今なお多くのファンを惹きつけてやまないJ Dillaのビートの秘密を探った書籍『J・ディラと《ドーナツ》のビート革命』。Q・ティップ、クエストラヴ、コモンほか盟友たちの証言から、彼のクリエイティビティに迫った同書の刊行を記念したトークイベントが、昨年10/18にJAZZY SPORT SHIMOKITAZAWAで開催された。
登壇者は本書の翻訳者にしてラッパー/ビートメイカー/批評家としても活動する吉田雅史と、J・ディラを音楽人生で最も影響を受けたプロデューサーに挙げるDJ Mitsu the Beats。大ファンであり自身もビートメイカーとして活動する2人だからこそのトピックが飛び出したトークイベントの模様を、FNMNLで前後編に分けて公開。J Dillaの命日である2/10に公開した前編に続き、今回お送りする後編ではいよいよJ Dillaのキャリアの後半にフォーカス。『Ruff Draft』や『Donuts』などの不朽の名盤を、二人はどう読み解くのだろうか?
吉田 - 今度は第3の時期を見てみましょう。ここでもまたスタイルが変わっていきます。『Welcome 2 Detroit』のサウンドから『Ruff Draft』や『Champion Sound』へと一気にシフトしますが、ここではディラの人生における唯一無二のパートナーであり、ライバル的な存在でもあるマッドリブと出会う。そして『Champion Sound』を一緒に作るわけですよね。この時期はどういう聴き方をしていましたか?
Mitsu the Beats - 僕はこの第2期と第3期のあいだに一度「ディラ離れ」したというか、ちょっと方向性がわからなくなってしまいました。
吉田 - それは自分の方向性ですか?
Mitsu the Beats - いや、ディラのです。
吉田 - 「もう君にはついていけない」みたいな?
Mitsu the Beats - 黄色いラベルの貼られた、フランクン・ダンクか誰かの結構イケイケなビートの曲がABBから出た時に、「あれ、ちょっと俺の好きな方向じゃない」と思ってしまった。
吉田 - すごいわかる。
Mitsu the Beats - 当時仙台に「Wild Style」というお店があって、そこで働いていたグルーヴマン・スポットことKOU-G君と話したのを覚えてますね。こんな風になっちゃったんだ、みたいな。「BLAST」か「FRONT」か忘れてしまいましたが、雑誌でもディラのことをあまりよく思っていないという発言をしていたはずです。
吉田 - 「あいつどうしちゃったんだよ」みたいな?
Mitsu the Beats - ちょうどその時は、自分の中でいまいちピンとこなくて。今はそういうスタイルも大好きなんですけど、当時はどうしても理解できずに、一度離れた時期がありました。その後『Ruff Draft』と『Champion Sound』で戻ってきました。
吉田 - ということは、だいぶあとから好きになったということですか?
Mitsu the Beats - フランクン・ダンクのプロデュース曲があんまり好きじゃなかったというだけなんですけどね。
吉田 - それはすごくわかるなあ。僕も「当時から全部わかってたぜ」みたいな顔をしてるんですけど、実は『Champion Sound』を最初に聴いた時は「え?」というか、ディラに求めるものはこれじゃないという気がしちゃったんですよ。自分の8th wonderっていうグループで、ドロドロでダークで暗黒的な音楽をやっていて「アングラ・イズ・ザ・ベスト」という状態だったこともあり、『Champion Sound』みたいなアッパーなものに対する拒否反応があったと思うんです。でもあとから聴いた印象は全然違った。特に『Ruff Draft』は、今では自分にとって特別なアルバムです。では、この時期から1曲を選ぶとしたらどれですかね?
Mitsu the Beats - 『Ruff Draft』のイントロはかっこよくないですか? 声だけのやつ。ディラの話をしているのに曲を聴かないという(笑)。
吉田 - やっぱかっけー!
Mitsu the Beats - これをイントロに入れちゃうところがかっこいいです。
吉田 - 「straight from the motherfuckin’ cassette」って台詞がやばいですよね。先日『Ruff Draft』のオルタネイト・バージョンも新しく出ましたよね。
Mitsu the Beats - まだチェックしてないんですけど、何が違うんですか?
