2009年から2015年まで放映され、現在も根強いファンベースを持つ『コミ・カレ!』(原題、Community)が4/1からNetflixで配信され、「世界(のとくにヒップホップ・ファン)がガッツポーズをした」状態になっている。これ、Childish Gambinoことドナルド・グローヴァーの出世作なのだ。全6シリーズ、各25分前後とはいえ110エピソードあるので、準備運動代わりに『コミ・カレ!』鑑賞にあたっての見どころと注意点を記したい。
文・構成 : 池城美菜子/Minako Ikeshiro
日本では以前、huluで配信され、いまはAmazon Primeでも無料レンタルで見られるため、馴染みのある海外ドラマのファンもいるだろう。日本国外ではhuluでずっと配信されていたが、尖ったコンテンツを好むNetflixの視聴者層と相性がいいようで、強力なオリジナル作品が続々公開されるなかレーティング、話題性ともに大健闘中だ。海外のエンタメサイトは、その現象をトップニュースとして報じ、なかには「ストリーミング戦争(Streaming War)」との物騒な言葉を出して、「『フレンズ』を失っても、『コミ・カレ!』を獲得したNetflixは大丈夫」との極論を述べる媒体も出てきた。最初に結論を書くと、『コミ・カレ!』はシチュエーション・コメディ(シットコム)としては非常に凝った作品で、注意深く鑑賞したほうがその面白さがわかる。映像や音楽、ファッションにおいて、先に行き過ぎていると、まずコアファンに気に入られ、数年遅れで大流行りするケースがある。たとえば、HBOで放映された『セックス・アンド・シティ』もシーズン2くらいまでは、リアルタイムで観ている人は少なかったと記憶している。『コミ・カレ!』は放映中からそこそこ話題になったが、放映後もファンを増やして現在に至る。
原題の『Community』は、舞台となっている「コミュニティ」カレッジと、共同体という意味のダブルミーニング。日本の教育制度にはないコミュニティカレッジは、地域に根ざしている準大学であり、ふつうの大学に行くには経済状況や成績が追いつかない人を救済している。アメリカは社会に出てから学び直す人が多いので、生徒の年齢層は幅広い。私は渡米したばかりの頃、英語のコースに半年ほど通ったが、そこで英語力をつけて正規の学科に進む留学生が多かった。学費が安いため、コミュニティカレッジを卒業してから4年制の大学に転入して学士号を取得する裏技もある。また、専門学校のように、学位よりも実践的な知識や技術が必要な人にとっても効率がいい。
『コミ・カレ!』は、コロラド州のグリーンデールという架空のコミュニティカレッジに集まった、人種も年齢もバラバラの7人が「スタディグループ(勉強会)」を作り、そこでの出来事を通して人間的に成長しつつ、学歴としては誇りづらい学校(=自分の居場所)に愛着を持つ話だ。2009年から2014年まで3大テレビ局のひとつ、NBCの木曜夜8時に放映されていた。ジャンルとしては、『フレンズ』や『となりのサインフェルド』と同じシットコム。シットコムは、家や店、オフィスなどいくつかの決まった場所(シチュエーション)で、主要人物が毎回予想の範囲内のドタバタ(コメディ)をくり広げるのがお約束。月日の流れともに人間関係は微妙に代わるけれど、視聴者が見たいのは「学ばない人々がくり返すわちゃわちゃ」である。たとえば、『フレンズ』のレイチェルは最終回まで助けてもらって当然と思っているお嬢様だったし、『となりのサインフェルド』のクレイマーは何者か不明だった。アメリカのドラマには、人種別のカラーコードが存在する。白人が多いドラマでは黒人はあくまで脇役で、黒人向けにはわざわざオール黒人キャストの番組が別に作られるのだ。00年代は、アメリカの人口構成の変化に合わせ、ラティーノやアジア系が主人公のドラマが増えたという背景がある。
