新連載『Why Not Listen To ?』がスタート。今や世界の音楽シーンではジャンルの垣根を越えて、数え切れないほど多くのアーティストが活動しているが、音楽フリークにとってそれを全部追うのは少々無理がある。そこで、FNMNLでは編集部が各月毎にオススメのアーティストをピックアップ。彼らの簡単なプロフィールをはじめ、音楽性、オススメの楽曲などを紹介していく。アーティストをディグするときの参考にしてもらえると幸いだ。
GNAR
GNARことCaleb Sheppardはオークランド生まれの24歳。現在はアトランタを拠点に活動している。ステージネームがGNARだったりLil Gnarだったり定まらないがGnarの部分は‘ナー’と読む。現在はラッパーとしての印象が強い彼だが、実は元々スケーターでありGNARCOTICという自身のブランドのファッションデザイナーでもある。ちなみに彼のステージネームの‘Gnar’の部分はスケート用語の‘Gnarly’が由来だそう。‘Gnarly’という単語は通常だと「ねじ曲がった」というような意味合いになるのだが、スケーターの間だと「すごい、ヤバい」という意味になるとのこと。Instagramでは彼のスケボーの腕前を見ることが出来る。
そんなマルチな才能を持つLil Gnarだが、ラッパーとして注目され始めたのはごく最近。2017年に発表した“Ride Wit Da Fye”からだ。
高級車に大量の札束にマリファナと、お手本通りのPVといった感じだがバウンシーなビートに彼の軽いフロウが乗った同曲の完成度は高く、注目を集めるには十分だっただろう。その後、彼はSoundCloudに定期的に曲をアップ。ロックとヒップホップを跨いだような彼のスタイルは注目を浴び、いわゆるSoundCloudラッパーという単語が当時流行っていたこともあり、彼の名はさらに広まっていった。そしてついに、昨年デビューアルバム『GNAR Lif3』をリリースしたLil Gnarは勢いそのままに先日ニューアルバム『Fire Hazard』を発表。お得意のバウンシーな楽曲“Rockstar Flow”から始まる同アルバムはLil Yachtyや、これまでも度々コラボ楽曲を発表してきたLil Skiesなどを客演に迎え、終始アッパーなアルバムに仕上がっている。Highsnobietyのインタビューでは、同じくデザイナーでありアーティストでもあるPharrell Williamsを尊敬していると語っているが、果たして今後彼はどのようなキャリアを歩んでいくのだろうか。
Monsune
先日、デビューEP『Tradition』をリリースしたMonsune。YouTubeでは収録楽曲である“Outta My Mind”のMVが公開されている。
このMVだけ見ると、Monsuneというアーティスト名のバンドだと思うかもしれない。しかし、実はMonsuneはソロのアーティストだ。MonsuneことScott Zhangはカナダのトロントを拠点に活動する中国系カナダ人の21歳。まだまだ若い彼だが、新作EP『Tradition』はベッドルームポップとシネマティックなサウンドをうまく融合させた良作であり、楽曲からはすでに貫禄も漂う。Monsuneは同作についてFaderに宛てたメールにて、「このEPは大まかに言うと、思春期から成人期に移行する際に私が経験した混沌とした感情に基づいています。不確実性であったり、夢中になったものであったり、ディアスポラであったり、それ以外にもこの移行期に私が遭遇した多くの新しい感情に関する経験を基にしています」と『Tradition』は自身のこれまでの人生を描写したものと綴っている。また同メールで彼は「プリンスやOutkast、Mazzy Star、J Dillaを聴きながら(このEPを)作った」と語っており、『Tradition』が漂わせるどこか懐かしさを感じるのもうなずける。さらに他のインタビューでMonsuneはThe Avalanchesからの影響を明言しており、彼らの幾重にもサンプリングを重ねるスタイルにインスパイアされているという。MVになっている“Outta My Mind”も良曲なのだが、個人的なハイライトは4曲目の“Mountain”。彼のソウルフルな歌声はもちろんのこと、序盤の物静かな雰囲気から、徐々に壮大なメロディを奏でる構成は見事だ。
