監督・湯浅政明の手によって、小松左京の傑作SF小説をアニメ化したことで話題のNetflixオリジナルアニメシリーズ『日本沈没2020』。
同作は2020年の日本を舞台に、ごく普通の家族・武藤家の歩(あゆむ)と剛(ごう)の姉弟が、過酷な現実を突きつけられながらも、未来へと立ち向かっていく希望と再生を描く物語である。湯浅政明曰く、「失って初めてわかる、日々享受されているものの尊さ」という今作のテーマに、「言葉の持つ力」で作品に迫るスピンオフプロジェクト“シズマヌキボウ”がアニメの全世界配信と合わせスタートした。
これまでの湯浅監督作品において重要なパートを担ってきた、劇中に差し込まれるラップの掛け合い。『日本沈没2020』においても、YouTuberのカイトをきっかけとして登場人物たちがマイクリレーで感情を爆発させるエピソードがあるが、このシーンを出発点とし当プロジェクトが始動。登場人物たちがそれぞれの思いを吐き出すようにラップし、未来のために前を向く印象的な場面はアニメのハイライトとなっている。
今回のプロジェクトは『日本沈没2020』で重要な役割を果たすキャラクター、カイトを演じる声優の小野賢章、バーチャルシンガーの花譜、ラッパーDaichi Yamamoto、シンガーソングライター向井太一の4人が参加し、アニメ本編と同じくKEN THE 390がラップ監修したオリジナル楽曲“シズマヌキボウ”、そして同じくKEN THE 390を起点としてSNS上でのラップリレーを行う「#キボウのマイクリレー」、自分にとっての大切な風景、かけがえのない瞬間を今一度考えるために、未来に残したい日本の写真や画像を投稿する「#キボウの風景」の3企画からなる。
今回FNMNLでは、楽曲“シズマヌキボウ”のリリック考察と、楽曲参加アーティストの一人であるDaichi Yamamotoへ今回の出演オファー、リリック執筆、作品についてなどインタビューを行った。
文:山本輝洋
取材・構成:島田舞
スペシャル楽曲“シズマヌキボウ”のリリックを読み解く
今回発表された”シズマヌキボウ“は、『日本沈没2020』のスピンオフ企画“シズマヌキボウ”プロジェクトの一環として制作された楽曲だ。参加メンバーは声優の小野賢章、バーチャルシンガーの花譜、Daichi Yamamoto、向井太一という異色のラインナップ。この4人が、アニメ本編と重なり合うようにそれぞれの言葉を紡いでゆく。
そもそも今回のプロジェクトの元になったのは、アニメ本編で過酷な環境を生き延びたキャラクターたちが、YouTuberのカイトをきっかけにサイファーを行うシーン。本編でも登場人物たちが各々の胸の内に抱える苦悩や葛藤をラップという形で吐き出してゆくが、“シズマヌキボウ”でもカイトのヴァースを起点に、参加アーティスト4人がそれぞれ自身の抱える苦しみ、ひいては今の日本における問題を浮き彫りにする。また、各ヴァースにアニメ本編のエピソード名がキーワードとして織り込まれているのも特徴の一つだ。
トラックはMPCプレイヤー熊井吾郎とKEN THE 390が手がけたもの。メロウかつシンプルなブーンバップを基調に、それぞれのヴァースに合わせて徐々に展開が変化する構成となっている。
劇中でのサイファーと同じくカイトの「吐き出しな全部 その心のうち」という呼びかけに続くバーチャルシンガー花譜のヴァースでは、社会での生きづらさを感じている人々が押し付けられるジェンダーロールについて歌われる。「結婚して 安定して 生きるのが 普通 なんて言葉きく度に感じる コノセカイノオワリ」「愛の形なんて人の数 あるって信じたい 好きなメイク 好きな格好 違いを認め合いたい」というリリックは、保守的な価値観から理想とされる恋愛や家庭のあり方、またセクシャルマイノリティに対する理解が進まない現状を踏まえたものだ。劇中、とある登場人物のジェンダーについてのバックグラウンドが示唆されるが、当然現在の日本を描き出す上で、同性婚や夫婦別姓が認可されない、「性」や「家族」という概念のアップデートが遅れている状況を無視することは出来ない。
Daichi Yamamotoのヴァースでは、日本とジャマイカにルーツを持ち日本で育った彼自身の経験も題材とし、日本で生きる中で受けた差別や「普通の日本人」とは異なる出自、容姿を持つ苦しみが歌われる。
ありのママサイテも ありのまま伝えても
聴こえない声をお前は聴く気はないだろう?
