近頃、にわかにその名が広がりつつある新ジャンル「Rage」。けたたましいシンセリードとラフで歪んだ質感のトラック、そしてエモーショナルなメロディラインを特徴とするこれらのビートは、未だ強固なジャンルとしてのアイデンティティを獲得しているわけではなく、どこか掴みどころの無い印象が否めない。これらのビートの流行のきっかけとなったのはPlayboi Cartiが昨年リリースしたアルバム『Whole Lotta Red』、そして同じくPlayboi CartiとTrippie Reddのコラボ曲“Miss The Rage”であるとされる。現状では「“Miss The Rage”のようなビート」を指して「Rage」と呼称する向きが一般的だが、果たしてこれらを一つのジャンル足らしめる要素とは?そして、「Rage」ビートは今後どのような進化を遂げていくのか?
疑問が尽きない同ジャンルについて、自身でもビートメイクを行い、ラップミュージックやエレクトロニックミュージックに造詣が深いflawboyに寄稿して貰った。
文・flawboy
Rageとはトラップから派生したサブジャンルで、従来のトラップよりもコード感が強く、ゲーム音楽のようなエモーショナルなシンセサイザーが特徴的で、その名の通り、ハードさが魅力のジャンルだ。
ゲームミュージック的なサウンドはHyperpopとも近く、実際Redditに無数に存在するドラムキットや、タイプビートシーンでは”rage/hyperpop”と共にタグ付けされることも多い。
現在、Trippie ReddやPlayboi Carti、SoFaygoなどのヒットを受け目下流行中で、タイプビートシーンでも多数ビートが制作され始めている。Rageの代表的な楽曲・アーティストは以下の『RAGE BEATS???』でまとめて聴くことができる。前述のアーティストのほか、UnoTheActivist、ScrewStache、Ken Car$onなどのアーティストの楽曲が収録されているので是非チェックしてほしい。
本コラムでは、こうしたRageについてシーン俯瞰と、そのサウンドの何が新鮮なのかプロダクション側から考察する。
Trippie Redd - "Miss The Rage (feat. Playboi Carti)"
Trippie Reddが8月にリリースした“Miss The Rage”は、今夏を象徴するアンセムだろう。陶酔感のあるスーパー・ソーの埋め尽くすような音像と、重い808、そしてシンセリードを特徴とするビートに、呟くようなボーカルやシャウトを乗せたアッパーなラップソングだ。
この曲のタイトルは、COVID-19のパンデミックにより、コンサートでパフォーマンスをしているときに経験した怒りを見逃す行為を意味している。
「俺は閉じ込められていた。俺はフェスに参加すると、狂ったように暴れまわる人間の一人なんだ。俺は自分のステージに戻る準備ができているんだ。こんなことには飽き飽きしている。家に閉じこもることにも疲れた。COVID-19の件があったから、俺は自分のクリエイティブ・スペースで、自分の好きな音楽を作っていたんだ」
その発言の通り、昨年12月にインスタグラムに投稿されたスニペットは、Trippie Reddが家の中で踊る姿と、スピーカーが発する808の振動が、撮影しているスマートフォンを吹き飛ばす動画と共に投稿されており、パンデミック下での行き場を失った怒りが表現されている。
このスニペットが投稿されて以来ファンはこの曲のリリースを切望しており、その熱はReddit、TikTokへ波及し、リリースを全力で後押ししていた。このビートがTikTokで人気になると、ファンはその上にPlayboi Cartiの未発表曲“Want To”のヴァースを乗せた。こうした期待は今年の3月に顕在化し、Trippie Reddはインスタグラムの投稿でCartiとのメールのスクリーンショットを共有し、彼の客演を告知。その後、曲のリリースが決定するまでラップコミュニティは待ち続け、5月にようやく“Miss The Rage”はリリースされる。両アーティストにとって全米チャートで最高位の初登場記録11位となり、ミュージックビデオは500万回以上のストリーミングを記録した。
この“Miss The Rage”をリードシングルとして収録しているのがTrippie Reddのニューアルバム『Trip At Knight』だ。彼が2021年2月のインタビューで「俺の新しい『Trip At Knight』は、すべてのレイジ・シットをドロップするんだ。ほとんどがレイジ・ミュージックだよ。俺はレイジ・ミュージックが大好きなんだ。」と説明している通り、同作は“Miss The Rage”で起こったファンダムの盛り上がりに応えるかのように、アルバムの大半にエネルギッシュなRageビートを使用している。
客演もSoFaygo、Lil Uzi VertなどのRage勢に加え、故XXXTENTACION、故Juice WRLDとの楽曲もあり、注目作として推し上げる気合いが感じられる。特にJuice WRLDとの“Matt Hardy 999”は、リーク版のエモラップ的なプラックサウンドからRageビートに置き換わっており、『Trip At Knight』がRageアルバムとして完成させられたことがそこからも推察できるだろう。
