2020年の上半期は新型コロナウイルス感染症によって全世界的に、あらゆる領域の活動がストップ、もしくは著しく制限された半年だった。音楽やファッション、アートなどのカルチャーの領域でも、もちろん大きな影響は出続けており、まだライブやイベントを中心に正常化には至っていない状況だ。
そしてさらにはアメリカでの複数の警察官による黒人殺害事件をきっかけに、再びBlack Lives Matterの抗議活動も盛り上がりを見せ、NonameとJ. Coleによる論争に派生、ジャンル名などの変更も行われるなど、音楽シーンにおいても重大なトピックとなったのは間違いない。
FNMNLではそんな激動の2020年の上半期を識者が選ぶ重大トピックで振り返る企画をスタート。第一回目には音楽、アート、カルチャー関連の記事を執筆する高岡謙太郎に、アートシーン周辺で起こった本誌に関連する事象について振り返ってもらった。
高岡謙太郎が選ぶ2020年上半期の重大トピック
1.Black Lives Matterによってグラフィティが世界中で多発
Black Lives Matter運動の盛り上がりとともに、世界中で巨大なグラフィティが続々と描かれている。
ホワイトハウス前の路面に、巨大な黄色の文字で標語「Black Lives Matter」が出現したのが、いちばん象徴的だろう。iPhoneアプリのマップからも確認できるこの巨大なグラフィティは、なんと市長公認のグラフィティだという。ワシントン市長がトランプ政権と対立し、抗議者たちへの支持を得るため、路上に標語を描き、通りの名前を「Black Lives Matter Plaza」に改名するまでに至った。
またホワイトハウス前だけでなく、トランプ大統領が所有するトランプタワーの目の前の通りにも「Black Lives Matter」が、ニューヨーク市長の手によって描かれた。市長も参加してペンキを塗るという、日本では考えられない状況だ。そして、描かれた文字を白人至上主義者が上書き(ゴーイングオーバー!)しようとするイザコザが起きるまで波及している。アメリカのさまざまな都市の一部が、歴史の変化とともに文字通り塗り替えられた。
Black Lives Matterの標語だけでなく、その引き金になったジョージ・フロイドの死は世界中に響き渡り、彼のミューラルアートは殺害されたミネアポリスだけでなく、モントリオール、ベルファスト、ベルリン、ケニア、そして爆撃されたシリアの廃墟までに記された。フロイドだけでなく、警察の勘違いにより寝ている間に殺害されたブリオナ・テイラーの巨大な壁画も描かれ、哀悼の意が公共空間に残された。
さて、日本では社会的に不当な仕打ちによって誰かが死んでしまったときに、社会の一員である私たちはそれをどう受け止め、どうやってその思いを残して引き継いていくことが出来るのだろうか。そして、社会的に認められるグラフィティは日本から出てくるのだろうか。
2. 歴史的な価値が変更される、彫像撤去
Black Lives Matter運動が巻き起こした民意の力によって、植民地政策や奴隷制度、白人至上主義の歴史を背景に持つ人物の彫像が世界的に破壊されている。その多くが19世紀から20世紀初頭に建造されたもので、今の時代に合わなくなったのだろう。
大きな動きとしては、バージニア州シャーロッツビルで白人至上主義者と反対派が衝突した事件によって、彫像を撤去する動きがあった。シャーロッツビルに建てられていたのは、南部連合の軍司令官・ロバート・エドワード・リー将軍像。ただ、彫像自体が高い台座の上に建造されているために人々の手では壊すことができず、それゆえに権威性を確立させる台座がグラフィティによって塗りつぶされ、その後3Dスキャンして保存された。人々の怒りがカラフルな文字で表現されていて、凄みがあり思わず見入ってしまう。夜間には彫像に向けてジョージ・フロイドのイラストがプロジェクションされた。現在、銅像部分は撤去となった。
彫像破壊はアメリカだけでない。イギリス・ブリストルにある奴隷商人の彫像は、街中を引きずり回されて、川へと突き落とされ、その後に博物館に収蔵されたという。破壊の形はさまざまで、ボストンにあるコロンブス像の頭部が破壊されるなど、歴史的な彫像の権威性を失墜させる状況が多発している。美術史的には、彫刻家のブランクシーが抽象彫刻を作って彫刻の権威性を解体していったが、彫像破壊は市民によって行われる生々しい権威の解体だ。
白人至上主義団体やネオナチ支持者によって神聖化される彫像もあるため、以前から議論が行われていたが、Black Lives Matter運動によって、より大勢の目が向けられるようになった。過去に撤去されたものではバグダッドのサダム・フセイン像やウクライナのレーニン像の破壊などがある。日常的に着目しない彫像に対して意識が行くのは、歴史の転換期だからだろう。
日本でも公共性を問われる彫像はいくつかある。民衆の手によってそれらが公共空間から姿を消すのは、いつになるのか気になるところだ。
3.オンラインでのアクティビズムの一般化
