FNMNL (フェノメナル)

2020年上半期の重大トピックVol.3|by YYK & zcay

2020年の上半期は新型コロナウイルス感染症によって全世界的に、あらゆる領域の活動がストップ、もしくは著しく制限された半年だった。音楽やファッション、アートなどのカルチャーの領域でも、もちろん大きな影響は出続けており、まだライブやイベントを中心に正常化には至っていない状況だ。

そしてさらにはアメリカでの複数の警察官による黒人殺害事件をきっかけに、再びBlack Lives Matterの抗議活動も盛り上がりを見せ、NonameとJ. Coleによる論争に派生、ジャンル名などの変更も行われるなど、音楽シーンにおいても重大なトピックとなったのは間違いない。

FNMNLではそんな激動の2020年の上半期を識者が選ぶ重大トピックで振り返る企画をスタート。第三回目にはインターネット上でラップミュージックなどに対して鋭い発信をするYYKとzcayが登場。

YYKが選ぶ2020年上半期の重大トピック

1. 自粛中に生まれたハイパーポップ

2月に100 gecsの“ringtone (remix)” [feat. Charli XCX, Rico Nasty, Kero Kero Bonito] という日本びいきの脱構築系ポップスターが勢揃いした夢のコラボ曲が発表され、本格的に令和の始まりを感じつつ、間接的インスパイア元のJコア側からも何かパラレルになる動きがあって欲しいな~?なんて漠然と考えていたところ、C-19自粛期間突入後に、valkneeとLingna (S亜TOH) のラッパーサイドが同タイトル“ringtone”で返答をしてくれました。

これがYoutubeではまだ2500回くらいしか再生されてないのですが、いやいや250万の間違いだろってくらいの名曲なんです。ニューウェーブギャル大集合の家系バンガー“Zoom”にも全く負けてないので、せめて5万くらいまでは一緒に伸ばしましょう(それかTikTokで流行るのがベター)。

今年valkneeとS亜TOHが参加してるコンピレーションは、この“ringtone”が収録されている『2021survive』と、海外好事家大注目、Em Recordsの『S.D.S =零=』の2つありまして、どちらもジェンダーやジャンルから解放されたコンテンポラリー・ポップスの宝の山になってます。(bandcamp dayに)ゲット推奨。

他にこの周辺の注目アーティストとしては、トラップとローファイ・インディーのミュータントな才能Lil Soft Tennis、そして、ボカロ/ナイトコア系アウトサイダー・ラップで19歳と39歳(主なgecs支持層の年齢)の度肝を抜いたlil beamzをXXLフレッシュマンジャパンとして宣伝しておきます。

こういったフォーワード・シンキングなアーティスト達の交流が進んだのも、ウイルス蔓延の功名かと思うと複雑な心境になりますが、多難なご時世だからこそ受け取ることができる産物もあるんだなと切り替えて、ありがたく堪能させてもらってます。gecs×マイクラのフェスに倣ってJコア新時代のバーチャル・フェスにも期待したいところ。

2. メキシコの今を映し出すトラップ・コリード

今年前半は、自分が大好きな第三世界の音楽が日本では全然聴かれてないという、音楽オタクたちどうした?案件を2015年のナイジェ・アフロポップ以来久々に体験しまして、それを2つ目に紹介させてください。

メキシコの伝統的な民族バラードの若者向けバージョン、トラップ・コリード(またはcorridos tumbados)と呼ばれるサブジャンルです。

今このサブジャンルの中心にいるのが、若干19歳のSSW、Natanael Cano。あのプエルトリコのレゲトン王子Bad Bunnyからもお墨付きをもらっているとか。
鼻っ柱が強すぎて、なにやら国民的歌手のPepe Aguilarとケンカしてるらしいですが、そこがまたUsain Boltと揉めたAlkalineみたいなスケールのデカさで良いじゃないですか。

トラップ・コリードを知らない人は、まずYoutubeに行って『Natanael Cano - El Drip, Disfruto Lo Malo, El De La Codeina』←この代表曲3曲を一気に歌ったライブ映像を観てください(私はもう30回以上観ました)。

ドラムもアコーディオンもない、アコースティックなギターとベースの伴奏のみでここまで新鮮な表現ができるのか!と目から鱗、耳からエアポッズが落ちます。

トラップ・コリードの音楽的な面白さは、伝統的な音楽を軸として、FutureやYoung Thug以降のアーバンなトラップ歌唱スタイルという時代精神を加えながら磨き上げられていている点で、そこが単なるドラッグディーリングにまつわる歌詞が多いだけのリージョナルなナルココリードとの違いと言えると思います。
Natanael Canoの最新アルバムは、Univarsal傘下のRepublic Recordsがバッキングし、これからさらにビッグな存在なっていくことでしょう。まだ古参気取るのにギリ間に合う!

