人々は何を求め音楽を聴くのだろう。音楽アプリを開き、SNSから得た情報で作品をチェックし、チャットで友人にシェアする。クラブに行ってはDJのプレイしている曲をShazamし、始発の電車の中で寝ないためにイヤホンから流れる曲の音量をスネアの音が聴き取れるくらいまで大きくする。友達とドライブするためにプレイリストを組み、車内でうろ覚えの歌詞を格好つけて鼻歌で合唱する。人それぞれ、自分に適した「音」と、その「音」にたどり着くためのルートは多種多様であると思う。
私が自分に適していると思う、その「音」に出会ったのは、数年前に人生の価値を見出せず、人を避けて生活していた頃だ。明るいメロディに垣間見える悲哀な感情を吐き出し、音楽を奏でていたとあるアーティストに親和性を感じ、毎晩のように聴いていた。私にとって周りに苦しみを打ち明けられない日々の中で、唯一の支えになっていたのが他でもない、Lil Peepという偉大なアーティストだった。
Lil Peepの突然の死から3年が経とうとしている。しかし、彼の死を感じないのは私だけだろうか。MVや未公開曲の配信など、まるで彼が生きているのではないかと錯覚するようなコンテンツのリリースは継続されている。心寂しいのはやはり、彼の生きている姿が見れないことだ。痛々しく見ていたInstagramの投稿すら今では懐かしく感じる。今日は満を辞して先日デジタルリリースされた『Hellboy』と、彼を題材としたドキュメンタリー映画『Everybodyʼs Everything』について書こうと思う。
多くの人を照らした光と1人で抱えるには大きすぎた影
2020年9月25日、Lil Peepの2ndミックステープ、『Hellboy』のデジタルリリースが解禁された。 2016年の同日に、初めて世にリリースされた際はサンプリングの権利問題でSoundCloudのみの配信 だったが、彼が契約していたレーベルや彼の母親のLiza(母親であるだけでなく、Peepの公式ホームページの作成や死後のリリースにも大きく携わっている)の尽力により今回のリリースが実現した。
Peepの音楽キャリアを築くきっかけになったクルー、Schemaposse(ラッパーのJGRXXNを中心に、Craig Xen、今は脱退したGHOSTEMANEなどを擁するクルー)を方向性の相違から脱退した彼は、SNSで出会ったプロデューサーらとGothBoiClique(以下GBC)を結成し本格的な活動を始めた。恋愛のことを多く歌ったデビューミックステープ『Cry Baby』に比べ、『Hellboy』は全体的にドラッグの乱用や自身のメンタルヘルスについてなど陰鬱な歌詞が多い。『Cry Baby』リリース後、弱冠19歳の少年が得るには大きすぎる富と名声を手に入れた彼はお金の問題や、人間関係、多忙な制作とツアーにより本人も気付かないうちに精神を蝕まれていった。仲間達と制作目的で引っ越したLA のシェアハウスでの生活は順調そうに思えた。しかしワンルームで個室が無いことや、日々の喧騒に耐えられなくなり誰にも相談できない彼は歌うことよって自分を慰めた。その集大成が『Hellboy』なのだ。
エモラップというジャンルを確立させたミックステープ、 『Hellboy』
GBCではプロデューサーと共同生活をしていたおかげで、ギターのサンプル選びやミックスなどの収録以外の部分でも大きく関わることができた。制作スピードも早く、24時間寝ずに制作することもあったという。Peepのリリックは単調な反復が多い。おそらくPeepは自分とファンに対して正直でいたいが、悩みの具体的な理由を歌詞にすると誰かを傷つけてしまうと思い、抽象的な歌詞を綴ったのではないか。意図せずして彼のリリックライティングが功を奏し、漠然とした不安に駆られた青年期の少年少女の共感を呼び、その結果爆発的なヒットに繋がった。
誰もが自分の苦しみを代弁していると思い込んでしまうような歌詞、キャッチーなフロウ、そして 声を10層以上も重ねた独特のミックス。『Hellboy』ではそれらの要素が噛み合ってアンダーグラウンドを抜け出し、メジャーシーンに「Lil Peep」という存在を知らしめることとなった。ロシアなどを含んだワールドワイドなツアーでは、各ステージでソールドアウトが相次いでいたことから、『Hellboy』がどれほど大きなファンベースを作ったのかがわかる。エモラップの一つの根源は10年以上前、Kanye Westの『808s & Heartbreak』などに見られたが、Lil Peepがアンダーグラウンドからスターダムへの道を切り開いたことにより、彼のスタイルやサウンドがエモラップの代名詞となり、ジャンルとして確固たるものになった。『Hellboy』のヒットは音楽ジャンルの壁を壊し、現行のエモラッパーがメジャーシーンで台頭するのに大きな影響を与えていると言えるだろう。