オンラインでの発言が、2020年はより顕著に世の中を動かすようになった。SNS上のハッシュタグによって民意が可視化されやすくなったのが、いわゆるハッシュタグアクティビズムだ。
その流れで、文字ではなく画像で民意を伝えようとする作品が、個人的に胸を打った。日本の国会で検察庁法改正案が強行採決されようとしていたその日は、外出自粛中でコロナウィルスに怯え、デモが出来ない状況下。twitterのタイムライン上が納得の行かない法改正に対しての怒りの声で満ち溢れる中、タイムライン上に投入されて4万6千件リツイートされた作品がある。
「1RTごとに1人増えます。デモもどきで憂さ晴らし。ワークステーションの限界が来たらやめます #検察庁法改正の強行採決に反対します」と書かれた画家・藤嶋咲子のツイートには、3DCGで描かれた国会議事堂の画像も添付されている。リツイートされた数だけ、CG空間に登場する人物を増やして、視覚的に民意を伝えるという試みだ。数時間置きに定期的にツイートされ、時間とともに人数が増えた画像が更新されていく。今思い返してみると、二度と成立することのない再現性のなさも面白みの要因だろう。
こういった民意を反映させた反響が多い作品は、著名人の目にも触れることになる。ただ、やはりどうしてもアーティストや著名人が社会運動にいち市民として参加することは少ない。しかしこの件では、名もない作家の作品に賛同した有名人は大勢いた。アーティストの奈良美智や会田誠、立憲民主党の党首・枝野幸男などがリツイートをして、余計なプライドを持たずにいち市民として参加していることに対して、感銘を受けた。市民目線を持った著名人に対しては敬意しかない。……と話が逸れてしまったが、民意とは何なのかを考えさせる作品としても捉えることができた。
その後、作者である藤嶋咲子は、Black Lives Matter運動が盛り上がった際にはホワイトハウスが描かれたCG画像を投稿するなど、活動を続けている。余談だが、筆者はヴァーチャルデモの画像がどうしても欲しくなり、作者に購入希望のメールを送ったが、売り物ではなかったため入手できず……残念。
上半期印象的だったアート作品や展示、イベント
アート作品に関する社会的な事柄を紹介してほしいというお題から、社会問題から派生した作品を自分なりに紹介しました。世の中的に反響の多かったであろう、グラフィティ、スカルプチュア、VR作品の事例です。コロナ禍以降の自分が寄稿した記事では、大阪芸大の『bound baw』でネットアート事情、『ナタリー』で音楽イベント事情、『FNMNL』でオンラインZINEについてが公開されています
他には、パンデミックによって激務になったNHS(イギリスの国営医療サービス事業)に対して、バンクシーやダミアン・ハーストなどのアーティストが慰労目的の作品を作ったことも社会的に意義のある事例でしたね。個人的には、クラブ系やポリティカルなブートを手掛けるアパレルレーベル「Sports Banger」が、NHSとナイキのコラボTシャツをブートで作ったのは思わず笑ってしまいました。日本では感謝の対象が明確ではないため、医療従事者に対しての敬意の示し方がなかなか難しいところですが……。
あと、ステイホームしなければいけない状況になり、オンラインでVR化した展示が増加しています。本誌の読者層に近い取り組みで面白かったのが、現実の代替物ではなく一歩踏み込んでいるように思えたのが、Sinjin HawkeとZora Jonesによる「Virtua」。ヴァーチャル空間にクラブを再現した取り組みになっています。また、国内ではInstagramを使ったリレー作品「Lucas.co Weekend」がこの状況下ならでは。さまざまなアーティストがリレー形式で、ひとつの作品に手を加えていくもの。非常事態宣言下でバラバラになってしまった個々を連帯させる豊かな取り組みでした。
最後にアート作品ではなく印象的だった記事ですが、Black Lives Matterはエレクトロニックミュージック・シーンの歴史にも向けられ、白人による著述がシーンの批評に大きな影響を与えていた事実を見直す流れが大きくなりつつあります。コロナ禍以前からいくつかのメディアで話題が出てきていましたが、先日公開された記事「A LETTER TO RA」は、ここ10年以上シーンを牽引してきた批評性の高いメディア『Resident Advisor』に対する意見が書かれています。10年以上信頼されてきた批評的価値が移り変わる歴史的な瞬間に立ち会えていて、今後が気になりますよね。
高岡謙太郎
オンラインや雑誌で音楽、アート、カルチャー関連の記事を執筆。共編著に『Designing Tumblr』『ダブステップ・ディスクガイド』『ベース・ミュージック ディスクガイド』『ピクセル百景』など。荏開津広、寺沢美遊との「Urban Art Research」を『FNMNL』で連載中。
インディペンデントストリートカルチャーマガジン『DAWN』の1.5号、コロナ禍の特集に編集として参加しました。8月末に発売予定。現在メディア立ち上げ中。