それこそ〝ママ・アフリカ〟と称されるMiriam Makeba(ミリアム・マケバ)や、Ginger Baker(ジンジャー・ベイカー)やRoy Ayers(ロイ・エアーズ)とも共演作を残したFela Kutiが台頭した60~70年代から、Youssou N'Dour(ユッスー・ンドゥール)やSalif Keïta(サリフ・ケイタ)、Papa Wemba(パパ・ウェンバ)らがワールドミュージックの波に乗って世界市場にも進出した80~90年代、Konono Nº1やTinariwenらが欧米圏のオルタナロックやクラブシーンの先鋭的な動きとも連動しながらジャンルレスに人気を集めた2000年代以降に至るまで。アフリカ発のポピュラーミュージックは、これまでにも様々な形でワールドワイドなフィールドへと進出し、刺激を与え続けてきた。
そうした動きの新たな展開として、この10年ほどの間に現在進行形のヒップホップ/R&Bのメインストリームとも密接にリンクしながらじわじわと浸透してきたのがアフロビーツであり、もはや一過性のムーヴメントなどでは終わらない域にまで達しようとしている。昨年には、ビルボードにおいて〝U.S. afrobeats songs〟という週間チャートが新設されたことも、チャートの動きはまだまだ緩やかだが、アフロビーツがひとつのジャンルとして定着するに至ったことを物語る象徴的な出来事だった。
少し振り返ってみれば、2000年代にもアンゴラ発祥のクドゥロ、コートジボワールを中心にフランス語圏で発展したクーペ・デカレ、南アフリカ北部のシャンガーン・エレクトロなどといったアフリカ各地で独自発展した新興ビートが注目を集めることはあったが、例えばダンスホールレゲエやレゲトンのようにまで幅広く浸透するには至らなかった。その一方で、欧米圏のヒップホップ/R&Bやダンスホールレゲエからの影響を強く受けながら発展してきたナイジェリアやガーナの新世代によるポップ・ミュージックは、2012年にD’banj(ディバンジ)の"Oliver Twist"が英国のシングルチャートで9位を記録するヒットとなったあたりから〝アフロビーツ〟と総称されるようになり(※ただし、アフロ・スウィングとも呼ばれたり、自らアフロ・フュージョンと称する音楽家などもいるので、恣意的な名称ではある)、14年にWizkid(ウィズキッド)が発表した2ndアルバム『Ayo』に収録された"Ojuelegba"が地元でヒットした翌年にDrakeとSkeptaのラップを重ねたヴァージョンが発表されたことで、ワールドワイドな注目を一気に高めた。
そして、16年にWizkidを客演に迎えたDrakeの"One Dance"が大ヒットしたことはアフロビーツ勢の世界的躍進の決定打となり、Burna Boy(バーナ・ボーイ)、Olamide(オラミデ)、Mr. Eazi(ミスター・イージー)、Yemi Alade(イェミ・アラデ)らが欧米圏へと続々と進出していく流れを作った。Beyoncéが実写版『ライオン・キング』の公開に合わせて制作したインスパイアード・アルバム『The Lion King : The Gift』(19年)を聴いてみれば、名前を挙げてきたアフロビーツ系の主要シンガーの多くがPharrellやKendrick Lamarらと並んで参加しており、彼らの近年の立ち位置が改めてよくわかるだろう。
そんな2010年代後半におけるWizkidやBurna Boyを中心とした〝アフロビーツ・インヴェイジョン〟とでも呼ぶべき時期を経て、現在進行形のアフロビーツシーンはより若い世代の台頭によって新たなシーズンを迎えつつある。Anderson .Paakの作品などでも知られる米国のレーベル/ディストリビューターのEMPIREが昨年末にリリースしたアフロビーツのコンピレーション盤『Where We Come From Vol.1』は、現在進行形のアフロビーツの動向を知る上で外すことのできない人気を獲得している若手や実力派たちを押さえた人選の良さに加えて、ナイジェリアやガーナ以外の国々からも注目株をピックアップしており、2020年代におけるアフロビーツの新たな可能性をも示唆するような内容となっているのが印象的。
ちなみにEMPIREは、Olamideが12年に設立してアフロビーツの隆盛に大きく貢献してきたレーベルであるYBNL Nationと20年にディストリビュート契約を交わしており、この作品にもトップスターであるOlamide自身を含めてYBNLの顔と呼べるアーティストたちがズラリと名を連ねている。しかも、既発曲の寄せ集めではなく、昨年のSWSXで行われたEMPIRE初のショーケース〝The New Africa〟の直後に、サンフランシスコにあるEMPIRE本社に場を移して実施されたライティングキャンプで制作された作品集となっており、他では聴くことができない組み合わせのコラボも数多く楽しむことができる充実の全15曲となっている。