SoFaygo - "Off The Map"
また、Rageビートの代表曲として“Miss The Rage”と共に挙げられるのが、2020年にリリースされたSoFaygo "Off The Map”だ。
SoFaygoはLil Teccaがプロデュースした“Knock Knock”のヒットをきっかけに人気となった若手ラッパーで、Travis Scottが娘・Stormiの誕生日会がスタートする前にSoFaygoの曲を流している様子をインスタグラムにアップしたことでも話題となった。これを機にSoFaygoは4月、TravisによるレーベルCactus Jackと契約に至っている。
そんなSoFaygoの代表曲“Off The Map”は、エモーショナルなメロディーやシャウト等のRageサウンドはもちろん、アナログテレビ的なヴィジュアルエフェクト、ロック的な白塗りとビジュアル面を含めかなり完成度が高く、現在のRageスタイルを形作った曲と言って間違いない。
Playboi Carti 『Whole Lotta Red』
Rageサウンドに大きな影響を与え、流行を後押ししたのは、2020年のPlayboi Carti『Whole Lotta Red』だろう。激しいシンセリード、そして808が異様にラウドでバランスを欠いたミックスのトラップサウンドが特徴的な、24曲にも及ぶ大作だ。
『Whole Lotta Red』は、2020年に最も期待され、最も賛否が割れたアルバムである。賛否の原因は、70年代のパンクロックマガジン『Slash』をサンプリングしたアートワークから想像されるようなロックサウンドとはかけ離れた仕上がりだったこと、あるいは、Tyler, The Creator『EARTHQUAKE』の客演で披露したベイビーボイスや、リーク音源がチャート1位を獲得した『Kid Kudi (Pissy Pamper)』のサウンドが期待されていたことも要因にあるだろう。
ファンの賛否とは対照的に、リリース当時の批評家の評価は案外高く、Pitchfolkは「ワイルドに革新的でありながら、驚くほど一貫している」と称賛している。NMEは、「最初は、2年も待ったことにがっかりするかもしれない。しかし、このレコードは何度も聴きたくなるようなところがある。」と評する一方で、「〜しかし、24曲という長さから、『Whole Lotta Red』にはそれほど多くのバラエティがないという事実から逃れることはできない」と、リリースまでの年月に対するバリエーションの少なさを批判している。
しかし、こうした期待の裏切りと一貫性(もしくはバリエーションの少なさ)は、Rageサウンドをよりフレッシュなものとして強調し押し上げた大きな要因だろう。
Rageのルーツ
Rageという語が用いられるのは今に始まった事ではない。例えば、ライブをRageと呼ぶことを流行させたのはTravis Scottで、Travis ScottはKid Cudiの2010年作『Mr. Rager』からRageという言葉を取ったのではないか、とPitchforkは指摘している。
Travis Scottは、2019のXXLのインタビューでRageについて、「ヒップホップや音楽に対する自分の責任はこのRageを絶やさないこと。絶対に。Rageを攻撃的なものと捉える人もいるかもしれないが、Rageは人が怒ることではない。俺にとっては怒りを”解放”することが重要だ。その時が一番楽しいんだ。」と説明している。
とりわけこのようなマインドの中でも、現在のサウンドとRageという言葉が結びついたのは、Lil Uzi Vert『Luv Is Rage』シリーズの影響が大きいだろう。現行Rageのアッパーさ・ラウドさはないものの、エモーショナルなメロディーライン、しゃがれたボーカルは特徴的だ。
また、Lil Uzi Vert、Playboi Carti等のラッパー達にはPi'erre Bounceが深く関わっていることも重要だ。ビデオゲーム的なプラックを多用したサウンドと、Rageビートに用いられるバウンスするような808はPi'erre Bounceの影響が深い。エモラップ、クラウドラップの分派とも言える。
とはいえ、こうしたRageの流れを受け継ぎつつも、Beatstar等のタイプビートシーンでは、"Rage Beat"と"Miss The Rage Type Beat"は分けてタグ付けされていることも多く、現状、同一視されきらずにいるというやや複雑な状況だ。しかし、ヒップホップやエレクトロニックミュージックは往々にして、同一ジャンル名で半年〜一年スパンでサウンドが入れ替わる事は多く、今後は大まかに「“Miss The Rage”っぽいビート」で認識しても構わないと思う(ファンダムの原理主義的な部分の葛藤はありつつも)。
"Miss The Rage"のプロダクションの特異性を探る