前髪がなびく君の様になりたかったよ
黒い肌を憎んで 涙ぐんだ夜
苦しみ漂う 世の中にただ酔う 俺はdrunken
醜い俺はフランケン
俺に触れて後ろで手を洗う友達
似顔絵を肌色で塗らせた過ち
先述の通り“シズマヌキボウ”はそれぞれのリリックにアニメ本編のエピソード名が織り込まれているが、ここでは終盤のエピソード「ママサイテー」のタイトルが別の意味の言葉として挿入されている。劇中でも日本人の父、フィリピン人の母を持つ主人公が差別を受けるシーンなども登場するが、本来そういった文脈で放たれたセリフである「ここは日本で、お前は日本人だ」が、曲中ではまた違った意味を帯びて用いられている辺りも興味深い。
続くパートは主人公、歩によるラップがフルで使われる。
ごちゃごちゃうるさい 外国だ日本だって
国どうしで比べる そんなの意味あるの?
どこも良いところもあるし悪いところだってある、
良い人に悪い人 そうでない人だっている
どこでも犯罪はあるし、どこでもキセキはおきる
あーだこーだうるさい もう決めるのは自分
もともと地球上に線なんてみえないのになんで??
この国の人はこんな人ってきめつけはナンセンス
私はようやく気づいた それがこんなタイミング
どこでよりも誰との方がずっと大事
わたしはここにいる人がいればそれで生きていける
ここが私の大地 アースだ サンキュー!
劇中のサイファーにおいては、IT先進国エストニアで生活することを夢見る主人公の弟・剛と、「日本にだって良いところはある」という立場からラップをするキャラクター春生によるバトルを踏まえてラップされたヴァースだが、ここでは“シズマヌキボウ”という楽曲が語らんとするテーマを代弁する役割を帯びているようだ。
カイトを演じる小野賢章によるラップは、「あったこともない奴から心ないコメント 不祥事やらスキャンダルですぐに埋まる トレンド」「金もない 仕事ない 駆け出しの時代 から 俺はずっと思ってた このままじゃ終われない」と、カイトではなく彼自身の目線から歌われているような内容がラップされる。現代社会で人前に出る仕事を選んだが故の苦悩や、そこに向けた覚悟などが歌われている。
“シズマヌキボウ”でフックのような役割を果たす向井太一のボーカルは、これまで登場したアーティストたちによる具体的なトピックを題材にとったラップと異なり、より抽象的かつ普遍的なアイデンティティに対する迷い、表現の苦しみが歌われる。
楽曲の後半はそれぞれの苦悩、葛藤を歌い上げる前半部から、各々の苦しみを受け入れた上で日本という社会、そして自分自身に見る希望が歌われてゆく。
花譜による「“これが普通”“これが幸せ”外す足かせ 私たちはとらわれずに進んでいく 明日へ」、Daichi Yamamotoの「俺は俺のままで君は君のままで 全て許す涙」「過去を写すバックミラー ヒラカレタトビラ」といったリリックは、いずれも前半部でラップされた内容を踏まえて前に進んでゆくことを意味している。
『日本沈没2020』は、日本の国土が海中に消失してゆくというショッキングな災害を経て、人々がどのように「日本」という国を捉え、そして生き延びてゆくかを描いた作品だ。現実でも地震や豪雨のような自然災害やパンデミックが我々の生活を脅かす中、劇中のキャラクターと同じく人間の醜い面や、これまで見て見ぬ振りをしてきた問題が次々と浮き彫りになっていくような感覚を覚えた方も少なくないだろう。“シズマヌキボウ”は、『日本沈没2020』で描かれたテーマを補完し、より身近に感じさせることに成功した楽曲だ。
Daichi Yamamotoインタビュー
- このようなアニメやドラマ作品に参加作品が起用されたのは、Daichi Yamamotoさんにとっては初だと思うのですが、最初依頼が来た時はどう思いましたか?
Daichi Yamamoto - ビックリしました、自分にできるか不安でした。嬉しかったですが。
- 他の参加者が、声優の小野賢章さんや、話題のバーチャルシンガー花譜さん、シンガーソングライターの向井太一さんで、今までにない異色のコラボレーションとなっています。当共演に当たっての感想をお願いします。
Daichi Yamamoto - 皆さん違うフィールドで活動をされている方達なので凄いバランスですよね、僕は自分を出しながらどうやってマイクリレーの前後の繋がりを保つか意識しました。
- 普段あまり関わりのないアーティストから受けたインスピレーションはありましたか?
Daichi Yamamoto - 小野さん歌い方感情の込め方が上手いなと、声優さんってすごいんだなと勉強になりました。
- 当楽曲はストーリーの鍵となりますが、アニメのストーリーや他の共演者など、リリックを書く上で何か意識された事はありましたか?
Daichi Yamamoto - リリック書くまでアニメはあえて見ずに、自分の経験に忠実に書きました。
- 前半部分のDaichiさんのリリックにて
ありのママサイテも
ありのまま伝えても
聴こえない声をお前は聴く気はないだろう?