まず、ナイジェリア勢で注目すべきはFireboy DMLとAsakeの2人だろう。19年にデビューを飾るとともにBurna Boyに続く存在として一気に次世代スターの座へと登り詰めたFireboyは、親しみやすくもストーリー性が高い抜群のソングライティング力と甘い歌声で、ダンサブルな楽曲からフォーキーなバラード調まで万能な強みをみせる若手の筆頭格。フィーチャリングを一切迎えずに制作した異例のデビュー作からその才は傑出していたが、大ヒットした"Peru"を収録した昨年リリースの3rdアルバム『Playboy』ではEd SheeranとChris Brownも共演相手に迎え、カラフルさを増した音作りとともに着実に世界を射程圏に入れつつある。
AsakeもFireboyと同時期に頭角を現してきた若い世代だが、2020年あたりからヒット曲を連発して存在感を高め、ナイジェリアにおいてはその人気を不動のものとしているライジングスター。曲によってはフジやジュジュの歌い手にも通じるような節回しとコーラス隊との躍動的なコール&レスポンスを多用し、アフロビーツ以降な音作りながらもアフリカらしい魅力を明快に感じさせる点がAsakeの持ち味であり、満を持して昨年にリリースされた初のアルバム『Mr. Money With The Vibe』からはBurna Boyを客演に迎えた"Sungba"を筆頭に数多くの曲がヒットチャートを駆け上がった。コンピ盤のラストを飾る実力派シンガーのTiwa Savageとのコラボ曲"Loaded"もヒットしており、R&B色の強いクールなTiwaの絡みも絶妙だ。
一方で、シーンの隆盛を支えてきた中堅~ベテラン勢の顔ぶれも充実している。ポップかつ柔軟な曲作りで10年代の中盤あたりからキャリアを重ねるKizz Daniel(キッズ・ダニエル)は、過去作ではDiploもフューチャリングに迎えてグローバルな市場でも通用する感覚を示してきた実力派。
Wande Coal(ワンデ・コール)は、先に触れたアフロビーツの世界的な成功の発火点となった"Oliver Twist"の作曲者でもあり、シンガー・ソングライター・プロデューサーとしてマルチな才を発揮しながら、この10数年におけるナイジェリアの音楽シーンの発展に大きく貢献してきた重鎮。本コンピに収録された彼のソロ曲"Umbrella"を聴いてみても、軽快なビートと歌声にジャジーなサックスやトロピカルな打楽器を効かせたアレンジも絶妙で、アフロビーツの先駆者としての実力の豊かさがよくわかるだろう。
そして、YBNL Nationのボスであり、WizkidやBurna Boyと並ぶスターとして数多くのヒット曲を世に送り出してきたOlamideも、独特のクセの強い歌声とともに反復的なメロディを展開していく新曲"Wound Someone"で、シンガーとしてもラッパーとしても優れた〝格の違い〟を発揮。また、Wizkidの"Mood"をはじめとする数多くのフィーチャリング参加曲で抜群の存在感を示し、メロディとフック作りの巧さに定評のあるBNXN fka Bujuも2曲のコラボ曲でその才を発揮しており、新旧のアフロビーツのキーマンを一気に見渡すことができる。
このように層が厚いナイジェリア勢を追っていくだけでも充分に聴き応えがある『Where We Come From Vol.1』だが、アフロビーツ中級者以上の聴き手にとっても興味深いのが、中心地であるナイジェリアやガーナ以外のアフリカ諸国の逸材にも幅広くスポットを当てている点だろう。オープニング曲の"I Feel Nice"でガーナのKuami Eugene(クアミ・ユージン)とコラボしているGroup Chat(グループ・チャット)は南アフリカの新鋭ガールズ・トリオで、この曲では南ア発の新興ビートであるアマピアノの要素を取り入れている。
Fireboyとの共演曲で参加しているNavy Kenzo(ネイビー・ケンゾー)は東アフリカのタンザニアの男女デュオであり、独特の哀愁味のある歌声で耳を惹くJune Freedom(ジューン・フリーダム)は大西洋上に浮かぶ島国であるカーボヴェルデを拠点とするシンガーソングライター。どちらも自国に根付いてきた音楽性を継承しながらも、アフロビーツの要素を取り入れて今っぽい感覚を示しており、アフロビーツ以降のアフリカン・ポップスの新たな可能性を感じさせてくれる。
