1987年に誕生し、シカゴやロンドンを中心に一大ムーブメントを巻き起こしたアシッド・ハウス。93年の世界的なリバイバル期を経た今もなお、ダンスミュージックシーンの一潮流として残り続けている。移り変わりの早いダンスミュージックシーンにおいて、原型を留めたままに残っているの稀有だといえるだろう。アシッド・ハウス専門レーベルAcidWorxは、2013年の設立以来日本人アーティストを中心にDJユースな本格トラックを発表し、さまざまな著名DJのプレイリストに数多く選出。2016年9月にはアシッド界のビッグ・レジェンドであるAcid Junkiesの新作をリリースし、国内外から一際大きな注目を集めた。
今なお多くのリスナーを引き付けてやまないアシッド・ハウスの魅力とは?AcidWorx の元A&R、SeRiに話を聞いた。
取材 : 和田哲郎、Yuuki Yamane
■90年代、音楽的価値観の転換とアシッド・リバイバルの洗礼
- まずは、簡単な自己紹介からお願いします。
SeRi - 静岡県の伊豆在住で、アシッド・ハウスを中心にテクノやハウスなどの4つ打ち系のトラックメーカーをしているSeRiです。音楽を始めたきっかけは、もともと中学時代にTM NETWORKを聞いて小室さんに憧れてシンセを買ったりして、そのあと元電気グルーヴのCMJKさんのファンになって、そこから本格的にテクノに傾倒していった感じです。
- アシッド・ハウスを初めて聞いたのはいつですか?
SeRi - 1993年頃、いわゆるアシッド・リバイバルの時代ですね。当時は高校生でした。Hardfloorの1stアルバムが発売されたり、石野卓球さんが雑誌とかで頻繁にTB-303を紹介していた頃です。ソニーもテクノのCDを積極的にリリースしていたりして、アシッドに限らずテクノ全般が盛り上がり出したタイミングでした。
かつてはTM NETWORKにしろもう一世代上のKraftwerkにしろ、シンセを使って音楽をやるとなると相当な知識と技術、経済力が必要で、本当に選ばれた人たちの音楽っていう感じだったんですけど、90年代前半から中盤にかけて「自分の身の回りの範囲内でやれることをやればいいんだ」っていうふうに価値観が変わっていったと思うんですよね。テクノに限らずハウスにしてもヒップホップにしても、全般的にそうした時代になりつつあったんじゃないかな。
そうした時代背景の中でアシッド・リバイバルが起きて、TB-303にプレミアが付いた一方、いろんなメーカーからTB-303風のシンセ音源みたいなのが出たりしていて、僕もそういったシンセを試したりしていました。でも当時はアシッドならではのやばい感じ、何を考えているのか分からない感じをうまく作り出すことができなくて、イマイチ身にならなかったんです。しかもリバイバルの期間がすごく短くて、あがいている間にJeff Millsやsurgeonのようなハード・ミニマルの時代になってしまった。なので僕も一旦はアシッドからは離れて、ハード・ミニマルを作るほうに流れたんです。
- そこからどうやってアシッド熱が再燃したんですか?
SeRi - 試行錯誤しながらも制作はずっと続けていて、ようやく2006年頃からネット配信、2009年頃からアナログのリリースができるようになったんです。その時はまだミニマルをやっていたんですが、自分の音楽活動がそれなりにかたちになってあらためて振り返ってみたとき、「このまま流行を追っていても終わりがないな」って気付いたんですよね。音楽の流行なんてすぐに変わっちゃうし。それで、本当にやりたいことって何だろうと考えたときに、かつてやり残していたアシッドがあったことを思い出して。「今のスキルとリリースできる環境があれば、当時できなかったことができるんじゃないか」ってことで、もう一度アシッドにチャレンジしてみようと思いました。
そんな中、2010年に僕が在籍しているElektraxというレーベルで、アシッド・ハウスのコンピレーション企画が立ち上がりまして。「Acid Injection」というシリーズなんですけど、例えばTresorなどからもリリースしているPacouやPlus Recordのシンニシムラ、アシッドメーカーの中でも大物のWoody McBrideなどが参加していて。そこに僕も加わることになって、いよいよアシッドに向き合うようになったんです。
■得体の知れない「違和感」こそが、アシッド最大の魅力
- SeRiさんが思うアシッド・ハウスの魅力とは、何なんでしょうか?