こちらは19歳と39歳と59歳の幅広い年齢層が楽しめると思うので、家族と暮らしてる人は一家でシェアしちゃいましょう。アルパストールでもつまみながら聴けば身も心もメキシコに浸れるはず。

3. USラップ地図にフリントシティ再び

Tee Grizzleyの“First Day Out”から約3年半、Sada Babyなどのローカルスターを輩出ししながら、確実に定着してきているデトロイトのストリート・ラップですが、ここにきてその人気がお隣の衛星都市フリントにまで波及してきました。個人的に大変喜ばしい現象。

というのも、90年代のGファンク全盛期には、EshamやDiceあたりのアシッド/ホラーコア色強いデトロイトのラッパーよりも、MC BreedやDayton Familyのようなフリントのラッパーの方がどちらかと言えば王道寄りの活躍をしていたわけで、フリントのラップなしでは、ミシガンひいてはミッドウエストのヒップホップ文化は完成しないという感覚があります。

現在フリントのラッパーで断トツ1位の注目株は、Peezyにフックアップされ、昨年一気に頭角を現したRio Da Yung Og。近頃は週3ペースで新しいミュージックビデオをアップする破竹の勢いでミシガンのトップランカーに駆け上がりつつあります。

デトロイトのTeejayx6らにも通ずる基本的にフックなしで殺伐としたジョーク/パンチラインをとことんまで叩きこむインシュラーなスタイルは、パーティーにおける機能的な音楽からはかけ離れているものの、ビートとラップのみを純粋に堪能できるという意味では機能そのものみたいな音楽と言えるのでは。今年リリースされたアルバムは全曲ハズレなしなのでぜひチェックを。

注目株2人目は、Sada Babyとのコラボ“Free Joe Exotic”(視聴回数700万回突破)がバズり、突如脚光を浴びたBfb Da Packmanという巨漢ラッパー。下ネタ中心のダーティーなブラックジョークや自虐ネタを連発し、貪欲に笑いを取っていくタイプで、最近のラッパーで言えば、DaBabyに比較的近いかもしれません。

HIV陽性Tシャツを着るスタントをこするなど、Tekashiのトロール的なアティチュードに傾いてる部分もなきにしもあらずですが、郵便配達員をしながら子供を育て、その合間にラッパーとして創作活動をしている努力の人でもあるようです。

こういった地方のラップには、アトランタやLAとは違った画一化・均質化してない面白さがまだまだ残っているので、メインストリームのラップに食傷気味になったときは、積極的に手を出してみることをお勧めします。味変になりますよ。

印象的だった楽曲

1. valknee × Lingna (S亜TOH) - ringtone

チップチューンを通過したトラップビートの上に塗りたくられたvalkneeのケロケロパなオートチューンがパンとバター並の最高の相性で納得の優勝。

2. Natanael Cano - Amor Tumbado

Natanaelがはじめて書いた恋の歌だとか。12弦の美しいギター・ソリともに語られるティーンのほろ苦失恋エピソードに胸を締め付けられる人が続出したエモエモのエモチューン。

3. Rio Da Yung Og x Louie Ray - Movie

『Dead by Daylight』の心音よりバックバクなキックが乱れ打つとんでもないビート。「バーキン買わんけど、むしろ奨学金払ったる」と、上半期最イケメンラインも飛び出す。

YYK

最新のビーツと最新のスラングが好きなラップミュージックのポタク。ストリート文化の盗用とアベ政治を許さない。

最新ストリートファッション研究会 (NSFS)のインスタグラムをやってるので見てください。https://instagram.com/sorenavirus/

zcayが選ぶ2020年上半期の重大トピック

1. 抗議デモの現場でムシャクシャを結びつけた"Faneto"

“俺はクープに乗ったゴリラ、動物園から直行/誰だてめぇ、どこモンだてめえ、知らねぇよてめぇ/おまえの地元でブッパする、ポリに助けてもらえ”

2014年、ニュージャージーのクラブで起こった乱闘で、奪われそうになったチェーンを自ら取り返したChief Keefは、それから数日の内にその時のムシャクシャを歌った“Faneto”を録音し、それはすぐさま世界中のムシャクシャした若者達のアンセムとなった。

そして、そのChief Keefがシカゴから撒いたドリルの種は、遠くイギリスでUKドリルを生み出し、そのUKドリルのサウンドに影響を受けたニューヨークのブルックリンドリルのシーンからPop Smokeが現れる。