『コミ・カレ!』の新しさは、勉強会のメンバーの年齢や人種がバラバラっだったこと。前年にアメリカ初の黒人大統領が誕生したばかりで、タイムリーであり、新鮮だった。7人の主要人物のうち、2人が黒人で1人はアジア系。ファースト・シーズンこそ白人のイケメン、ジェフ・ウィンガーを中心に話が回っていたが、徐々にパキスタン人の父とポーランド人の母をもつ、アーベッドの存在が目立つようになる。彼は、映画とテレビをこよなく愛するオタクであり、それらのネタを現実にかぶせて生きている。ゴールデンタイムに放映されるシットコムにしては、マニアックなほど映画やテレビの引用やパロディがよく出てくるのが『コミ・カレ!』の持ち味であり、いまでもカルト的なファンが多い大きな理由である。また、クリエイターのダン・ハーモンの脚本はよく練られ、表面上はバカバカしいストーリーでも、登場人物の心理描写は丁寧である。人種や宗教、戦争といった、それまでなら「職場やパーティーで話題にしないほうがいい」とされていたトピックを、パロディの形で風刺し、多様性や違う価値観を重んずることの重要性をくり返し見せた。
オタク(ギーク)が主人公のシットコムといえば、2007年にスタートした『ビッグバン・セオリー/ギークなボクらの恋愛法則』を思い出す人もいるだろう。ライバル局のCBSは、『コミ・カレ!』の人気を見て、2010年にセカンドシーズンが始まったときにまったく同じ時間帯に移動させた。結果、『コミ・カレ!』は『ビッグバン・セオリー』を相手に、視聴率争いで苦戦することになる。(何を隠そう、私も気楽な『ビッグバン』を選ぶことが多かった)。『ビッグバン・セオリー』は観客の笑い声をあえて入れる昔ながらのシットコムであり、重層的な作りで観客に知性を求める『コミ・カレ!』は旗色が悪かったのだ。5シーズンで打ち切られたあと、ファンの要望によりyahoo ! Screenが6シーズン目を作ったが、主要キャスト7人のうち3人がいなかったので、雰囲気はだいぶ変わっている。それが、2020年にバズり、番組内でしばしば言及された「6シーズンと映画」通り、この勢いだと映画制作もありえる状況になってきた、という流れだ。
以上を踏まえて、登場人物一覧を読んでほしい。なお、カッコ内は年齢である。
ジェフ・ウィンガー(34→40)
大手法律事務所に勤め、お金のかかるライフスタイルをしていたモテ男だが、学歴詐称がバレて学位を取り直すためにグリーンデールに入学する。一応、主人公。アメリカの勝ち組である彼が、学校で自分を見つめ直し、再出発を果たすのが『コミ・カレ!』全体の大枠である。元弁護士らしく、最後に気の利いたスピーチをして場をまとめることが多い。演ずるジョエル・マクヘィルはエンタメ(というかゴシップ)専門局『E!』のスポットニュース番組「スープ」を担当、軽妙(軽薄)な語り口で知名度が高かった。
ブリッタ・ペリー(28 →34)
理想と正義を求めて活動家になるが、挫折してグリーンデールに。顔良しスタイル良しのアメリカンビューティーだが、情報収集力や客観性に欠け(要するに、あまり頭がよくない)、要らないところで正論を吐いて「バズキラー(盛り下げ役)」と怒られる。浄水器のブリタに名前が似ているため、からかわれる。志が正しく心根も優しいが、自己評価が高く、古くからの女性性を否定するのは、アメリカ女性に多い特徴だ。演ずるギリアン・ジェイコブスにとっても出世作になった。
シャーリー・ベネット(38→44)
夫にストリッパーと浮気をされたシングルマザー。2人の息子を養いながら通っている。敬虔なクリスチャンであり、「That's nice(まぁ、すてき)」が口癖。緊急時は現実的で正しい判断ができ、親切で温かいが、怒らせると非常に怖いという設定は、黒人女性のひとつの典型である。地に足のついた彼女の目標が真っ先に叶うのが、このシットコムの良心だと思う。教会仕込みらしく、歌が上手。それが故、全員で歌う場面でトロイことChildish Gambinoが目立たなくなるマイナス面がある。
アニー・エディソン(18 →24)
ユダヤ系アメリカ人の優等生。過剰に達成感や成功を追い求める、いわゆる「オーバーアチーバー」。そのため、高校時代はスマートドラッグであるアンフェタミン系のアデロールにはまり、リハビリ行きとなった。また、フットボール部のスター、トロイに片思いするもまったく眼中に入っていなかった過去を持つ。親から自立するためにグリーンデールに入学、貯金だけで暮らすという厳しい状況にいる。アメリカで社会問題化している若年層のドラッグ問題を絡めつつ、アニーがあくまでも前向きという設定そのものにメッセージがある。
ピアース・ホーソン(63〜)