吉田 - 結構違うんですよ。なんとあろうことか、イントロはビートありで、さらにオリジナルとは違うテイクの声が乗ってるんです。ele-kingさんで書いたレビューでも触れたんですが、ビートメイカーが自分の声を入れること自体があまりない。
Mitsu the Beats - そうですね。
吉田 - この本にも出てきますが、ヒップホップ黎明期はビートメイカーという存在自体がラッパーの後ろに隠れてしまっていて、ビートなんてその辺にあるやつで良くない?みたいな風潮だった。そんな中で、マーリー・マールがビートメイカーとして最初に自分のソロアルバムを作って、「俺がこの音を作っているマーリー・マールだ」とアピールするわけですよね。それはピート・ロックにも引き継がれて、たとえばリミックスした曲のイントロで「another Pete Rock remix」なんて言ってます。最近だったらDJマスタードとかメトロ・ブーミンとかがネームドロップしますけど、その先駆けがマーリーだった。ディラはラップもするので、そういった意識は大いにあったと思うんですけど、ビートメイカーの思いを曲の最初にアカペラで言っちゃうのは珍しい。ギャングスターの『Moment of Truth』には、「スクラッチネタやサンプルネタをばらしたりチクる奴ら、いい加減にしろ!」「お前らはヒップホップのなんたるかが全くわかってねえ!」とDJプレミアがシャウトするインタールードがあるんですが、それは熱いんで聴いてください。本当にやばいです。血管が切れそうな勢いで言ってる。言い方がマジすぎるっていう(笑)。それに比べるとディラは若干テンションを抑えめですけど。まさかMitsuさんがこれを選ぶとは思わなかったので意外でした。
Mitsu the Beats - 本の中では、ディラはラッパーとしての評価が低いって書いてありましたが、僕は全くそうは思わなくて、むしろ一番好きなくらいです。昔から一緒にやりたいと思っていて、いつかラッパーとしてフィーチャリングするのが夢でした。内容がないとか書かれてたじゃないですか。そういう視点ももちろんあると思うんですけど、楽器としてのラップのフロウがめちゃくちゃかっこいいと思っています。誰かのリミックスで凄いラップしてる曲があって、ヨーロッパのアーティストの速いやつなんだけど思い出せない……。
客席 - フォー・テット?
Mitsu the Beats - そう、フォー・テットのリミックス[注:”As Serious As You Like It (Jay Dee Remix)”]。好きすぎて、DJの時は後半のラップまでかけないと気が済まないぐらいです。
吉田 - スラム・ヴィレッジは3人ともまず声に特徴があって、凄くパーカッシヴじゃないですか。T3も鼻にかかった声がかっこいい。リリック的には下ネタというかエロい曲が多いから、当時は「トライブ(・コールド・クエスト)ミーツ・ 2ライヴ・クルー」と言われたりしてましたね。別に誰もがリリカルなものを求めてるわけじゃないし、そこまで極端じゃなくても、エロネタの曲ならほかにいくらでもあったんですが、日本でもやはり彼らのことをネイティヴ・タンの枠組みで語りたがるところがあったと思う。だからある程度コンシャスな、メッセージ性があるものを期待していたのに、スラム・ヴィレッジの歌詞を読んでみたら、これはちょっと……という反応が結構あったんですよね。だからリリックだけで判断されて、低評価の烙印を押されたようなところがあるんですよ。フロウやサウンドはめちゃくちゃかっこいいのに。もちろん、ディラは自分のことを第一にはビートメイカーとして考えてただろうけど、『Shining』を聴くと、それと同じぐらいラッパーであることも大事にしているのがわかります。MitsuさんもDJとビートメイカーというふたつの肩書をお持ちですが、それぞれどういう位置づけで考えていますか?
Mitsu the Beats - 僕は一応、DJ Mitsu the Beatsという名前でやってますけど、自分のことをDJだとは全然思ってなくて。
吉田 - え?マジですか?
Mitsu the Beats - 名前から「DJ」は取ってもいいんじゃないかと話していたぐらい、やっぱり僕は曲作りがメインだと思っています。もちろんDJはずっとやっていて、DJとして海外に呼ばれることもあるんですけど、どちらが中心かと聞かれると、もちろん曲作りになります。
吉田 - 自分の曲をビートメイクする際に、DJの視点だとやっぱり今作ってるその曲が、DJプレイの中に置かれた時のことを想像してしまうのではと思ったのですが、そういうことはありますか?
