Frank Oceanが2016年8月20日にリリースした歴史的名作『Blonde』から、今年で早5年。多くのリスナーに衝撃をもって迎えられた同作は、現在に至るまで様々な分野のアーティストに絶大な影響を与え続けている。
5年という一つの節目を記念し、FNMNLでは『Blonde』の功績を振り返るミニ特集をスタート。第一弾として、シンガーソングライターのbutajiとビートメイカーの荒井優作によるユニットbutasakuが登場。9/8にニューシングル"the city"を発表するbutasakuに、『Blonde』リリース当時の印象やお互いが受けた影響について、往復書簡形式で語ってもらった。
butaji - 2013年の『Channel Orange』に収録された“Bad religion”という曲が、彼自身のカミングアウトであったことについては、僕のソロ作『告白』のリリースの遠因であったなと思います。内省的な作品で、プロダクションとマッチしてとても叙情的だったなと。
僕が初めて彼の音楽に触れたのはそのタイミングでしたね。なにか対象を称賛するような、アップリフティングなものでなかったことが、時代性ともフィットしていたのかなと考えていました。
その当時は、弱さとか感傷的さが特徴と思っていたかな。その印象は、最近になって変わっていきましたけどね。
荒井優作 - 『Blonde』に関して、僕は正直なところリリース当時はあまり聴かなかったな。それはFrank Oceanが『Blonde』で発露させた感情や表現しようとしたものが、単に当時の自分にはまだ良くわからなかったからだと思う。
『Blonde』のリリックや背景について知った上で聴いていたら全く違った印象を受けていたのかも。ただ、当時はYouTubeやsoundCloudに毎日のようにアップされていた目新しいサウンドを、消費していくような感覚で次々と聴き倒していて、一つの作品にじっくり向き合うこと自体がそんなになかった気がする。もしくは、『Blonde』のサウンドがあまりに繊細だったからかも。butajiが言うような、弱さとか感傷的であることのそのリアリティに耐えられないというか。
最近になって印象が変わったというのは、どういう風に変わったの?
butaji - 弱さを受け入れた上で、リスナーに対して呼びかけ始めたというか。2018年のアメリカの中間選挙で、民主党への投票を呼びかけて、Tシャツの無料配布の企画をしたり。PrEPの認知度を高めるためのパーティを企画したり。そういう、自分が置かれた立場から出来ることを行っていく姿勢の方にこそ、僕は影響を受けているかもしれませんね。
荒井さんのいう通り、僕自身も音像については影響を強く受けているとは言えないです。ダブステップからの影響の方が大きいですね。でもそれは決してFrank Oceanから遠いものではないよな、とも思います
なんかこの、弱さとか感傷的さについて思うところとかありますかね?当時他に聴いてたものとか。
荒井優作 - 当時は、例えばDrakeを筆頭とするカナダのR&Bなど、トラップの影響が強いものを良く聴いてたなー。あとはJames Ferraro『Human Story 3』みたいな、現代の人間性について問いかけてくるような、要はディストピアな様相を帯びたもの。
『blonde』も、歌い方からトラックまで当時のトラップの影響下にあることに変わりはないけど、音の鳴り/アンビエンスがとても繊細でギリギリのものに感じる。内省的なんだけど、あくまで他人を求め続けていて、あとほんの少しでも押したら崩れてしまいそうな音像。
それでいて、Oceanが影響を受けたであろうFKA twigsやArcaであったり、もしくは当時のアンビエントR&Bといったものと比べても、実空間という意味での日常に溶け込みやすいというか。
butasakuでの制作を経て思うことは、そうした繊細なサウンドというのは、それ自体が自身の伝えたいことを簡単に消費されないための、ある一つのアティチュードであり得るということ。butajiは、リリックについてはどう思ったの?
butaji - 当時のシーンがどういうものだったのか具体的に全てを把握している訳ではないのですが、黒人でクィアとしてヒップホップをやること、その立場で弱さとか感傷的さを表現に落とし込んだことは一つの戦いがあったのかも知れませんね。
元々、パンチラインを語勢よく叩きつけるスタイルの音楽が僕は多少苦手ではあったので、Frank Oceanの表現については違和感なく取り込んでいけた感じしますね。
2018年に発表された“moon river”のカバーで、歌詞を変えていた箇所がとても好きで。
Two drifters off to see the world
It's such a crazy world you'll see
We're all chasin' after our end
Chasin' after our ends
Life's just around the bend, my friend
Moon river and me
世界を見るために踏み出して行った時、とんでもなく狂ったものを見ることもあるかもしれないけど、僕らみんな人生の終わりを同じように追いかけているんだよ。人生なんてクソだよね、my friendみたいな。『Blonde』で、人生における喪失感について内省を突き詰めてきた彼が呼びかけるこういう内容が、彼のボーカリゼーションと相まって、とても親密に聞こえたんです。
同じ年にjames Blakeがこういうツイートをしていて、
「自分が単に自分の感情をオープンに話しただけなのに『サッドボーイ』と表現されたくない。男性が弱かったりオープンであってはならないという声が、男性自身を傷つけてきたんですよ」と。
度々共作してきた二人が、共有していたテーマというのが内省と親密さだったのかもしれないですね。
『blonded』と同時にリリースされたZINEが『boys don't cry』というタイトルだったことも、このイシューに繋がってくることかもしれません。同名の映画へのオマージュもあるとは思いますが。
あと、一聴するとプロダクションが不完全に感じるところも驚きがありましたね。「これでいいんだ」って感じさせてくれて、自分の感性を開拓してくれる作品て、いつの時代も尊いものだなと思います。よくよく聴きこんでみるとちゃんと理由がわかるし。
荒井優作 - 確かに親密にも感じたなー。内省的でありながらそっと語りかけてくる。それは、時折挿入されるボイスメッセージだったり、環境音なんかがミックスされていることの効果でもあるのかもしれないけど、今思うと何よりOceanの表現する内省や孤独感が、自分たちにとってもとても身近なものだからじゃないかなと。つまり、SNS越しに他人を思い浮かべることが当たり前になった私たちにとって身近なものだからじゃないかなと。
『boys don't cry』に関して言えば、僕はジャケットやzineなどヴィジュアル面でのアプローチを斬新に思ったように記憶してる。事実、グラフィックやファッションに反応してOceanに興味を示した友人が何人もいて。普段はR&Bやヒップホップを聴かないような人たちなんだけど、モードでかっこいいって。アルバムのプロダクションが不完全に感じることも、ヴィジュアル面でのアプローチ込みで受け取ってもらえるような余白を残したかったんじゃないかな。リスナーの一人一人が、それぞれ違った物語を『Blonde』に見出せるように。
butaji - 先ほど荒井さんが言っていた「繊細さというのが一つのアティテュードになる」ということ、それを知ったのがFrank Oceanからだったかもな、と、今回話してみて気付きましたね。
Info
Artist : butasaku
Title : the city
Release Date : 2021.09.08
Format : Digital Single
Label : Right Place