「Me holla respect, to all the gun men dem/Gun men alone, keep gun men friend」
かつてThe Notorious B.I.G.は、Diana Kingを客演に迎えた“Respect”で、悪事に手を染めざるを得ないガンマンへのリスペクトを歌い、自らの過ちを認めたうえで母への愛と感謝を示した。
リスペクトとは、ヒップホップに脈々と息づく価値観である。マイノリティであるアフリカン・アメリカンは、同時代における横の連帯だけでなく、先人が成し遂げてきた偉業をさかのぼることで縦の連帯も強めてきた。この文化が、音源のサンプリングやリリックの引用/オマージュという手法で創作を進めてきた経緯も大きい。自律性を持ち合わせながら自問自答を繰り返すことで、ヒップホップは「コア=内なる価値の根幹」を大切にしながら「エクイティ=資産価値の集合体」を拡大していく。だからこそ、過去にLil Yachtyが「2PacとNotorious B.I.G.の曲は5曲も知らない」と発言した際には、大きな批判を浴びた。その際、「ヒップホップの歴史を知らないことを気取るなよ。真のアーティストは最初はその歴史の生徒なんだ」とたしなめたのはAnderson .Paakである。
6月頭、そのAnderson .Paak が客演に入ったCordaeの“Two Tens”を、XGのHARVEYとMAYAがビートジャックした。[XG TAPE #3-A]と題されたそのサイファーは、JURINとCOCONAが参加し翌日公開された[XG TAPE #3-B]“Nothin’”(N.O.R.E)とあわせ、過去の[XG TAPE #1][XG TAPE #2]同様に海外でも大きな話題を呼んでいる。元々は88risingが5月にNYにて行なった音楽フェス『Head In The Clouds New York Music & Arts Festival』にXGが出演した際にお披露目された2曲であり、会場でもかなりの盛り上がりを呼んだようだ。MAYAが曲中で「I’m too blessed,check the YouTube reactions」とスピットしている通り、数々のリアクション動画がYouTubeやTikTokに上がり、彼女たちのラップスタイルを分析・考察する試みが後を絶たない。それもそのはず、これまでにも増してとてつもないクオリティなのである。
けれども、今回のサイファー動画においては、ただ「スキルが高い」だけではない点が重要だろう。基本的なラップの技術はK-POPの作法にならったきびきびとした活舌の良いスタイルだが、そのうえでラップを「楽しんでいる」余裕すら感じる。サイファーならではの遊戯性が伝わってくるのだ。加えて、両曲とも、新旧ヒップホップを横断しながら絶妙なラインを突く選曲やサンプリングが抜群である。“Two Tens”での抑制された渋いビートと“Nothin‘”のパーカッシブで派手なビートは対比関係にもなっており、特に“Two Tens”では、さりげなく始まるLo-Fiなビートにスッと自然体で入り語りかけるようにライムしていくHARVEYとMAYAの表現が素晴らしい。これまでで最も引き算の技術が打ち出されたラップであり、これをスキルフルな彼女たちがあえてやるのが新鮮である。
そして、今回のサイファー動画で最も強調されている点が、「リスペクト」のスタンスだろう。“Two Tens”では「The duo dynamic wreak havoc on the scene(=シーンに大混乱を巻き起こすデュオ)」というラインでHavocに触れることでNYのデュオ・Mobb Deepを想起させ、「Maya, Harvey be getting busy like Bone in harmony(= MayaとHarveyはBoneのハーモニーのように忙しくなる)」ではBone Thugs-N-Harmonyへとコネクトする。もちろん、原曲のプロデューサーであるJ. Coleへの言及も忘れない。“Nothin’”も同様だ。冒頭で「I spit trilingual, that's a special delivery」とまくし立て、G-Depの“Special Delivery”をドロップ。「Asian wit a attitude」では、N.W.Aの正式名称である“Ni***** Wit Attitudes”にオマージュを捧げているように見える。そしてこちらでも、「Makin' chess moves, step to the Neptune」というラインで原曲の制作者であるThe Neptunesに接続を果たす。