Mitsu the Beats - そこに縛られちゃうことも多くて、一時期ちょっと悩みました。特に2010年ぐらいまではクラブでプレイすることしか意識してなくて、そのためにどういう曲にするかを考えていました。そうしたことを気にしなくなったのは、ここ7~8年ぐらいです。
吉田 - 逆にそれが足かせになってしまうんですね。ディラも最初は「DJシルク」という名前のDJからキャリアを始めていて、毎回新しいシルクシャツを着てDJをやっていたという。ディラは頭がよくて航空学校に行けたから、彼の母親としては息子に勉強を頑張ってほしかった。でもDJシルクはお客さんを結構呼んでいて、これは自分がやりたいことだから評価してほしいと主張する。最終的には母親も応援してくれて、シルクのシャツを買ってくれたみたいです。ディラも最初はDJとしてお客さんを沸かせて、ダンスミュージックを自分でも作りたいというところからスタートしているから、『Champion Sound』がバウンシーになったことも含めて、やっぱり躍らせるという体験が最初にあったのは結構大きいのかなって思います。それはMitsuさんも同じですか?
Mitsu the Beats - そうですね、最初はやっぱりお客さんを踊らせることに興奮を覚えました。その頃は仙台から車でギネス(レコード)に買いに行って、仙台に戻って来て「一番最初にこの曲をかけるぜ」みたいな感じでした。ほかにも町田のフリークスとかにみんなで買いに行って、帰ったらDJでかけるというのを繰り返していた。そうした時期を経て、日本語ラップの曲を聴き始めた95~96年頃に、トラックがいまいちかっこよくないなって思っちゃったんですよ。別に悪く言うつもりはないですけど、自分が聴いている海外の音楽よりも、全体的に劣っているような感じがしてしまった。その時はまだ全然作ってませんでしたけど、自分でも作れるんじゃないかなと思っちゃって。DJをやっていて、自分がかけられるレベルの曲が少ないなと思ったのが曲作りのきっかけのひとつでした。
吉田 - Mitsuさんのビートメイクの原点はそこから始まっているんですね。
Mitsu the Beats - ここで思い出した話をしてもいいですか?
吉田 - どうぞお願いします。
Mitsu the Beats - この本の中で、ディラは人と会う時には必ずビシッときめた格好をして、服装に人一倍気を遣っていたと書かれているのを読んで思い出したのですけど、僕はディラに会ったことがあるんです。HUNGERと一緒にLAに行った時に、フリーマーケットでレコードショウもやっていてレコードを掘りに行ったんです。そこにディラがいると聞きつけて会いに行きました。
吉田 - それは偶々いたんですか?
Mitsu the Beats - 偶然でした。それからマッドリブもいました。
吉田 - うわ、それはやばい。
Mitsu the Beats - インスタに昨日写真を載せたんですけど、その時のディラの格好はソックスも靴も、何から何まで真っ白で、全身パリッとした新品みたいな服を着ていたんです。青空レコ市にその格好で来る?みたいな。それくらい綺麗な格好をしていたのが、凄く印象に残っています。一方、僕が昨日「Mitsu the Beatsさんですよね?」って家の近くで話しかけられた時の格好ときたら、帽子も取って、だらっとしたスウェットを着た、まさにコンビニに行くような姿です(笑)。この本を読んで、ディラはやっぱり普段から服装に気を遣っているということがわかって、興味深かったです。人柄も本当に気さくで、「お前ら日本から来たのか? 写真撮ろうぜ」みたいなノリでした。確かその時はすでに一度来日していて、「いつかまた日本に行きたいと思ってるんだ」というようなことを話していた記憶があります。
吉田 - それはいつの話ですか?
Mitsu the Beats - 確か2005年辺りですね。その頃はもう体調が悪かったはずですけど、全然そんな感じはしなかった。少ししか話せなかったのでお願いはできませんでしたが、いつか絶対一緒に曲を作るんだと心に決めた思い出があります。
吉田 - 今だったらDJキャレドみたいに派手な人もいるけど、生粋の職人気質のビートメイカーでそのような自意識を持っている人は、あまりいないと思う。それがどこに由来しているのかと考えた時に、ディラの場合はもうひとつラッパーのペルソナがあることが関係しているのではないかと。また、デトロイトの警察から執拗に職質を受けたり、差別的な扱いをされていたことも、彼の中の経験として大きなものになっていると思う。そんな扱いを受けるような覚えはないし、自分は立派に自立したひとりのミュージシャンとして世界でやってるんだという感覚も、おそらく相当にあったと思うんですよ。そういうのが彼の美学の一端になっていた気もします。
Mitsu the Beats - 服にこだわって、パリッとしていたせいで職質を受けたっていうのもあるんですよね?
