3/27に大和田俊之、磯部涼、吉田雅史による『ラップは何を映しているのか——「日本語ラップ」から「トランプ後」の世界まで』が刊行された。
同書は様々な角度からラップ・ミュージックに関わりを持ってきた3人が、日米のラップの変遷を語る内容。ヒップホップ・カルチャーの歴史を縦軸に、「トランプ後の世界」と「日本語ラップ」の現状認識を横軸に、ラップのトレンドを通して社会の今を映しとる1冊だ。
ここで話されているのは例えばアンチ・トランプソングの盛り上がりをきっかけとした政治的なラップとは何かという問題である。本書では政治的=ヒップホップといった硬直的な図式は退けられている。例えばA$AP RockyやLil WayneといったBlack Lives Matterに否定的もしくは懐疑的な態度をとるラッパーたちも、今のアメリカの複雑な状況を表象する存在としてクローズアップされる。
他にも時にはホモフォビックな言動を放ちながらも、女性用のドレスを着こなし自ら性を超越してしまうYoung Thugといった存在など、図式的にはどうしても押し込めない今の社会の有り様がラッパーを通して導かれる。
同書の刊行以後の状況に照らし合わせた追記ともいえる、「今」を切り取った著者3人による楽曲リストをFNMNLでは紹介する。
大和田俊之が選ぶ5曲
1. Kendrick Lamar - “Humble.”
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Mike Will Made ItのバンガーにKendrickのラップ!と思って聴いてたらいきなりフェミニストの間で炎上。
2. Logic - “Everybody”
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黒人・白人の双方から拒絶される苦悩をスキルフルにライムするメリーランド出身のラッパー。
3. Kodak Black - “Patty Cake”
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2016年XXLフレッシュマンクラスにも選出されたラッパー待望のデビューアルバムから、比較的異色の一曲。トラックの元ネタはファイナル・ファンタジーX。
4. Hardo & Jimmy Wopo - "Today's a Good Day ft. Wiz Khalifa"
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ピッツバーグ出身のデュオが街のメンター、ウィズ・カリファの手を借りてアイス・キューブ的な感傷に浸る(?)。こちらもアフロ=アジア案件。
5. Translee - “Lost in the Sauce”
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アラバマ州ハンツヴィル出身、アトランタで活動するラッパーのゴスペル色溢れる「ソース」ものの一曲。
吉田雅史が選ぶ5曲
1. Run The Jewels - ”Legend Has It”
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Killer MikeとEl-Pによる最高の”考えさせられる”ダンスアルバム『RTJ3』より。ヒップホップにおいて伝統的なボースティングソングだが、本曲のMVに良く表れているように、風刺が効いている。スタンドアップコメディのユーモアと切れ味。
2. Kendrick Lamar - ”XXX. ft. U2”
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リリースされたばかりのニューアルバム『DAMN.』から。前半、オーセンティックなコンシャスラップを継承するとばかりサウンドでBDP(”South Bronx”の擦り)やPE(サイレン)の引用をし、相変わらず多重構成のヴァース後半は直接的な表現で暴力に彩られたアメリカの状況を映す。Bonoのフックも効いている。
3. clipping. - ”Knees On The Ground”
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アンビエントサウンド+ギャングスタラップの異形のユニット。警官がドアをノックする音のループは、言葉を並べるよりももっと直感的に、恐怖感や歪んだ力を表現している。
4. Aesop Rock - “9-5’ers Anthem”
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本の中で寓話タイプのコンシャスラップとして触れているアーティストの一人。比喩を多用した難解な語り口と高いスキル、長身から繰り出されるバリトンヴォイスで唯一無二の存在。同曲を収録の2001年リリース『Labor Days』は文字通りプロレタリアラップの金字塔。
5. Atmosphere - “A Woman With Tattooed Hands”
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Slugはミネアポリス出身のストーリーテラーかつ一級のフリースタイラー。シンプルな語彙で語られるシンプルな題材ゆえに考えさせられる、まさにコンシャスラップ。寓話で考えさせるタイプの曲は”Modern Man’s Huslte”など多数。
磯部涼が選ぶ5曲
1. CHICO CARLITO - “Orion's belt feat. RITTO”
