先週末リリースされたBillie Eilishのアルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』は、一貫して暗く重たい雰囲気を持ちながらもキャッチーさが存分に発揮された、まさに新世代ゴスクイーンBillie Eilishの持つ魅力を100パーセント感じることが出来る作品だった。
アルバムリード曲“bury a friend”のトラックはMarilyn Mansonの“The Beautiful People”を連想せずにはいられない物であり、また「もう一人の自己との対話」をテーマとしたリリックやMVはTyler, The Creatorの“Yonkers”を想起させる。“bad guy”から Nine Inch Nails、“xanny”や“wish you were gay”などからLana Del Rayを連想するリスナーも多いはずだ。ゴスたちのアイコンとなったこれらのアーティストの正当な系譜にあり、なおかつ彼らが創り上げたイメージを新世代の感覚でアップデートさせているBillie Eilish。Dave Grohlが彼女のライブを観て「1991年のNirvanaを思い出した」と語ったように、幅広い世代が「時代の声」としての役割を彼女に期待していることも頷ける。
本作は“bad guy”、“my strange addiction”のような四つ打ちのダンスチューンから “you should see me in a crown”のトラップビート、あるいは“xanny”、“wish you were gay”のようにアコースティックギターをフィーチャーしたメロウなトラックまでバラエティに富んだアプローチに挑戦しつつ、いずれの楽曲も音数の少ないスカスカとしたサウンドを特徴としている。それら隙間の多いトラックを支える役割を果たし、アルバム全体に通底して用いられているのが808のサブベースである。
『Assume Form』でのJames Blake、あるいはYves Tumorらを代表に、今や非ヒップホップのアーティストが808をフィーチャーしたトラップ的なアプローチの楽曲を作ることは珍しくない。しかし、例えば“xanny”のベースの歪な大きさはRonny Jに代表されるようなフロリダのトラップの影響が垣間見えるが、その歪んだサブベースをジャジーなアコースティックサウンドと両立させ、ポップミュージックに落とし込む不思議なバランス感覚は彼女の楽曲ならではのものだろう。音数が極端に少ないトラックの構造は、「上モノ、ハイハット、スネア、キック、サブベース」というシンプルな作りを基本とするトラップのそれと共通する。トラップの構造でポップミュージックを作ろうと意図したというよりは、プロデュースを手がけるBillieの実兄FINNEASらにとってトラップ以降のビートメイキングの感覚が当たり前の物となっていた、と考える方が自然かもしれない。そして、そのようなトラックを作る上でサブベースは欠かせない要素なのだ。
現在のティーンエイジャーたちにとって、リアルタイムで自身の鬱やセンチメンタリズムを代弁してくれるアーティストはXXXTentacion、Lil Peep、Juice WRLDを始めとするラッパーたちだ。そして、彼らのトラックはいずれも太く歪んだ808をフィーチャーしている。90年代前半のグランジがそうであったように、2010年代の憂鬱な若者たちを熱狂させるエモラップ。そこでフィーチャーされるサブベースが、Billie Eilishの楽曲でも衝動やダークな感情を表現するため象徴的に用いられている。つまり、かつてNirvanaのKurt Cobainが鬱な感情を吐き出しながらファズのかかったギターをかき鳴らしたように、現在は歪んだ808のサウンドがキッズたちの感情を象徴するものとなった。それが、Billie Eilishの楽曲に現れているのではないだろうか。
ダークでゴスなイメージを持ちながらも、Billieのリリックはロック的な自滅願望とは正反対の物が目立つ。「私はあなたのママを悲しませる、あなたの彼女を怒らせる、あなたの父親さえ誘惑するようなタイプ」とボーイフレンドにタフさを誇示する“bad guy”、「ザニーはいらない、絶対にザニーを渡さないで」とザナックスに溺れることを拒否する“xanny”、自身の弱さと対峙し戦うことを宣言する“bury a friend”などのリリックは前向きとさえ言えるような物だ。メンタルヘルスの問題が世界的に顕在化し、それらが以前よりも遥かに切実なものとなった現代。キッズたちが彼女に熱狂するのは、彼らが「辛い、死にたい」といった言葉ではなく、鬱やネガティブな感情を認めながら前へ進んで行く彼女の言葉を必要とし、それに救われているということなのだろう。
2010年代の終わりに現れたアイコンであるBillie Eilish。これからの彼女が作る楽曲も楽しみで仕方ない。(山本輝洋)