Samm Henshaw
最近は車のCMに楽曲が使われるなど日本での知名度も徐々に上がってきているSamm Henshaw。ロンドンを拠点に活動している彼はまだ25歳と若いのだが、そのソウルフルな美声からはベテランアーティストの風格が漂う。先日リリースされた新曲“Only One to Blame”でもそのハッピーなグルーヴは健在で、今の季節にピッタリな良曲だ。
London In Stereoのインタビューにて、自身の音楽のジャンルをどのように表現するかと聞かれたSammは「ソウルミュージックとヒップホップとゴスペルのハイブリッド」だと返答しているが、先述したCMに使用されている“Church”や彼の名を一躍世に広めた“Broke”など彼の楽曲にはゴスペルの影響が散見される。実はSammの父親は教会の牧師で、幼い頃からゴスペルを聴いて育ってきたそう。その当時のお気に入りは『The Rebirth of Kirk Franklin』だったらしく、今の彼のハッピーでアップテンポな音楽性に影響を与えているのが分かる。また、彼の楽曲からはChance The Rapperと非常に近いものを感じるが、実際Sammは2016年にChance The Rapperのツアーに帯同している。
インタビューではJohn LegendやCommon、Lauryn Hillなどからの影響を明言しているのだが、彼の音楽における1番のヒーローはKanye Westだという。特に初期の頃の彼が好きだそうでGQのインタビューで今のKanyeに何か言うなら?という質問に対して「昔のKanyeはいつ戻ってくるんだい?」と言うほど。Kanye Westといえば最近、待望のニューアルバム『Jesus Is King』をリリースしたばかりだが、同アルバムはゴスペルに多大な影響を受けたものだった。Sammがこのアルバムに対してどのように思っているのか気になるところだ。『Jesus Is King』もそうだが、今のアメリカのシーンではラッパーのNFを筆頭にクリスチャンミュージックがトレンドになりつつある。先述したように、Sammはロンドンのアーティストだが良い意味でアメリカっぽさもあるので、その人気をさらに加速させていくだろう。
近年、Cosmo Pykeであったり、Rex Orange County、Puma Blueなどサウスロンドン勢のアーティストが音楽シーンを盛り上げているが、Samm Henshawは彼らとはまた違った風を吹かせてくれそうだ。是非バンドセットで来日してほしい。
Bakar
2組続けてロンドンのアーティストだが、次に紹介するBakarはSamm Henshawとはまた違ったカラーを持つアーティストだ。昨年にはデビューアルバム『Bad Kid』を、今年の9月にはニューEP『Will You Be My Yellow?』をリリースし、精力的な活動を見せている。またその端正な顔立ちからLouis Vuittonのモデルを務めるなどファッション業界におけるも多いマルチなアーティストだ。
そんな彼は一見すると、ラッパーのように見えるかもしれない。しかし、彼の音楽性はどちらかというとインディーロックに近い。その中に、Bakarは上手くパンクの要素やグライムの要素を織り交ぜ、唯一無二のスタイルを確立しているのだ。SSENSEのインタビューにて‘俺にとっては短い物語’と語る最新EPの『Will You Be My Yellow』も様々な要素が組み合わさったBakarらしい作品となっている。MVが公開されている“Hell N Back”では陽気なメロディに反して、歌詞にはドラッグの描写などを盛り込み、男女の不健全な恋愛を描く。
また4曲目に収録されている“Stop Selling Her Drugs”はBakar自身初のコラボ楽曲であり、こちらもまた注目の若手アーティストであるDominic Fikeをフィーチャーしている。
そんなBakarが音楽を始めたきっかけは、Skeptaの名アルバム『Konnichiwa』の制作中に彼と過ごしていたことが大きいのだそう。そこから、SoundCloudに徐々に自身の楽曲をアップしはじめたとのこと。SoundCloudでは今でも彼の初期の音源を聞くことが出来る。少し粗さが残るものの、現在のBakarの音楽性とも通ずるところがある。ちなみに、i-Dのインタビューで彼はイギリスのロックバンドFoalsに多大な影響を受けたと述べている。特に彼らのアルバム『Antidotes』はBakerが初めて‘打ちのめされた’作品だそうだ。
