーンが連動しているクラブ・ミュージック。海外に移住して活躍する日本人DJは数少ない。
数少ない日本人のひとりであるQrionは、高校生の頃に公開したVineでのDJプレイ動画が世界的に話題になり、現在はサンフンシスコに活動拠点を移し、メロディアスなハウスをリリースしながら、数多くのフェスに出演して活躍中だ。
今回、EP『Waves』のアナログリリースを記念してメールインタビューを行い、丁寧な返信を頂いた。彼女が体験しているアメリカ西海岸のシーンに少しでも触れてみてほしい。
質問構成 : 高岡謙太郎
数多くの海外レーベルと関係を持つ稀有な存在
- Ryan Hemsworthとの共作から注目が集まり、A-TrakのFool’s Gold、SkrillexのNest HQ、現在はAbove & BeyondのAnjunadeepでリリースされています。当初はトラップ的なサウンドで注目されましたが、現在はハウスに移行されたきっかけがあれば教えて下さい。
Qrion - サンフランシスコに引越してから友達とクラブに行く機会が増えたのですが、日本のように地域で活躍してるDJやアーティストをサポートしているイベントがあまり無くて、どこの箱も出演者はほぼ違う州や国からの大きなアーティストのような感じです。
そうなるとサンフランシスコで人を呼べるイベントとなるとEDM、ハウス、TOP40、テクノになってきて……。そういう状況もあって、自然と耳に入る音楽が4つ打ちに移行してきました。そこからハウスにハマったのもあって、リリースもハウス寄りになり、自分のイベントもプログレッシブハウス寄りになりました。
- 今回レコード化するEP『Waves』に収録される曲“Text Me Back at 4 AM”、“Waves”、“Joseph”について、一曲づつコメントをいただけますか?
Qrion - “Text me back at 4am”は深夜夜更かししていた時にできた曲です。深夜になると考え事をしたり考えなくてもよいことを考えて落ち込んだりすることはみんなあると思うのですが、その中での自分のモヤモヤが音になった感じです。
シンセサイザーのアルペジオが凄く好きで、今回はJupiter8のVSTを使って曲を作りました。アルペジオはすごく規則的で海の波のような感じなので、"Waves"という名前にしました。
作った当時、音楽のことや仕事のことでうまくいかず悩むことが多かったので、原点に戻ってメロディーを作ってみようと思い、当時作っていたような1アンビエントサウンドと、今のハウスを混ぜたような曲を作りたくて“Joseph”ができました。
- Qrionさんの中でレコードとはどういう存在ですか? 自分でもレコードを購入しますか? もしされるならこれまでに購入したレコードの中で思い入れの深いものはなんでしょうか?
Qrion - 今はストリーミングで簡単に音楽を再生したり、Bluetoothで簡単に音楽を再生したりできる中で、実際に手にとって針を落とす作業があるレコードは温かみのあるものだなと思います。自分は皆さんのようにレコードにすごく詳しかったり技術があったりある訳ではないので、好きな曲を見つけたら買ったりする身近な物なのですが、届くまでのワクワクだったり家に帰って再生するまでの感覚などが、すごく新鮮で良いなと思います。
アニメ『攻殻機動隊』のサウンドトラックをサンプリングしたWe Can Do It!の“Der Geist in Der Muschel”というトライバルテクノのレコードがとても印象深くて。私の好きなJacques Greeneというプロデューサーがラジオで流していた曲なのですが、友達となんとなくヤフオクを見ていたらたまたま出品されているのを発見してすぐに購入しました。当時はレコードをあまり買ったことが無かったので、今でも見つけた時の嬉しさを覚えているし、思い出深いです。
- 曲を作る上で自分自身で意識している、Qrionさんならではの作家性のようなものがあれば、教えていただけますか。
Qrion - 自分は曲に感情を込めるのが好きなので、メロディを作る時もなるべくエモーショナルな感じになるように意識をしています。自分は言葉で人に表現したりコミュニケーション取ったりするのがすごく苦手で、思っていることもなかなか人に伝えれない性格なので、音楽をアウトプットに自分の思ったことや考えた事を表現している感じです。
移動中の窓から外を見て思ったことだったり、友達関係で考えることがあったり、悲しいことだったり、すごいランダムなのですが感情を使うことがあったら音に表してみています。自分で出来た曲を聴いて、何か視覚的にイメージできるような曲になるように心がけています。
- Anjunadeepとの契約のきっかけを教えて下さい。Qrionさんからはどういうレーベルに見えますか。また話せる範囲で構いませんが、どういった契約になりますか?
