アトランタを代表するプロデューサーZaytovenといえば、Gucci Maneに鍛えられたスキルでわずか3分でビートを作り上げたりと、ヒットチューンの他にも様々な伝説を持つ人物だ。
Zaytovenといえば子供の頃は聖歌隊に所属している敬虔なキリスト教徒としても知られているが、そんな彼の真摯さが出たエピソードをProducergrind Podcastで語っている。
Zaytovenは司会者から「自分の人気がなくなることを心配したことがあるか」と聞かれた際に、彼は自身が手がけた最初のビッグヒット(2010年に全米ナンバーワン1を獲得したUsherの"Papers")以来、常に自分の人気がなくなることを危惧し続けていたことを明かす。"Papers"の大ヒットにより10万ドル(約1100万円)のギャランティーを得たZaytovenだが、その大金を前にしてもビートメイカーのキャリアを始める前に働いていたバーバーショップでの仕事をやめなかったと明かす。
「おれも、おれの両親もそんな大金を一度に見たことはそれ以前にはなかったが、おれはバーバーショップでの仕事を続けた」と語るZayovenは、「なぜならおれは、『これは天啓だ、クレイジーだ、だがこれはもう終わる、おれはここから落ちていくだけだ」とビートメイカーとして食べられなくなる日がくると現実的な判断を行っている。
「おれの考え方はこうだ、おれは髪を切るのを続ける、もしビートメイカーとして食えなくなったらどうする?、おれはビートメイカーを人生の基盤に置くことはできない」とZaytovenは、どんなに稼いでもビートメイカーは副業だと考えていたと話す。
この後Zaytovenは、2013年にMigosの"Versace"がヒットしてようやくバーバーショップでの勤務をやめたというが、その理由はバーバーショップに多くのファンが来て、彼と一緒に写真を撮りたがったというものだ。
豪快なスピード感でのビートメイクの裏側には、ストイックすぎるほどに慎重なZaytovenの音楽に対する姿勢が隠されていたのは知っておいたほうがいいかもしれない。