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『ラップは何を映しているのか』で語り漏らしたことのひとつに、沖縄のラップ・ミュージックがある。例えば、祖父は米軍に従事していたヒスパニックだというCHICO CARLITOは、この楽曲で、自身の肉体を通して沖縄の過去と現在、そして、未来を表現してみせる。他にも、不敵な佇まいのR'kumaや、アンダーグラウンドな匂いがするMuKuRoなど気になるラッパーは多い。
2. Young Coco - “ユメ feat. Jin dogg, Young yujiro”
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『ラップは何を映しているのか』で、アメリカのラップ・ミュージックのドラッギーな表現が、アッパーからダウナー、もしくは内省的なものへ変わりつつあるという話題が出たが、本楽曲の最初に登場するJin doggのヴァースは、日本におけるその傾向の傑作ではないだろうか。ヴィデオに映る優しさと不穏さが交じった雰囲気も目を引くし、デビュー・ミックステープでは英語や韓国語でもラップをしており、まだまだ底知れない。
3. NALLY - “SAGGING”
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Sagging 、つまり、〝腰パン〟についてひたすらラップするこのヴィデオには、世間が眉をひそめるラップ・ミュージックの子供じみた魅力が良く表れている。ちなみに、妙に充実したWikipediaの〝腰パン〟の項目で引用されているニューヨーク・タイムズの記事によると、「(腰パンは)囚人服の風采に由来」「ヒップホップは抑圧されたアフリカ系やヒスパニック系の文化であり、社会への反骨と受刑者への羨望、あるいは実体験から、囚人のスタイルを模して、腰パンファッションが生まれたと考えられる」とのことで、案外、政治的な楽曲だと言えるのかもしれない。
4. As Chill Bee @桜本フェス
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As chill bee(アスチルベ)は、川崎の多文化地区・桜本の中高生からなるグループ。公園でのサイファーが活動の中心だったが、3月に地元の小学校で行われたイベント<桜本フェス>において、フリースタイルではなく初めてソングライティングを試みたラップを披露した(ビートはDJ RYOW"ビートモクソモネェカラキキナ 2016 REMIX")。サポートを務めたのは、やはり桜本出身のラッパーであるMewtant HomosapienceのFUNI。ライムを書く行為を通して、地元を襲ったヘイト・デモというトラウマに向き合い、メッセージへと昇華した楽曲は、ラップ・ミュージックが持つ可能性に満ち溢れている。
5. Lui Hua - “Play”
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『ラップは何を映しているのか』でもまた、ラップ・ミュージックの基本は自己表現よりもコンペティションだという結論に辿り着いた。しかし、優れたラッパーは、優れた競技者がそうであるように、孤独を感じさせる。その点でいま気になっているのが、Lui Huaだ。彼はDJ Ninaとのミックステープ『The Cakewalk Tape』シリーズや、地元・足立区のクルー:N.G.Cの作品を通して、コンペティションとしての、もしくはゲームやエコシステムとも例えられるラップ・ミュージックの面白さを伝える一方、ソロの楽曲から浮かび上がってくるのは、〝僕〟という一人称が象徴する、ナイーヴな少年の姿である。是非、リリックで引用されるKendrick Lamarの、『Good Kid, M.A.A.D City』のようなつくり込んだアルバムを聴いてみたい。
Info
『ラップは何を映しているのか——「日本語ラップ」から「トランプ後」の世界
まで』
著者:大和田俊之、磯部涼、吉田雅史
新書変形/ソフトカバー/240ページ
1,200円+税
2017年3月27日発売
毎日新聞出版
https://www.amazon.co.jp/dp/4620324418/
<目次>
●はじめに 吉田雅史
●第一章 ラップはいまを映しているか
ラップの定義について/ヒップホップ史の書き換え/BLMのアンセム「Alright」
/チャンス・ザ・ラッパー発言に見る非政治化/トラップ・シーンの変化/酩酊
感の正体/大統領選との距離/予想を裏切るトランプ/「Bad and Boujee」は反
動なのか/デモとラップ/シカゴの時代
●第二章 USラップが映してきたもの
政治性を求めるのは誰か/『ストレイト・アウタ・コンプトン』の歴史操作/
KRS・ワンのヒップホップ道/「The Message」再考/ゲームの始まり/ギャング
スタ・ラップの二重性/ポスト・ソウル世代の政治感覚/宗教と陰謀論/女性ラ
ッパーの系譜/エミネムとホワイト・トラッシュ/女性物を着るラッパーたち
●第三章 日本にラップが根づくまで
オーセンティシティとオリジナリティ/佐々木士郎(宇多丸)の危惧/ハードコ
ア・ラップが右傾化した理由/『空からの力』という教科書/社会問題に対する
メタとベタ/ポリティカル・ラップとしてのMSC/顕在化する地域性/方言に根
ざしたビート/フリースタイル・ブームの行方/ダンス・ミュージックへの回帰
/「It G Ma」ブレイクの意味/アメリカの影と向き合う
●あとがき 磯部涼、大和田俊之