SeRi - 正直、最初に聞いたときは「怖い音楽だな」って印象で。まともな人間が聞く音楽じゃないっていうか、とにかくぶっ飛んでるなぁって(笑)。テクノも初めの頃はUR とかOrbitalのような、メロディアスで曲の展開がある分かりやすいところから入ったので、TB-303やTR-909の音だけ、素材だけ、みたいな曲を聞いて、すごい違和感があったというか。だから当時は、すごいことはなんとなく分かるけど、全部を受け止めきれなかったんですよね。
でも、今までの価値観と違うって意味では興味が湧いた部分もすごくあって。もっとすんなり聞き馴染んでいたら飽きるのも早かったかもしれないけど、「このわけの分からない音楽は何だろう」って自分の中に引っかかるものがあったから、逆にその魅力を知りたいと強く思ったんです。それまでのちゃんとした構造を持った音楽の文脈をばっさり断ち切られちゃったから。
- いわゆる「アシッド感」みたいなのは、どんな手法で生み出せるものなんですか?
SeRi - さっきも言ったように、アシッドって得体の知れないサウンドっていうか、ピアノを習っていたり鍵盤を上手に弾けたりするプレーヤーには考え付かないようなフレーズこそが魅力だったりするので、ある意味狙ってできるものでもないんですよね。TB-303は決して操作性は良くないし、慣れないうちはイメージ通りの打ち込みをすることが難しいんですけど、それってたぶん鍵盤が弾けるプレーヤーにとってはすごくイライラすると思うんですよね。「自分で弾いたほうが早いのに何だこの面倒くさい機械は」って(笑)。逆に鍵盤を弾けない人がでたらめにいじっているうちに面白いフレーズが生み出されることが多々あって、「よく分かんないけど、何か楽しいぞ」ってなることもある。でも、テクノやハウスの価値観でいうとそれでOKなんですよね。
- ある意味、方程式はないんですね。枠組みから外れていかに面白い音が出せるかが勝負っていうか。むしろきれいなメロディーを弾いちゃうとアシッドっぽくならない?
SeRi - そこなんですよ。そこはすごく言いたいところで。あらかじめ出来上がっているきれいなトラックに後からTB-303風のアシッド・ベースを足しても、やっぱりとってつけた感が出てしまうんですよね。アシッド・ハウスはリズムとTB-303がメインなので主体がぜんぜん違うというか、後から乗せたものと最初からその音前提で成り立っているものとでは、まるで魅力が違うんです。その辺の「微妙だけど致命的な違い」っていうのは確実にあると思いますね。
- SeRiさんはアシッド・ハウス専門レーベルのA&Rをしていたんですよね。
SeRi - 「Acid Injection」に参加したことをきっかけにレーベルオーナーであるSimon から打診を受けて、2013年にElektraxのサブレーベルであるAcidWorxのA&Rに就任しました。それまでレーベル運営の経験はなかったんですけど、一アーティストとして関わっていた頃から親しいアーティストを紹介したり、良いトラックを作る知人を自分の曲のリミキサーとして指名することでレーベルに橋渡ししたりしていたので、そういう点が買われたんだと思います。
- 今の時代といったらあれですけど、アシッドのトラックメーカーってどのくらいいるんですか?
SeRi - 正直なところ最初はアーティストがまったく集まらなくて、立ち上げから半年くらいは8割がた自分の曲しかリリースしていないような状況だったんですよ。なので、あちこちに声を掛けるところから始めました。例えばAcidWorxのデジタル配信第一弾は自分のEPだったんですが、そのリミキサーをTwitterで公募したり、相互フォローしているアーティストに「今度アシッドのレーベルをやるんだけど参加してみない?」って誘ったりして、徐々にアーティストを増やしていった感じです。
海外はどうか分からないですけど、日本にはDJもやらないしクラブにもめったに足を運ばないんだけど、広い意味でのテクノ音楽を作っているクリエイターは潜在的にたくさんいると思うんですよ。それこそ機材オタクとかYMO直撃世代の人とか。でも、そういう人たちの中に自分の曲がDJセットの一部としてクラブでプレイされるところまで意識して曲を作れる人って、そうそういないんですよね。それでいうとアシッド・ハウスは、DJユースな曲にチャレンジするには比較的手を出しやすいジャンルなので、アーティストを育てることも見越してDJ経験のない人にも声を掛けていました。
- そういったクリエイターの楽曲でも、スムーズにリリースまで持っていけるものなんですか?