吉田 - デトロイトで綺麗な格好をしているということは、すなわち……。
Mitsu the Beats - お前はドラッグディーラーだろ、というわけですね。
吉田 - そんな不条理への憤りを原動力にして”Fuck the Police”という曲まで作ったわけですよね。さて、それではいよいよ最後の『Donuts』の時期の話をしたいんですけど、これはリアルタイムで聴きましたか?
Mitsu the Beats - はい。でも初めて聴いた時は、これは要らないなと思ってしまいました。
吉田 - ええー!!
Mitsu the Beats - あくまで最初の印象ですよ。ああこういう感じか、じゃあ別に買わなくていいやみたいな。そのあとで好きになったんですけど、短い曲に慣れてなかったせいもあって、一番最初に聴いた時はそう思ったんです。試聴機でレコードを聴きましたけど、パッパッパッと飛ばして、これを買うぐらいだったら”Two Can Win”とかが入ってる12インチの方がいいやと思ったのが第一印象でした。今でも好きじゃないと言う人は周りにたくさんいますし、意見の分かれるアルバムだと思います。
吉田 - さっきのフランクン・ダンクもそうだし、『Champion Sound』も同じかもしれませんが、それまでのディラ・サウンドが好きであればあるほど、「また違うところに行っちゃった」という印象を受けたはず。特にドラムの鳴りがそれまでに比べて後ろに引っ込んでいるし、ディラのサンプリングの美学というのは、ネタをチョップしてそれとわからないように使うところだったのに、『Donuts』は比較的大ネタ使いしている印象がある。じっくり聴いてみると小技がかなり効いていることがわかるんですが、第一印象としてはそうだった。今までディラに求めていたものとは、真逆のことをやってるレコードに聴こえたように思います。
Mitsu the Beats - そうでない曲もあるんですけど、サンプルを活かすためのドラムというか、サンプリングにより溶け込むようにしている曲が多かったじゃないですか。もともと入っていたのか、あとから足したのかわからないみたいなのも多かった。
吉田 - 車で聴いたらドラム以外は何も聴こえないけど大丈夫?みたいな、極端なバランスで成り立っているのが「ディラ流ビートの方程式」だったのに、それと比べると『Donuts』は、下手したらドラムが1/10ぐらいのヴォリュームになってる曲もある。1/10はちょっと大げさですが(笑)。もともとネタに入っているドラムを活かすという発想も、当時はあまりなかった気がします。その後、どういった風に聴いていって、評価が変わったんですか?
Mitsu the Beats - 聴いていくうちに好きな曲が増えていって、ループを抜いているところの凄さとが徐々に染みるようになってきました。今回この本を読む時に、『Donuts』の具体的な制作過程は知りたくなかったんです。どうしてもある程度は影響を受けてしまうだろうなという危惧があったので。ただ、この本に書いてある歴史を読んだあとにあらためて聴いてみると、また印象が違いました。
吉田 - 『Donuts』に関しては、著者のジョーダンが分析をしているけれど、詳細な制作過程は謎に包まれたままなんですよね。この本を訳して解説も書きましたが、『Donuts』って結局どうやって作られたのかわからない。ビートはPro Toolsを使ってオーディオファイルで編集していると思われる点も多いですよね。というのも、個別の曲を並べて全体を1枚のアルバムとしてつなげるに際して、SEや曲間などにエディットをかなり施した形跡がある。それに『Donuts』はよく聴くと、純粋なループの繰り返しって少ないんです。何かの音がちょっとずつ違う。それはMPCというよりも、やっぱりPCでの編集作業の賜物だと思います。でもディラが実際に何をやったのかは誰にもわからない。そこが面白いところでもあるんですよね。
Mitsu the Beats - 『Donuts』は病室内で全部作ったとか、そうじゃないとかいろんな意見がありましたが、ほとんどの曲はすでに用意されていて、最後に病室に持ち込んで仕上げたのだとこの本に書いてあるのを読んで、スッキリしました。機材をどうしたのかも含めて、病室内でどうやって作ったのか疑問に思っていたので。
吉田 - 必要以上にエディットしているのも、結局最後に病室でできるのは、PCと向かい合うことぐらいだったからなのかもしれません。ターンテーブルにレコードを置いて、サンプルを取ってパッドで叩くって結構な重労働ですよね。それは晩年のディラには難しかったという話だけれど、でも彼は最後までPCでできる限界まで突き詰めたいという想いがあった。そんな『Donuts』から1曲選ぶとしたら、どれになりますか?