また、彼は度々、体制に対する批判など政治的なメッセージともとれる歌詞を書くことがあるのだが、そこには彼自身が音楽を始めるきっかけとなったSkeptaや、Stormzyを代表とするグライムシーンやパンクの影響が垣間見える。
このように考えるとBakarもまた、ジャンルという枠に囚われない、極めて現代的なアーティストといえるだろう。
ENVY*
88risingを筆頭に近年のアジアにおいて、ヒップホップが大きな盛り上がりをみせているのは周知の通りだろう。Rich Brianはその中でもとりわけ人気なアーティストの内の1人だが、そんな彼はインドネシア出身のアーティストだ。今回は、そんなインドネシアのヒップホップクルーEnvy*を紹介したい。
インドネシアのジャカルタを拠点に活動するEnvy*は5人のラッパー(Quest、Anima、Fat B、Hazy Dael、Isiah)とプロデューサーのMaliboo、マネージャーのShiayo、そしてサウンドエンジニアのDon O'Deelioの8人からなるラップコレクティヴだ。クルー内に複数のラッパーとプロデューサーなどを抱えている事から、同じようなアーティストとしてBrockhamptonが想起されるが、サウンドの面もかなりBrockhamptonに近く、エクスペリメンタルなトラックが多い。インタビューでも、BrockhamptonやOdd Futureなどラップグループからの影響を明言している。また、全編英語でラップしており、情報を知らずに楽曲を聴けばアメリカのラップグループかと思うかもしれない。
そんな彼らは今年、デビューアルバム『No Wonder We Have No Friends』をリリースした。MVが公開されている“Get Money”は奇怪な笛の音が鳴るビート上で、メンバーがそれぞれ巧みなフロウを見せつけるバンガーだ。
この他にも同アルバムには、アラビアンなビートが特徴的な“Songoftheyear*”や、母への愛がテーマの“Dear, Mom.”など完成度の高い楽曲が多く収録されているので是非聴いてみてほしい。
Summer Walker
先日、リリースしたデビューアルバム『Over It』で女性R&Bアーティストのストリーミング回数の最高記録を塗り替え、まさにスターダムを駆け上がっているSummer Walker。アトランタ出身の彼女はその甘美な歌声とは裏腹に23歳とまだ若いアーティストだ。そんなSummer Walkerを説明する上で外せないのが“Girls Need Love”だ。
女性の感情をストレートに綴ったリリックと、トリッピーでメロウなビートが非常にマッチしたこの楽曲は大きな話題を呼び、現在MVの再生回数は5500万回を超えている。さらにストリーミングの帝王、Drakeが参加したリミックスヴァージョンもリリースされ、彼女は一躍シーンの中心に躍り出た。Los Angeles Timesによると本格的に歌を歌い始めたのは15歳の頃で、Jazmine SullivanやAmy Winehouseといったアーティストに影響を受けているそう。YouTubeでは、彼女の若い頃の映像を見ることが出来る。
まだフェイスタトゥーも鼻ピアスも開けておらず幼さが残る彼女だが、この頃からやはり歌声は唯一無二のものを持っていたことが分かる。そんなSummer WalkerはH.E.R.やSZAなど他の女性シンガーと比較されることも多いが、彼女の楽曲は他のアーティストよりも暗めな雰囲気を纏っており、その上歌詞がかなりストレートだ。一般的に女性シンガーは恋人との恋愛のもつれや葛藤などをネガティヴに歌うことが多いが、Summer Walkerは“Girls Need Love”をはじめ、愛に対する貪欲さを前面に押し出しだリリックがリアルだと共感を呼んだのである。『Over It』でも、その持ち味は存分に生かされており、特にUsherとの新旧共演となった“Come Thru”では見事な化学反応を見せている。
私生活ではプロデューサーのLondon on Da Trackと付き合っているそうで、公私ともに充実しているSummer Walker。今後の活躍がますます楽しみである。