SeRi - いえ、そこはかなり時間が掛かりました。レーベルを立ち上げる1年ほど前から見込みのあるクリエイターにAcidWorxとして求めるサウンドを細かく説明していたんですけど、どうすれば踊りやすいトラックになるのか、どんなトラックならDJがプレイしやすいのかっていうのは半ば暗黙の了解的なところもあるので、なかなか伝わりづらいというジレンマがありました。例えば、DJセットでアシッド・ハウスを使おうと思ったときに、リズムと303サウンドがメインのトラックじゃ間が持たないし、ましてや4分半とかで終わっちゃうとDJもプレイしづらいですよね。デジタルのDJなら曲が短めでもイントロやアウトロでループして使うこともできますけど、AcidWorxの場合はバイナルもリリースしているので、そうなるとDJプレイで使われることを想定したトラックの尺やつなぎやすさっていうのは、重視せざるを得ないんですよ。
あと、これはアシッド全体の傾向ですが、今一線で活躍しているDJは世界的にもだいたい30代後半~40代半ばくらいで、その世代って自分と同じように若い頃にアシッド・リバイバルを経験しているから、セットリストまるごととはいわないまでも、アクセント的にアシッドをプレイする人が多いんです。でもそういった需要に対して、アシッド・トラックの供給が圧倒的に少ないんですよね。厳密にいえばDJプレイに耐えうるクオリティーのものが少ないってことなんですけど。なので、AcidWorxはアシッド・サウンドにもこだわりつつ、ハコでプレイしたときにちゃんと踊れるような作品を追求して。
- プロモーションはどのようにしていたんですか?
SeRi - リリースごとにSNSでの宣伝なんかは当然しますけど、そもそもバイナルのリリースをしていること自体がレーベルのプロモーションとしてすごく有効なんです。アシッド・ハウスといえばスマイリーのマークですけど、AcidWorxのレーベルロゴはステレオタイプな日本人顔の釣り目なスマイリーなんです。それがアナログの盤面に大きくドンと乗っているので、説明抜きにひと目でアシッドだと伝わるんです。アナログは初回で300枚くらい刷って、そのあと追加プレスがあれば500~600枚くらいなんですが、初回はだいたい全部はけますね。購買層も広くて、世界中でバランスよく売れている印象です。
■マイペースに、やりたいことだけを、一アーティストとして。
- そこまでレーベルを育ててきたSeRiさんですが、つい最近A&Rを辞めたそうですね。
SeRi - はい。今ちょうどレーベルの立ち上げから3周年、正式にA&Rとなってからは丸2年なんですが、ふと「辞めるにはいい節目かな」と思いまして。A&Rとして新人アーティストの発掘やデモへの対応、クオリティーコントロール、リリース曲のジャッジといろいろやってきたんですが、うれしいことにレベルの高いアーティストを数多く輩出することができたし、Simonから「これ以上アーティストを増やさないでくれ」と言われるくらいAcidWorxを大きくできたっていう手応えもあるので、おおかた自分の役目は果たせたのかなって。ここからは一アーティストとしての自分を見つめなおして、次の段階に進みたいなぁと。それに、曲に関してアドバイスするにしても自分の好みを押し付けすぎて自分のコピーみたいなアーティストが増えても意味ないし、本来の個性を殺してしまうのも良くないですから。
- 今後自分でレーベルをやっていこうとかは?
SeRi - そういうイメージをしたことは何度もあるんですけど、今の状況がすごく恵まれているというか、リリースの環境でいえばAcidWorxやElektraxで十分整っているし、今後自分のやりたいようにレーベルをやったとして、今以上のことができるかといわれると……。例えば、通常バイナルリリースする場合は最低でも1年以上掛かるんですが、AcidWorxは3カ月程度でリリースできるんですよ。要はElektraxグループ全体でバイナルリリースしているので、プレス工場が優遇してくれる関係性が出来上がっているんです。そうした関係性なんかをまた一から作り上げることに時間を費やすなら、アーティストとして1曲でも多くかっこいい曲を作る方に時間を使いたいし、新鮮なうちにリスナーに届けたいっていう気持ちの方が強いですね。
- 静岡で活動しているということですけど、東京に出てこなかったのには何か理由があるんですか?
SeRi - 東京にはライブやDJで頻繁に来てはいるんですが、自分としてはあくまで本業の仕事があった上での音楽活動というスタンスなんですよね。たとえ東京に住んでいても仕事と音楽活動の両立が難しい場合もあるだろうし、自分は地方にいても何とか両立できていたので、無理に環境を変えることもないかなって。
それと、地方にいるからこそ自分のペースで活動できる部分もあると思うんですよ。次々有名なDJが来日してそれを聞くたびに影響を受けて振り回されるなんてことは、地方にはまずないんで(笑)。情報が少ない地方にいるからこそ、じっくりと自分の思うように取り組める……っていうふうに、自分を納得させているところはあります(笑)。ネット配信が出始めた頃は常にランキングをチェックしていましたけど、今は情報を入れ過ぎないように自分で制限をかけたりしています。
- あくまで予測でいいんですけど、SeRiさんくらいのアシッド好きって世界でどれくらいいると思いますか?