上記はほんの一部であり、そのような調子で終始ヒップホップ史に対する独自の解釈が重ねられる。楽曲だけではなくMVも同様で、お揃いでVon Dutchのキャップをかぶり精度高いY2Kルックを披露する“Two Tens”に対して、“Nothin’”ではCOCONAがA BATHING APE®を着用し、ここでもPharrell Williams (The Neptunes)へと文脈を結ぶ。彼女は大谷翔平のユニフォームも着用しており、若くして世界に挑んでいるという共通点を持ち込むことで敬意を表しているのだろう。ちなみにCOCONAは現在17歳であり、大谷がMLBで背負っている背番号も17。XGが明確に「世界」を意識していることがここでも数珠つなぎ的に明らかにされる。
XGの総合プロデューサーであるサイモンは、ドキュメンタリー番組『XTRA XTRA』で次のように語っていた。「私が目指すグループ像をシンプルに言うと、キャラクター、つまり人格とマインドと人間力(が備わっていること)。(それは)ビジョンを持っていて明確な自身のメッセージがあり、1つの国にとらわれないグローバルな感性を兼ね備えたアーティストグループです。言葉や文化に関係なく人々に愛される。多くの人に勇気と希望、そして楽しさを伝えられる」。このビジョンを実現するためにXGが大切にしているものこそが、まさに「リスペクト」の概念ではないだろうか。アメリカのヒップホップが持つルーツをたどり、オリジナルの美点を掘り返しながら現代性も付加していくこと。それは、2023年においてヒップホップを「グローバルな感性」で捉えた時に必ず必要になってくる誠実さに違いない。
ともすればこれまで文化の表層だけを借用する仕草が目立ったアイドルの創作態度に対し、XGは真逆の立場をとっている。特に、今回のサイファー企画については歴史に対するリスペクトのスタンスが濃い。それらのクリエイティブにメンバーの意思がどの程度反映されているかは分からないが、韓国の番組『KPOP HERALD』等でTLC、Lauryn Hill、Aaliyahへの想いを愛情たっぷりに語る姿を見ていると、彼女たちの嘘偽りないまっすぐな姿勢が伝わってくる。既存曲“LEFT RIGHT”のMVでは、TLCへのオマージュめいた演出で1990~2000年代R&Bの再解釈も行なったのも記憶に新しい。
実は、XGのそういったルーツ志向は、近年のアイドルに少しずつ観察できるようになってきた動きであることも確かだ。J-HOPE、SixTONES、BE:FIRST……楽曲へとヒップホップを巧みに取り入れるアイドルたちは、深い愛情でもってカルチャーへのリスペクトを強調している。その結果、例えばXGの場合は今回のサイファー企画によってCordae “Two Tens”やN.O.R.E“Nothin‘”といったオリジナル曲の再生数が伸びており、YouTubeのコメント欄にはXGを経由してたどり着いたであろう書き込みも散見される。つまり、過去にリスペクトを捧げながら前進することでヒップホップというカルチャーの循環を果たしているのだ――サイモンが「言葉や文化に関係なく人々に愛される」と言っていた肝は、そういったところにあるのだろう。
サイファーとは本来アラビア語で“ゼロ”を表す通り、円になり行うラップの遊びのことを指す。それはまさに「循環」の構図であり、歴史や言葉が人から人に連鎖しながら続いていく形を模してもいる。ちょうど国内では、Awich、NENE、LANA、MaRIによるサイファー曲“Bad Bitch 美学”が話題になったばかりだ。あのパフォーマンスが、AwichとNENEが共作した“名器”をベースにしたうえで、LANAとMaRIをフックアップした曲だったことを忘れてはならない。ここでも、ラッパーがラッパーをリスペクトし未来に向かいシーンを“循環”させるという試みがなされている。ヒップホップが50周年を迎えた今年、リスペクトの概念がサイファーという形をとり活気づいているのは非常に興味深い。
ここまでくると、XGが次のサイファー動画でヒップホップ史に対するどういった種類のリスペクトを示してくるのかという点に、ますます注目が集まる。50年間の歴史のどこに着目し、どうやって光を当て、いかにして現代性を注いでいくのか――。ヒップホップは循環しているがゆえ、この試みを積み重ねていくことで、いつしかXGは「リスペクト」される対象へとなっていくだろう。その時こそ、彼女たちは「1つの国にとらわれないグローバルな感性を兼ね備えたアーティストグループ」になるに違いない。(つやちゃん)