個人的に最も強く惹かれたのはモロッコを拠点に活動している女性シンガーソングライターのLeil(レイル)で、このコンピに収録された"In The Middle"は当然ながらアフロビーツ色の強いタッチだが、検索して他の曲を聴いてみるとより北アフリカらしいエキゾチックな節回しにスペインのROSALÍAからの影響を感じさせるような側面もあり、EMPIREに所属しながら今後にどのような方向性に才を開花させてくるのかを楽しみにしておきたい。
最後に、この『Where We Come From Vol.1』からアクセスすることができる面々以外の現行のアフロビーツの注目株を挙げておくと、まずその筆頭格に挙げられるのは先のグラミー賞においてもDrakeとともに客演で参加したFutureの"Wait For You"が最優秀メロディック・ラップ・パフォーマンス賞を獲得したことで、ナイジェリア人女性シンガーとして初のグラミー受賞者となったTems(テムズ)だろう。Wizkidのメロウな名曲"Essence"(20年)に参加した頃からそのクールにしてソウルフルな歌声には定評があったが、昨年にはBeyoncéの最新作『Renaissance』への参加、そして映画『ブラック・パンサー:ワガンダ・フォーエヴァー』のサントラ盤における"No Woman No Cry"の秀逸なカバーによって、着実により幅広い層にインパクトを与えた。今年には待望の初アルバムをリリースすることがアナウンスされており、アフロビーツの範疇にとどまらない支持を集めるのは確実だろう。
また、新世代らしいメロディアスな才と自ら〝アフロレイヴ〟と称する多彩なアプローチによる音楽性でFireboy DMLと人気を2分するRema (レマ)、すでに数多くのヒット・チューンで客演をこなしながら自身名義の楽曲においてもポテンシャルの高さを示す2002年生まれのAyra Starr(アイラ・スター)あたりも外すことができない存在。RemaとAyraはDon Jazzy(ドン・ジャジー)が設立して昨年に10周年を迎えたナイジェリアの人気レーベルであるMavin (メイヴィン)に所属しており、Mavinは所属アーティストのオールスターによる華やかなパーティー・チューンを制作するのが上手い点も特徴的。EMPIRE/YBNL Nationと双璧でシーンを賑わせてきたMavinの動向もレーベル単位でチェックしておけば、ナイジェリアにおけるアフロビーツの最新の動きはほぼ掴むことができるだろう。(吉本秀純)
Info
Where We Come From (Vol. 1) Tracklist:
- Kuami Eugene and Group Chat - "I Feel Nice"
Produced by Kuami Eugene and MOG Beatz - Kizz Daniel - "Cough"
Produced Blaisebeatz and Philkeyz - Wande Coal & Tolani - "Slow Motion”
Produced by OG Parker, Tee Romano and Sam E Lee Jones - L.A.X - "Bank Alert"
Produced by DRO. Phil Mango, - KiDi & Bnxn Fka Buju - "Dance for Me*
Produced by Hitmaka, AyeYB, Tee Romano and OG Parker - Ohs & Wande Coal - “Umbrella”
Produced by SAK PASE, Kheilstone and Say-Za - Bad Boy Timz - "Faya”
Produced by Semzi - Fireboy DML & Navv Kenzo - "Hold On”
Produced by Nahreel and Shullv - June Freedom & L.A.X - "Thing For You"
Produced by DRO and Phil Mango - Olamide - "Wound Someone”
Produced by Ezkeez Productions - Black Sherif - "Run"
Produced by Joker Nnarnan - Leil and Bnxn Eka Buiu - "The Middle'
Produced by Hitmaka and Lenroc - Cheque - "Off White”
Produced by Happie, Alejandro Peltoniemi, BAK and Frankie Bash - Yaw Tog - "Ring My Phone"
Produced bv Khendi Beatz - Asake & Tiwa Savage - "Loaded”
Produced MagIcslick