Qrion - Anjunabeatsと契約しているSpencer Brownというアーティストと同じブッキングエージェンシー繋がりで出会う機会があって、2人ともサンフランシスコに住んでいるのでスタジオで曲を作ろうということになりました。そこで出来た曲をSpencerからレーベルに送ってもらい、すごく気に入って貰えたので2人のコラボEPのリリースの契約をしました。
そこから、今度はコラボではなくて私個人の曲が聴きたいと言ってくださって、デモを十数曲集めたSoundCloudのプレイリストをメールしました。サブレーベルのAnjunadeepのチームの方が気に入った曲を何曲か選んでくれて、そこからエンジニアの方と手直ししてリリースの契約をしました。EP以降レーベルのメンバーとしてイベントのオファーをしてくれることがあり、運営の方たちと会ったのですがすごく良い方たちでした。こんなに名が無いアーティストなのに、将来のことやプランを一緒になって考えてくれたりとても嬉しかったです。
今まだ契約内容をマネージャーと審議中なので詳しくは言えないのですが、これからも長期でお世話になると思います。あんなに毎週DJで忙しいAbove & Beyondの3人も私やレーベルの若いDJや新しいアーティストをすごくサポートしてくれていて、他のレーベルにはあまり無いようなあたたかい感じです。レーベルのDJも運営もみんな家族のような感じで上下関係や大きなアーティストだからといってあまり喋れないことも一切無く、全員が仲良しな居心地の良いレーベルです。ここまで関われることができて嬉しいです。
移住ならではの苦労も
- 一時期LAに住んでいましたがサンフランシスコに引っ越したことと、海外移住のきっかけを教えてください。毎日どういった生活をしていますか?
Qrion - いろいろなインターネットの偶然で5年前サンフランシスコでライブをする機会があり(ギャラは出ないけど自費で旅行がてら遊びに来るなら1時間ライブをして欲しいという感じでした)、その時に受けたカルチャーショックと、こんなに英語が話せなくて言葉が通じないのに会場の人たちが自分の音楽で踊ってくれてるのを見てすごく感動しました。
当時Vineという6秒版TikTokのようなアプリがあり、そこで私がステージで踊っている動画がバズって、それ経由でベース・ミュージック系のブッキングエージェンシーから契約のオファーが来ました。よくよく考えると、月にいくら貰えるとか、そういうのをちゃんと確認してから契約するべきだったんですが、違う国に急に引越したらどうなるんだろうと興味がすごくあったり、せっかくこんなに音楽が好きだから本格的に取り組んでみたいなと思ったり、別にもし私の音楽がアメリカに全く通用しなくて何か問題が起きても死ぬ訳じゃないし、その時はその時だからと思い切ってビザを取って引越しました。
Twitter経由で知り合ったロサンゼルスの友達のルームメイトがひとり引っ越すという事だったので、そこを住居にしようと思っていたのですがその人が急に引越しを取りやめたので、他に部屋を探していたんですがどこにも借りれる部屋が見つからず……。しかもその過去に契約していたエージェンシーの担当者がお金を持ち逃げして手持ちのお金がほぼ0で、1ヶ月ホームレスで友達のリビングルームに住んでいました。その後ようやく友達経由でサンフランシスコに部屋が見つかり、移動することになりました。
自分は性格的にすごくのんびりしているので、サンフランシスコのほうがすごくしっくりくるし、移民がたくさんいてすごく心の開けた街なので正直こっちに来て良かったなと思っています。ロスに住んでいた時は、すべてが忙しくて音楽もすごく競争が激しいなと感じました。クラブの量やイベントの量もサンフランシスコの倍で、個人的な意見なのですが、すごくDJの上下関係が激しい街だなと思いました。自分は札幌から上京したことがなくて、もし東京に住んでいたらロスはすごく居心地が良いんだろうなと思います。
- 『Tomorrowland』、『HARD Summer』、『Holy Ship』、『Moogfest』、『NoisePop』、『SXSW』のショーケースなど、名だたるフェスに出演されていますが、個人的に印象に残ったフェスとその理由を教えてください。
Qrion - 『Holy Ship』がとても印象深かったです。5日間客船の中で行うフェスなのですが、船の端から端まで歩いて15分かかる大きさで、その中にあるクラブスペースで24時間イベントが行われていて、今までに体験したことのない感じでした。海の上に5日間拘束されるような感じなので、遊びに来てる人はもちろんパーティをしに来た人しか居ないので、エネルギーが凄かったです。5日後船から降りた時、ずっと船の上を歩いていたのでずっとカクカクした歩き方を数時間していたのを覚えています。
- 今後出演したいフェスやパーティ、コラボレーションしたいアーティスト、気になっているシーンなど現地ならではの情報を教えて下さい。
Qrion - 1年前ライブセットからCDJに移行したので、DJの技術的なことをもう少し学んで、『CRSSD』というハウス・テクノのフェスに将来出られたらなと思います。それと、イギリスのTshaというアーティストが作るハウスがすごく好きで、いつかコラボが出来たらなと思います。
- いつも遊びに行っているクラブやパーティがあれば、その魅力を教えて下さい。
Qrion - 『As You Like It』というサンフランシスコのパーティが凄く良いです。Mall GrabやDenis Sulta、イギリスの流行りのハウスDJを呼んだり、ちょうどハウス・ファンが今聴きたいアーティストを呼んでくれるイベントでとても楽しいです。客層もみんな音楽ファンで、純粋に音楽を聴きに来ている人がフロアで踊っている感じが良いです。
- アメリカでは、EDMとテクノハウスのシーンの境目が薄くなっているように見えますが、実際はどうなっていますか?