このChief Keefの“Faneto”、そしてPop Smokeの“Dior”は、ジョージ・フロイドの死を発端に今年アメリカ各地で発生した警察への抗議デモの現場で鳴り響き、Black Lives Matterの意外なサウンドトラックの一つとなっていたことが、SNSに投稿された多くの現地動画からも確認できる。そしてそれは、Keefの個人的なムシャクシャが、2020年に怒りの頂点に達したプロテスター達を路上で結びつけた瞬間でもあった。

なお、この“Faneto”が収録され、2010年代で最も重要なミックステープの一つとして位置づけられる『Back From The Dead 2』のアナログ盤が、今年のレコードストアデイ限定作品として4月に発売される予定であったが、コロナ禍の影響により10月に発売が延期され、世界中のラップオタク達がやきもきしているという。

2. デトロイトのケイデンスで回り出すミシガンのラップシーン

Sada Babyや42Duggを筆頭に、FMB DZにIcewear Vizzo、Teejayx6にKasher Quon、ShittyBoyz、BandgangにDrego & Beno、Babyface Rayなど、YouTubeを中心に日替わりのようにヒット曲がアップロードされ隆盛を極めるデトロイトラップは、今では周辺の都市を含むミシガン一帯のラップシーンにポジティブな影響を与えている。

例えばフリントではRio Da Yung OGが、おそらく今年の全てのアメリカのラップの中で、最もハードなアルバム、『City On My Back』を発表した。

同じくフリント出身(現在はヒューストンに移住しフルタイムで郵便配達の仕事をしている)のBfb Da Packmanは『Free Joe Exotic』で自らの体型を活かした自虐ネタとおもしろムーヴでSada Babyと互角に渡り合い、パンチラインまみれのヒットを連発して注目されている。

また、ミルウォーキーでは、スキャみ、リディキュラスみに富んだ歌詞と毎小節のように声が裏っ返るフロウで注目を集めるMariboy Mula Marが“Owls”、“Aflac”などのヒットを生み出し、ローカルを飛び越える存在となることが期待されている。

他にもLil Chicken、Spanish Rice、54babyなどのラップの才能に、ENRGY beats、RichieWitDaHitz & Meloのようなプロデューサー達がサウンドを彩り、2020年はデトロイトだけでなく、ミシガン一帯のラップシーンが動き出している。

3. レジェンダリーなビートバトルの裏で

Swizz Beatzらが呼びかけ人となり、レジェンド級のヒップホッププロデューサー達がインスタライブ上で繰り広げたビートバトル(自分の代表曲をかけあってワーワーする)が、名球会のゴルフ番組のような雰囲気で自粛期間中のヒップホップファン達を楽しませていた頃、同じくレジェンダリーな存在でありながらも、未だ現役でシャープかつハイクオリティな楽曲を作り続けているDJ Quikは、バトルなんか興味ないけど、俺と釣り合う存在とならやってやってもいいんだぜ?的なイキフンを醸しつつ、唐突にレコードコレクションのホコリを拭くだけの匂わせ配信をするなどして、可愛げのある一面を見せた。

また、レジェンダリーなプロデューサーだけでなく、たとえばDMVではSparkHeem vs Cheechoが、デトロイトではHelluva vs Michigan Meechといった、今アツい地域の、未来のチャンピオン達によるビートバトルも行われていたことはあまり知られていない。

彼らがレジェンダリーな存在になれるかはまだわからないが、それが後の歴史資料になるかもしれないことを感じた一部のラップのオタクは、慌ててChromeの拡張機能から録画ボタンを押したという。

なお、一連のビートバトルでも最大の話題をさらったDJ Premier vs RZAのバトルをインスタライブで観戦していたレジェンドラッパーのNoreagaは、ライブのコメント欄に「さっきからずっと屁が止まりません」というコメントを残した。

印象的な作品

1. Rio Da Yung OG『City On My Back』

『Eternal Atake』、『The Goat』、『Anyways』、『Menphis Massacre 2』、『The Price of Tea China』、『Paternity Leave』などと並ぶ上半期のベストラップアルバムの一つだが、最も暴力的で、最も詩的だったラップ作品といえばこの『City On My Back』かもしれない。スキャみながらも銃を突き付けるようなスネオ性とジャイアン性が同居するストーリーテリング、パンチラインの畳みかけ、理由を訊いてはいけない頬の傷。

2. Hook 『Crashed My Car』

これは素直に楽しんでいいものだろうか。そんな心の審議ランプが思わず灯ってしまうような手触りのサウンドにビデオが、判定を出すまでに多少の時間を要したが、サンディエゴ出身のHOOKのラップはガチもんである。そう判定した。

3. SahBabii 『Barnacles』

セーブポイントのような安らぎと倒錯した性、繰り返される動物への言及。効率的な共同制作と名義貸しがアトランタのラップから個性や神秘性を削いでいるとするなら、Sahbabiiはそのアンチテーゼとなりえる。

zcay

カスタマーサクセス担当

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