SeRi - どうなんでしょう……すごい質問ですね(笑)。実際にバイナルを追いかけているような層は数千程度なのかもしれないですけど、単純にアシッド・サウンドが好きだったり機材を購入したりしている層まで含めたら、とんでもない数いると思いますよ。タイムリーな話題ですけど、このあいだローランドからTB-303のデジタル・リイシュー的な「TB-03」が発売されたんですが、限定生産で初回分はあっという間にはけたみたいです。僕も買いましたけど、マニアに言わせると音色的にはアナログとデジタルでやっぱりちょっと違うみたいですね。本物のアナログ・サウンドだとどんなに音をいじってもうるさく感じないけど、デジタル・サウンドはどうしても尖りすぎちゃうというか。最近はPLASTIKMANなんかもソフト・シンセを使っているみたいで、303の音だけ取るとちょっと地味になっちゃったかなって気はします。同じアシッド好きでも、アナログのハードウエアにこだわり続ける人と、デジタルとかソフトウエアに移行する人とで別れるところはあるかもしれません。
- それだけ根強いファンがいるということは、どんなにトレンドが変わっても一ジャンルとしてアシッドは残り続ける?
SeRi - だと思います。一時期、それこそドラムンベースが出てきた頃なんかは、サウンド的にも衝撃的で「もう4つ打ちは終わるんじゃないか」なんて言われたこともありましたけど、やっぱり本能的に気持ちいい音っていうのは流行に左右されるものではないし、いくら新しい音楽が出てきてもずっと残るものだと思いますよ。
- SeRiさんもまだ最初の頃の違和感を持ち続けているという感じですか?
SeRi - 本当そうですね。Phutureみたいなシカゴ・アシッドを聞いても、30年近く前の音楽なんだけどやっぱり「よくこんな音楽作り出したな」っていう刺激みたいなのは今でも受けますしね。
- アシッド・ハウスそのものに関しては、今後はどんな動きがあると思いますか?
SeRi - 4つ打ち以外のリズムを絡めたり、303サウンドの原形を留めないような変則的なトラックだったり、そういうアプローチをしてくるアーティストは出てくるでしょうね。例えば、AcidWorxにBeerというアーティストがいるんですが、彼なんかはかなり変則的でミニマルなアシッドをやっています。そういうアーティストがたくさん出てくれば、今以上にシーンも活性化していくと思います。とはいえ、アシッド・ハウスの根本はリズムマシンのドラム音と303サウンド、それだけで6分7分引っ張るっていう究極のミニマルにあるので、新しいスタイルの中にも真の実力みたいな部分はより一層問われるようになるかもしれないですね。
出来上がったトラックにアシッド・サウンドを乗せるんじゃなくて、あくまで基本はリズムと303。そういうスタイル自体はオーソドックスで古いかもしれないけど、その中でいかに熱くさせるグルーヴを出せるかっていう、そういう基本の部分はこれからも残ってほしいなと思いますね。
1. Posthuman - Back to Acid (Original Mix) - Label : Body Work
ロンドンにてイベント”I Love Acid”を主催しPhuture、Hardfoor、Luke Vibert等とも親交の深いPosthuman。同タイトルでpodcastも定期的に公開しているので要チェック。このトラックもシカゴルーツの王道アシッドを踏襲している。
2. Josh Wink - Shoelaces (Trancate Remix) - Label : Boysnoize
90年代中期のアシッドリバイバル期のアンセム”Higher State of Consciousness”等のヒットによりアシッドマスターとして名高いJosh Wink。オリジナルはミニマルなアシッドフレーズとファンキーなブレイクスなトラックだがTrancateによるこのリミックスではRobert Armaniを彷彿させる縦ノリアシッドに仕上がっている。
3. Tin Man,Cassegrain - Oxide (Original Mix) - Label : Ostgut Ton
ヒプノティックなアシッドサウンドを得意としAcid Test等からリリースを重ねるTin ManだがCassegrainとのコラボレーションとなる今作では独Berghainによる企画コンピレーションに収録という背景もあり、インダストリアルで硬質なリズムとアシッドサウンドの融合を試みている。
4. Acid Junkies - Drifters (SERi Remix) - Label : AcidWorx
手前味噌ではあるが名門DJax Upbeatsからのリリースや国内ではRemix誌監修のコンピレーション”Cosmic Soul”への参加で知られるベテランデュオAcid Junkiesのリミックスを私SERiがリミックス。インダストリアルなアシッドのオリジナルをよりディープかつフロア仕様に。
5. Plastikman - EXplore (Recondite Remix) - Label : Mute
長年の沈黙を破り活動を再開したRichie HawtinのアシッドプロジェクトPlastikman。これは彼に才能を見出されたReconditeによるリミックス。そのメランコリックな旋律はアシッドマニア以外にも多くのリスナーを魅了している。