ウェットティッシュ会社の御曹司で、12年も大学に通っている。人種や性別の差別的な発言をくり返すトラブルメーカー。ある種の白人男性を代表する存在であり、はみ出しものだらけのグループでさえ、除け者を置くことで団結する真理を表しつつ、金持ちで考え方が古い彼をいなし、うまくつき合うことで残りのメンバーが成長するストーリーは、アメリカ社会の縮図になっている。演ずるシェヴィー・チェイスは『サタデー・ナイト・ライヴ』のオリジナル・キャストでもあるコメディアンだ。
アーベッド・ナディア(20代前半→20代後半)
前述のようにパキスタン人の父親とポーランド系の母親を持つが、母は家を出ている。作り手であるダン・ハーモンの分身であり、映画とテレビについて広範な知識を持ち、会話のほとんどで引用する。アスペルガー症候群らしく、空気が読めない。ライバル番組の『ビッグバン・セオリー』で似たような性格のシェルダンが出てきたが、彼は天才科学者であり、アーベッドはしがない映画科の生徒だ。アジア系の外見と重度のコミュ障を持つアーベッドは、表向きはマイノリティであり、ほかの登場人物と視聴者から心配される対象である。だが、妄想の世界と共存しつつ物事の本質を見破る彼こそ、インターネット内もひとつの現実である時代における新種のヒーロー像だと思う。演ずるダニー・プディは実際にインド人の父とポーランド系の母を持つ。
トロイ・バーンズ(18 →23)
この役でChildish Gambinoこと、ドナルド・グローヴァーが世に出た。ラッパーからハリウッド俳優になったウィル・スミスやアイス・キューブ、LLクール・Jらの逆コースである。トロイは高校では大学の推薦入学も約束されたフットボールの花形選手だったが、プレッシャーに負けてわざと負傷し、グリーンデールに入学した。グループ内でバカにされないようにがんばってしまうが故に、バカなことをしでかす役どころ。アーベッドに感化され、内なるオタク性を開花しさせる2シーズン目から、本領を発揮する。アーベッドとの友情は非常に濃く、彼らの性的なニュアンスを含まないタイプの「ブロマンス」がシリーズの人気を引っ張った。強い同志愛を指すブロマンスは、ホモフォビックが強いブラック・カルチャーではあまり描かれないため、結果的にドナルドはこの分野でも先駆者となったわけだ。また、トロイが「エホバの証人」を信じる家庭で育ち、クリスマスを祝わず、酒も飲まないという設定はドナルド本人のバックグラウンドをそのまま使っている。時々、ラップや歌を披露する。『This Is America』で彼を知った人は、衝撃を受けると思う。
ほかに、シーズンごとに役回りが変わる中国系のベン・チャン(コメディアンのケン・チョン)、コスプレ好きの学長(ディーン)のクレイグ・ペルトン(ジム・ラッセル)など、クセの強い重要キャラクターがいる。字幕で細かいサブカル・ネタはたびたび省略されるが(多すぎるのでしかたがない)、『コミ・カレ!』は人種で分断されがちなアメリカでは「こうだったらいいのに」という理想を、ひねったジョークで表現したドラマだ。現実はそれほど甘くなく、Childish Gambino演じるトロイがシーズン5の途中で退場したのは、シェヴィー・チェイスが人種差別的な発言をしたせいだ、という情報もある(シェヴィーが先に降板している)。興味を持った人はは、とりあえずシーズン1と2を観てほしい。私のおすすめエピソードをざっと挙げると、S1-21「チキンフィンガー大戦争」、S1-23「激闘! ペイントボール大会」、シーズン2全部、S3−4「あの日 あの時 あの場所 引っ越し祝いパーティー」、S3-10「ショータイム! 勉強会の聖なる夜」、S3-14「トロイとアベッド 枕とブランケット」、S4-11「トロイがアベッドで アベッドがトロイ」、S5-4「トロイ マグマとともに去りぬ」、S5-11「ゴー! G.I.ジェフ!」。ドナルドが出ておらず、登場人物がだいぶ違う最終シーズンも、風刺がだいぶ効いていて面白い。
ストリーミングサーヴィスに慣れると、たくさんの作品を観ようとつい流し見をしてしまうが、『コミ・カレ!』はそれだと理解が追いつかないシットコムだ。ぜひ、正面から向き合い、西部劇や名作映画から拝借したネタを探しながら、じっくり鑑賞してほしい。
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