by Yuki Kobayashi
わたしたちはいつも写真画像を眺める時、多くの場合、ある一つの事実を当然のように前提している。それは、「このシャッターを押した人間は、眼が見えている」という前提だ。
普段意識すらすることのないこの当たり前の事実は、「見えている世界を写しとる」ないし「写真家にとって世界はこう見えている(いた)」という近代写真のレゾンデートルそのものの底を支えてきたものでもある。
しかし、その前提が当てはまらない写真家がいる。
1967年、メキシコ・シティで生まれたGerardo Nigendaは、25歳の時視力を失った。32歳、ドキュメンタリーフォトグラファーであるMary Ellen Markから
ヤシカのカメラを譲り受けた彼は、最初から盲目の写真家として遅咲きのキャリアをスタートさせたことになる。
その後メキシコ、スペイン、そしてアメリカを中心にした多くの展示やカタログを通じて、多く人々の目に文字通り「触れる」ことになる作品を生み出していった
彼の代表作は、ここに掲載したモノクロの女性のヌード・フォト。彼の盲目の友人だろうか、モデルの女性もまた目隠しをし、彼と同様に視覚のない空間をともにしている。
被写体の香りを嗅ぎ、音を聞き、優しく触れながらシャッターを切っていったNigendaのオリジナルな撮影方法は、残されたドキュメンタリー映像でも確認できる。
目が見えないことによって立ち上がってくる不思議な距離感に満ちたイメージは、プリントに施された点字とともにモノクロの画面に定着され、私達の写真観を根底から揺さぶってくる力に満ちている。
彼自身は惜しくも2010年、43歳にして若くして命を落としたが、2014から翌年にかけては、メキシコの5つの美術館を巡回する大掛かりな回顧展も開かれた。
世界に点在する盲目の写真家たちによる作品を集めた『The Blind Photographer』( Redstone Press)のようなカタログで、より広い写真の可能性を感じてみてはどうだろうか。(Yuki Kobayashi)