Qrion - EDMアーティストがアシッドベースを取り入れたり、そういうところからメジャーイベントでテクノが受け入れらるようになっていったと思います。アメリカで「テクノが好き!」と言う人たちの中に、ハードな4つ打ちのEDMのことをテクノと言っている人や、Richie Hawtinを聴いている人や、BPMの早いプログレッシブハウスのことを言っている人がいたり、人それぞれ色々なテクノがあるなと思います。
音楽にかかわらず文化とかもそうなのですが、アメリカで何かをお金にするというのは、他の国で流行っていることだったりスタンダードであるのを吸収して、国で新しい物として大きくしてトレンドにしてお金にしていると思っていて、テクノがアメリカでも大きくなっているのは新しい流行りとして扱われるようになってきているからだと思います。今ではどこのフェスやイベントでもハウスやテクノを聴くようになったと感じます。
- 移住をしてみて、日本のクラブミュージック・シーンとの違いを感じた部分を教えてください。
Qrion - 日本はアメリカよりクラブ・シーンを真剣に扱っているのかなと思います。だからこそ、地域のクラブでローカルDJが活躍していたり、みんなで日本人アーティストをサポートするすごく良い環境が出来ていると思います。アメリカは色々な文化が混ざり合って出来た国なので、デトロイトやシカゴやそういう地域をのぞいて、あまり日本のようなローカルを大事にするクラブ・シーンは無いと思います。結構ビジネスにシビアなシーンで、お国柄そうでいなきゃいけないのかもしれないですが、私が札幌に住んでいた時に遊びに行ってたような、地域の人たちで地元のDJやアーティストをサポートするようなシーンがすごく懐かしいし羨ましいです。曲を作ってリリースしてそこからDJとして売り出していく形は日本とも同じだとは思うのですが、DJとして地元のシーンを盛り上げるというのはあまり見ないです。
- 現地で一緒に遊びに行ったりする仲良いアーティストはいますか?
Qrion - 同じレーベルのSpencer Brownや、Lutterelとその彼女とよく遊んだりしています。みんな生活リズムが結構バラバラで、夜更かしをするほうなので、夜遊びに出ることが多いです。
- ハウスミュージックを基調とされていますが、USの上の世代との世代差を感じますか?
Qrion - 自分はあまり感じないです。レーベルの中でもすごく若いほうなのですが、他のアーティストにあまり世代や壁を感じたことは無いと思います。年齢や経験ではもちろん壁はあるしすごく尊敬しているのですが、そこから億劫に感じたりとかもなく、みんな平等に接してくれてすごく嬉しいです。
- 建築を見るのが趣味だそうですが、サンフランシスコのおすすめの建築物やスポットはありますか?
Qrion - 建築ではないのですが、MoMAという現代美術館がすごく良いです!7階建の建物にぎっしり絵画やアートが展示されていて、全部見るのに数時間かかる量です。
- 海外での移住生活は差別をされたり、生活に不自由はありませんか。ホームシックになりますか?
Qrion - 日本ではまったく人種差別を意識したことがなかったので、アメリカに来てからガラっと印象が変わりました。やっぱりアメリカでは多数派が強いとされているので、たまにですが空港や店で白人の人に冷たい扱いをされたり、私が英語をスラスラ喋れないのとか違う文化を持っているのを面倒臭く扱う人もいます。アジア系移民の中でも私はアメリカで育っていないアジア人なので、自分と同じような境遇の人をなかなか見つけることが出来なくて、結構ホームシックになったりするのですが、それでも私の友達は私の人種や年や生い立ちに関係なく友達でいてくれているので有り難いしすごく支えになります。
- 最後に今年の目標があれば教えて下さい。ありがとうございました。
Qrion - 今年はツアーを精力的にしたいし、リリースしてツアーをして制作に戻るという環境のサークルにもっと慣れていきたいなと思います。
Info
Qrion - 『Waves』