『Everybodyʼs Everything』
昨年話題になったPeepのドキュメンタリー『Everybodyʼs Everything』を視聴したので、それについてもここで言及したい。Peepの家族や友人、そして多くのコラボレーターへのインタビューと、未公開の制作風景やドラッグに苦しむリアルな姿などを合わせた内容の作品となっている。そして作中ではPeepの抱えていた金銭面の問題や、友人関係など、彼が歌っていた抽象的な悩みの原因がはっきりと描かれている。 なお現状(2020年10月現在)日本から正規の方法で観ることが出来ない『Everybodyʼs Everything』の視聴方法だが、至ってシンプルでNetflixの言語設定を英語にするだけだ。あいにく英語の音声と字幕しかないが、是非視聴して欲しい所存である。
この作品はただLil Peepという人間の生き様を描いたものではない。今の時代、親元を離れて友人と過ごすのを好む若者が多いが、彼は最後まで母親が一番の相談相手であり、また、一番の助言者は祖父のJackであった。JackはPeepの音楽活動やタトゥー、人間性など、最もよくPeepを理解し、Peepに慕われていた人物であったことが明かされている。生きる上でいかに周りの人間の愛が大切なのか、そして不安定な青年期においての友人関係の構築を改めて考えるきっかけになる映画だ。もし彼が歌詞として吐き出していたことを、音のない空間で素面で話せる友人が存在していたら彼は今も生きていたのではないかと私は思う。
序文に記したような日々を脱し、充実した生活をしている今も、私は慢性的な不眠症のせいで日が昇る時間までYouTubeで音楽を聴くことが多い。毎夜私は眠りにつきたい身体に反して、冴えている頭で落ち着いた音楽を探している。漠然とした不安のせいで寝れずにいた日々の中で出会った彼は、きっと今日も画面の中で年を取らず綺麗な姿と変わらぬ声で私に寄り添ってくれるのだろう。
Lil Peepのスタイルとそのキャラクターを一気に世に知らしめ、エモラップというジャンルを確立 させた『Hellboy』。最後にその中でも個人的に好きな曲をいくつか紹介したい。
“Girls”
この曲はGBCのメンバー、Hourseheadが2バース目を担当しており、1分以上もある長いフック が特徴だ。全体的にゆったりしており、キャッチーなフックなためライブでは観客が歌いやすい。ロックスターのように破滅的なパフォーマンスをするPeepを間近で見ていたバックDJ兼プロデューサーのSmokeasacは、ライブで披露する際に会場のボルテージを上げるのに最適な曲だっ たと言っている。
“Gucci Mane”
グランジロックや、エモロックを好んでいたPeepだが、HipHopに興味を持ったきっかけは他でもなくGucci Maneの存在が大きいのはあまり知られていない。リスペクトの意を込めて曲名にしたのだろう。この曲は、Peepの多忙さを吐露したリリックが多く見られる。サウンドの面では Peepの忙しさを強調する“Iʼve been high since last Friday and I canʼt cry, but Iʼm a Crybaby.”(先週の金曜日から俺は寝ていない。俺は泣き虫なのに、泣くことができない。)というラインを際立たせるさせるためにその部分をドロップしているという工夫も見られる。
“We Think Too Much”
コーンウォール出身のテクノアーティスト、Aphex Twinの“#20”がサンプリングされているこの曲は『HellBoy』の中でオアシス的な役割を果たしている。自然に口から漏れ出たような歌い出しから始まるこの曲では、Peepのストレスの原因の一つであった人間関係のことを中心に歌っている。
この曲は”Hellboy”の中で最後に完成した楽曲ということもあり、リラックスしたPeepの本音で溢れた純粋なリリックに心打たれたリスナーも少なくないだろう。(yomoya)
Source
Lil Peep Official Website
https://lilpeep.com/blogs/archive/hellboy
The Making of Lil Peepʼs Breakout Mixtape Hellboy