Mitsu the Beats - 速攻でネタも買ったのは”Two Can Win”ですね。
吉田 - これまで4つの時期に分けて見てきたわけですが、ディラの大きな特徴のひとつとして、常に新しいことを求めていた点が挙げられます。3ヶ月前に作ったビートを誰かが欲しいと言ってきても、「俺はもう明日を向いてるぜ」という感じで、自分の過去の作品にはあまり執着がなかったそうです。GAGLEの活動もそうですが、ディラと同じように、Mitsuさんもファーストアルバム『NEW AWAKENING』からどんどん変わってるじゃないですか。その点は共通していると思うのですが、同じことを繰り返したくないという意識はありますか?
Mitsu the Beats - 僕に限った話ではないでしょうが、同じことを繰り返していると飽きちゃうということがあると思います。あとは、自分の中でビートメイキングの流行りもあると思う。ムードのあるスローな曲を作りたくなって、一通りやり終えたら次は速い曲を作りたくなって、その次はファンキーなやつを作りたくなって……というのをずっと繰り返している。
吉田 - ただそうは言っても、やっぱり俺はこのやり方だな、とひとつのスタイルを捨てられない人も多いように思います。
Mitsu the Beats - たとえば僕の場合なら、ジャジー・ヒップホップを作ってると言われるのが嫌になって、全然違うものばかり作りたくなったりとか、人からの評価なども影響している気がします。でも芯にある作風というか、自分なりのルールは変わらないと思います。
吉田 - ディラの凄さを考えた時にひとつ伺いたかったのが、ネタの選び方なんですよね。レコード屋でどれだけ試聴するかは、ビートメイカーによって個人差があると思いますが、ディラはとにかくたくさん試聴して、なんだったら1枚を最初から最後まで通して聴いていたという。でもそれを何枚もやったうえで、買うのは1枚だけということが少なくなかったそうです。毎日綺麗な格好をして、靴もいつも真新しいのに、レコードは1枚しか買わなかった。全部買えばいいのにと思ってしまうのですが、いろんな人たちの話を聞いていくと、どうやらディラは、どこをサンプリングするかをその場で判断している節がある。試聴すると同時に、頭の中でレコード盤に印をつけてしまうわけです。確かにディラがレコードのネタが入っているところにダイレクトに針を落として、一瞬だけ聴いて、確認が済んだらしまうという動画もある。さらに彼のビートメイクを間近で見ていたDJハウス・シューズによれば、どのレコードのどの曲の何分台のところに、どんなフレーズが入ってるかを全て把握していて、「今回のこのビートでこのベースラインだったら、あのネタだな」みたいな感じで、お目当のレコードを迷うことなく取り出してきたそうです。都市伝説みたいな話ですが、ディラは「記憶の宮殿」を持っていた。加えてハウス・シューズは、トライブの”Get a Hold”のビートは12分で完成したと言っている。記憶にあるフレーズを組み合わせて、頭の中でビートを組み上げ、あとは手を動かすだけなんですよね。だから仕事がめちゃくちゃ速い。10分じゃなくて12分だというところに信憑性があります(笑)。ネタ選びに関しては、たとえばアーマッド・ジャマルを使ったデ・ラ・ソウルの”Stakes Is High”は、曲の後半の8分頃から取っていたり、ほかにも”Trashy”や”E=MC2”、”Players”などは、どれも曲の終わり近くからサンプリングしている。大抵のビートメイカーはわりと曲の頭の方を使うことが多い中、ディラは少し違う聴き方をしている気がします。そこで、Mitsuさんがネタを掘る時の感覚と比べてどうなのかなというのを伺いたかったんです。
Mitsu the Beats - 僕もある意味でディラと似ているのは、レコードを試聴する時は、聴いて「あ、ここ」と思ったところがあったら買うようにしてます。もちろん、なんとなく良さそうだからという理由で買うこともあるんですけど、いいフレーズが出てきたら残りは聴かずに買ってしまう。ただ僕は記憶力がめちゃくちゃ悪くて、レコードのこの位置にこれが入ってるみたいなのは全然覚えてないです。たまに「Mitsuさんがサンプリングしていたあのレコード、俺も手に入れました」なんて言われるんですが、身に覚えがないということもざらにあります。聴かせてもらってようやく、ああそれか、みたいな。「記憶の宮殿」という意味では、僕はもうゼロなんですよ。
吉田 - 宮殿というか、記憶の廃屋みたいな?(笑)
Mitsu the Beats - 廃屋ですらない(笑)。
吉田 - 一方で、ディラはエレピの鍵盤のウワネタをチョップして、音程を変えて使うことも多い。どんなネタを渡されても超やばいものが作れるという自負と能力が、ディラにはあると思います。どこを切り刻んでも、音程とリズムをつけていくらでも新たに演奏できちゃうというわけです。いわゆる「フリップ力」というのは結局、音感が必要だし、リズム面のグルーヴも重要になってくる。「ヨレたビート」と言われてますけど、Mitsuさんはクオンタイズはどうしてますか?