Rageビートのプロダクションは、SerumやSpireに代表される、音圧の高いシンセサイザーサウンドを用いる。埋め尽くすようなスーパー・ソーと、ピッチベンドの掛かったリードや、ディストーションで強調された抜けの良いハイが特徴的だ。このようなシンセサイザーサウンドは、EDM・トランス系のプリセットそのままかのような音遣いが多く、それらをサンプラーで鳴らす為にオーディオ化されたワンショットキットも有力だ。ドラム部分はスタンダードなトラップ・ドラムを用いるが、808はラウドなサンプルを選び、ディストーションやサチュレーションを掛け、分厚いシンセに対して808が抜けるよう強調することが多い。
こうして各要素を分解すると、かなりインスタントでチープな作りで、より一層、Rageが新しいサウンドかのように盛り上がっていることに困惑するだろう。
オランダ人プロデューサーのLoesoeが手掛ける“Miss The Rage”のビートには、サンプルパックシーンで大手のCymatics社のサンプルパック『ODYSSEY EDM Sample Pack』収録のループが逆再生され用いられている。
このループサンプルは、"Cymatics - Odyssey Future Bass Drop Loop 7.wav”とのファイルネームの通り、フューチャーベースのドロップ(サビ)部分として作られており、そのサンプルをループした“Miss The Rage”はいわば「永遠にサビが続くような」サウンドで、強烈なアッパーさを表現している。
音楽コミュニティ内で、Rageの参照元としてRustieの影響を推察されることも多いが、こうしたサンプル遣いは、EDM・フューチャーベースの影響、また、2010年代前半〜中盤のエレクトロニックミュージックを参照・素材化していることを"明記"している。かなりブレがなく、直接的で明快だ。こうしたルーツ・引用元を明言するようなプロダクションは、間違いなくサンプリングミュージックとしてのヒップホップのアイデアを(より身も蓋もない形で)受け継いでいる。
こうしたサンプルの利用は、リリース前の1月時点でCymatics側も反応し、自社のインスタグラムで後押ししている(1月に上記のCEOのDrew Cymaticsのアカウントで、4月にCymatics公式アカウントで改めてサポート)。
その結果、フォロワー2、30万人規模のプロデューサーコミュニティにも波及し、この“Miss The Rage”一曲で明確にRageサウンドが定義付け・共通認識化された。定義の明快さや、全ての要素をより強力に、一曲で説明しきった、という意味で“Miss The Rage”がRageの代表曲とされるのは自然な成り行きだ。
また、「ループ貼り付けて、逆再生しドラム乗せてハイ終わり!」というスタンスは、上記のインスタントさ・チープさの極北でもある。そういった意味でもRageサウンドの集大成と言える(皮肉ではなく、真似のできない音楽は供給量が少なくなるので流行らない)。
簡単で、文脈的にブレがなく、新鮮。新しいサウンドを常に追い求めているプロデューサー達にとってみれば、これほど作りたくなる音楽はない。ジャンル化の為に必要な明瞭さが揃っている。
こうした動きは“Miss The Rage”のリリース引き延ばし期間の時点で水面下にあり、フレッシュなサウンドとして爆発的に勢いがつく条件としてあまりにも強力だ。Trippie Redd・Loesoe側がどこまで意図的かはわからないが、音楽史的にもここまで流行とジャンルの素材化とのタイムラグがなく、ほぼ同時に発生するムーブメントは初めてだろう。
世界中のベッドルームを揺らす
Rageは、ビジュアル面では、メガドライブやゲームボーイアドバンスなどのゲームを参照することが多い。“Miss The Rage”の歌詞ではビデオゲーム『GTA』を、Grade A Filmsが担当した『Trip At Knight』のビジュアルでは、GBA時代の「ポケットモンスター」をサンプリングしている。
ゲームミュージックをリファレンスにする音楽ジャンルとして、かつ、こうしたビジュアル的にはことを踏まえ、思い切って”トバす”とするならば、ネクストVaporwave的なニュアンスも取れるかもしれない。(奇しくもVaporwaveも過剰なリバーブとスクリューで空間を埋め尽くす音楽だ。)
また、いわゆる白玉コード的な音圧の高いシンセサイザーで空間を埋め潰すような音響、多幸感の強いコードの組み方は、Kanye Westの『DONDA』とも並走している。(『Whole Lotta Red』のエグゼクティブプロデューサーはKanyeが担当しており、どちらも2年近くと長期に渡って製作された作品なので、制作時期が被っていることも留意。)
Apple Musicで配信された『DONDA』の3回目のリスニングパーティーで、かつてのKanyeの実家とスタジアムを物理的に接続し、ヴィジュアル化されていたが、家の中で曲を流すだけでフェスティバルの空気を感じ踊れるのがRageサウンドだ。
このようなマインドは、「パンデミック下で行き場を失った身体性の暴発」と例えられる事も多いHyperpopともリンクしているが、“Miss The Rage”に代表されるRageサウンドは、フェスやスタジアムなどの広く人が集まる空間での祝福を渇望しながらも、家に閉じ込められ続ける現在を象徴するし、こうしたムードが続く限り、世界中のベッドルームを揺らし続けるだろう。