前髪がなびく君の様になりたかったよ
黒い肌を憎んで涙ぐんだ夜
苦しみ漂う世の中にただ酔う
俺はdrunken
醜い俺はフランケン
俺に触れて後ろで手を洗う友達
似顔絵を肌色で塗らせた過ち
と日本人でありながら、肌の色の違いで受けた差別や苦悩について綴っています。主人公の2人(歩と剛、両者とも父親が日本人で母親がフィリピン出身のミックス)も差別を受ける描写がストーリー内に登場し、一部の日本人の排他的な側面が浮き彫りになっています。Daichiさんが今までに経験した差別や、Daichiさんから見た日本国内での人種差別についての考えをお伺いしてもよろしいでしょうか?
Daichi Yamamoto - 僕よりもっと過酷な経験をしてる人はいると思うし、見た目からではない差別も日本では多いんじゃないですかね?だからと言ってこういう場に自分が参加させて頂いている以上、発言の影響力が低いわけでは無いので、誰か一人でもいいので救いになればいいなと思って歌詞を書きました。
辛い時は辛いって言える環境であって欲しいし、相手の立場に立って想像するのが大事だと思います。
- 後半では一転し
変わりたい
伝えたい
踊りたい
俺は俺のままで君は君のままで
全て許す涙
君の波に乗りな
握り締めた手のひら
過去を写すバックミラー
ヒラカレタトビラ
過去に心を痛めつつも、前向きに未来への「キボウ」を綴っています。Daichiさんにとって前向きになるためのきっかけや、自分を愛し許すための心がけはなんでしょうか?また、楽曲制作を通しての心境の変化はありましたか?
Daichi Yamamoto - 友達との会話が大きかったです。人に言いたく無い家庭の事情を話してくれたり、思い出したく無い出来事を振り返ったりする中で、自分の話もフラットに話せるようになりました。
経験は白か黒かじゃなくてグレーな気がして、皆いろんな傷を抱えながら生きているし、寧ろこれが自分の普通なんだって思うようになってから前向きと言うか「幸せになるために行動しよう」とフラットになりました。
楽曲制作を通しての心境の変化は特になかったですがこんなラップして良いのかなと不安でした。
- 当アニメを初めて見た時の感想を教えてください。
Daichi Yamamoto - まだ途中なので、「自分だったらどうするかな」とか思いながら見てます。そして大貫妙子さんが歌って坂本龍一さんの作る主題歌がかっこいいなと思いました。
- 元々アニメなどは好きですか?好きなアニメなどあれば教えてください。
Daichi Yamamoto - 漫画派ですが、サムライチャンプルー、ルパン三世、あと『君の名は』をイギリスの映画館で見たのが妙に印象に残ってます。
- MV撮影についてお伺いします。Daichiさんのパートは、湖がバックでしたがあれはどちらでしょうか?また、MV撮影にあたっての流れや印象に残っている事があれば教えてください。
Daichi Yamamoto - 山梨県の山中湖です!雨降ってて寒かったです(笑)沢山スタッフの方がいてなんか謎に申し訳ない気持ちと戦いながらの撮影でした。あと前日入りした宿のお母さんがファンキーで思い出に残ってます。
- 最後に、アニメの視聴者にむけてメッセージをお願いします。
Daichi Yamamoto - 時期も時期なのでスピンオフ各々のタイミングで見てもらえたら嬉しいです。
Info
Netflixオリジナルアニメシリーズ『日本沈没2020』
配信日
Netflixにて全世界独占配信中
作品ページ
netflix.com/日本沈没2020
エピソード:全10話
キャスト
武藤歩:上田麗奈/武藤剛:村中知/武藤マリ:佐々木優子/武藤航一郎:てらそま まさき/
古賀春生:吉野裕行/三浦七海:森なな子/カイト:小野賢章/疋田国夫:佐々木梅治/
室田 叶恵:塩田朋子/浅田 修:濱野大輝/ダニエル:ジョージ・カックル/大谷三郎:武田太一
原作:小松左京『日本沈没』
監督:湯浅政明
音楽:牛尾憲輔 脚本:吉高寿男
アニメーションプロデューサー: Eunyoung Choi シリーズディレクター:許平康
キャラクターデザイン:和田直也
フラッシュアニメーションチーフ:Abel Gongora
美術監督:赤井文尚 伊東広道
色彩設計:橋本賢
撮影監督:久野利和
編集:廣瀬清志
音響監督:木村絵理子
アニメーション制作:サイエンスSARU
ラップ監修: KEN THE 390
主題歌:「a life」大貫妙子 & 坂本龍一(作詞:大貫妙子/作曲:坂本龍一)
公式HP
http://japansinks2020.com/
公式twitter
https://twitter.com/japansinks2020
製作:“JAPAN SINKS : 2020”Project Partners
©“JAPAN SINKS : 2020”Project Partners
※7月18日より"シズマヌキボウ"のスペシャルTVCM(60秒)放映開始