Mitsu the Beats - クオンタイズはめちゃくちゃ適当ですね。一発目のキックだけとりあえずオンにして、あとは自由です。最初は、コピーしたキック、スネア、ハットをクオンタイズ通りに並べます。パッと並べて、そのあと手でずらして聴いて、ずらして聴いてというのを何度も繰り返していって、この感じがいいなというところでやめる。みなさんもそうかもしれませんが適当ですね。1個目と2個目のスネアと3個目と4個目が全然違うということもよくあるけど、全然気にしていません。
吉田 - 一旦パッド打ちしてから、MIDIデータで見てるってことですか?
Mitsu the Beats - パッド打ちもしないです。ウワモノはパッドに振り分けて弾いてみて、並べたりはするんですけど、ほとんどオーディオでキックとハットとスネアを1個ずつだけ用意して、それをバーっと並べてずらすだけです。そのあとで重ねたり、弾いたりしています。
吉田 - パッドで叩くことを縛りにしていたり、あるいは美学のように考えているビートメイカーもいると思いますが、Mitsuさんはそこは超えているわけですね。
Mitsu the Beats - そういうことは全然ないですね。
吉田 - 「ホモルーデンス=遊ぶ人」という言葉がありますが、ビートを作る時の面白さのひとつとして、僕は「遊び」の要素が大きいと思っています。そもそもドラムをサンプリングしたのもマーリー・マールのミスがきっかけだし、「そんなつもりはなかったけど、こんなんやっちゃった」という出来事が次々に連鎖して、サンプラーを使ったビートは進化してきた面があると思うんですよ。でもディラの場合は、ビートをあらかじめ全部頭の中で構築できていたから、サンプラーを使ってそれを形にするのに10分しかかからなかったという可能性がある。だから実はそこに「遊び」の部分がどれだけあるのかな?とも思うんです。
Mitsu the Beats - 「遊び」の要素ですか。
吉田 - ビートメイキングは、思ってもいなかったものができてしまうところに、ロマンを感じるんですよね。世界中に溢れるほどある12インチ盤の中には、このビートメーカーの名前はこの盤でしか見たことないけど、めちゃくちゃかっこいい!というビートがあるじゃないですか? この1枚以外では名前を見たことないけど、それが自分の中では90’sクラシックになっていたりする。誰でもそういうものを作れる、つまり事故的にやばいものができちゃうチャンスが一般に開かれてるというのが、MPCでビートメイキングをする醍醐味だと思うんです。Mitsuさんは、自分では思ってもみなかったけど、こんなのができちゃったという経験はありますか? たとえば、GAGLEのビートにもそういう感じで作られたんじゃないかと勝手に思っているものもあるんですけど、いかがでしょうか? それとも、ある程度は事前に頭の中で思い描きますか?
Mitsu the Beats - やっぱりフリップ感があるビートは、偶発的に生まれたものが多いです。ただ無心になって作る中で、こっち側のパッドを弾いてみたら、「凄いかっこいい!」みたいなことはあります。それでパッと目が覚めるような瞬間があるのは、やっぱりフリップものですね。
吉田 - 目が覚めるってことは、寝そうになってるってことですか?(笑)
Mitsu the Beats - 夜中にぼけーっと口を開けながらやってるんで(笑)。それは冗談ですけど、ずっと叩いてるんで。でもそんな風に事故的に生まれるのはフリップものというか、メロディーをあまり意識しない曲の方が多いです。それは結構、遊びの要素が強い気がします。
吉田 - 毎日呼吸をするようにビートメイキングと向き合っていると、そういった覚醒の瞬間があるということですね。ビートメイカーたちは、それぞれにその瞬間を追い求めているし、その瞬間を先ほどの「ロマン」と言い換えてもいいかもしれない。もしかしたらディラの頭の中では常にビートやフレーズの断片が流れていて、頭の中で「その瞬間」を捕まえていたのかもしれませんね。だから一旦捕まえたら、あとはそれをサンプラーで再現するだけだったと。本日はたくさんのお話を聞かせて頂いて、本当にありがとうございました。