世界を震撼させる稀代のディーヴァであるMariah Carey。1990年にアルバム『Vision of Love』を発表してから28年間(!)にわたってその衰えぬ歌声で我々に刺激的なヴァイブスを与え続けてくれている。デビュー当時、日本でも「7オクターブの歌姫」とキャッチフレーズがつき、そのハイトーン・ヴォイスを活かした"Emotions"やBoyz II Menとの特大ヒット曲"One Sweet Day"と言ったポップ・ヒットを数多く放ってきた。ただ、ディーヴァ・マライアに感服する点は、単純に彼女のテクニックや生まれ持った歌声そのものだけではない。アルバムを出すたびに、常に新たなサウンドにチャレンジし続ける点だ。そしてその多くはヒップホップ的なアプローチでもある。
最先端のサウンドを追求するディーヴァ
時代を代表するポップ・ディーヴァとしてデビューしたMariahだが、1993年に発表されたMariahの3rdアルバム『Music Box』では、プロデューサーにBabyfaceやDaryl SimmonsといったR&Bフィールドの名手達を迎えて、これまでポップス然としていたサウンドに新たなグルーヴを足して見せた。続く1995年の『Daydream』においてもその傾向は変わらず、この作品では当時まだBad Boy Recordsを設立し、前年にThe Notorious B.I.Gのデビュー作『Ready To Die』を発表したばかりのPuff DaddyことSean Combsを、そして、アトランタにてSo So Defを立ち上げ、女性R&BグループであるXcapeをシーンに送り出したばかりのJarmaine Dupriをリクルートした。本アルバムからシングル・カットされた"Fantasy"は、リミックスにWu Tang ClanからOl’ Dirty Bastardを迎えてさらにヒップホップ・マーケットを意識した方向へと舵を切っていったのだ。
そして、デビュー後のMariahのサウンド・クリエイティヴィティが最も爆発したのが1997年に発表された6枚目のアルバム『Butterfly』だ。デビュー当時より、ソニー・ミュージックの社長でもあったTommy Mottolaの深い寵愛を受けていたMariah。婚姻関係にあり、彼女の作品におけるクリエイティヴ・コントロールから私生活まで、すべてがMottola氏の管理下に置かれていた。しかし、97年には彼とも別居し、離婚を決断することとなる。それと同時にMariahの作品にも、彼女が本当に好むヴァイブスが落とし込まれるようになったのだ。
『Butterfly』で手腕を奮ったのはやはりSean Combsだ。彼が手がけたシングル"Honey"は、Q-TIPがドラムのプラグラミングを担当し、ラップ部分にはBad Boy Recordsからデビューを飾ったMA$EとThe Loxが配置された。そしてビートには数々のヒップホップ・クラシックに愛されてきた大ネタ、World Famous Supreme Teamの"Hey D.J."や、The Treacherous Threeの「The Body Rock」をサンプリング。MVでも、邸宅から飛び降りたMariahが黒いボディスーツに着替え、ジェットスキーにまたがって海上での逃亡劇を繰り広げたのちにヘリコプターに乗って移動する…と言うジェームス・ボンドもびっくりの内容に仕上がっている。
他にもセンシュアスなミディアム・チューン"Breakdown"には1996年に"Tha Crossroads"をヒットさせたばかりのBone Thugs-n-HarmonyからKrayzie BoneとWish Boneを迎えており、ボーナストラックとして収録された"Honey (So So Def Radio Mix)"には、Jermaine Dupriの他に、本楽曲以降も度々Mariahとともにヒット・シングルを産むこととなるフィメールMC、Da Bratが参加。プロダクションにもStevie JやPoe and Toneといった、Bad Boy Recordsお抱えの面子を揃え、刷新したMariahのイメージをみごとに完成させたのだった。結果、『Butterfly』はこれまでに全世界累計1,000万枚以上のセールスを記録するメガヒット・アルバムとなった。まさに、Mariahが新たな制作陣とともにこれまでとは異なるサウンド・イメージに果敢に挑戦した結果と言えるだろう。ヒップホップ・ファンへの大胆なアプローチに成功した本作は、以後のMariahの方向性を決定づけるターニング・ポイントとしても知られる作品となった。
ヒップホップにさらに接近
『Butterfly』以降、Mariahとホットなヒップホップ・アーティストの共演はより顕著になっていく。99年の『Rainbow』では、その年のグラミー賞でベスト・ラップ・アルバム部門を勝ち取ったばかりのJay-Zをはじめ、NYのヒップホップ・ラジオやクラブ・シーンを盛り上げていたDj Clue?、サウスのヒップホップ・シーンを牽引していたMaster PにMystikal、当時、TLCの"No Scrubs"やDestiny’s Childの"Bills, Bills, Bills"など男性バッシング系R&Bソングを次々とヒットさせていたプロデューサー・コンビのShe'kspereとKandiらをフィーチャー。さらにAshantiを筆頭にMurder Inc.の関連作を手がていたプロデューサーの7 Aureliusや、2000年代前半におけるNYヒップホップ・シーンの立役者の一人であるCam’Ronといった旬なメンツをこれでもかと攻めの姿勢で引き入れていった。特に、2005年に発売された10作目『The Emancipation of Mimi』は“Mariahのカムバック作品”とも言われ、その年、最も売れたアルバムとしてセールスの記録を樹立。当時、"Drop It Like It’s Hot"のヒットで最強コンビとして知られていたThe Neptunes とSnoop Doggのコンビをそのまま召喚したり、Jarmaine Dupriによる渾身の美バラード"We Belong Together"が11週連続チャート首位をマークしたりと、Mariahの最強伝説をまた一つ確かなものにしたのだった。その後も、『Memoirs of an Imperfect Angel』はメイン・プロデューサーにThe Dreamを抜擢し、『Me. I Am Mariah... The Elusive Chanteuse』ではサウス出身のMike Will Made Itや、Kanye WestやJay-ZにフックアップされたHit-Boyといった新鋭プロデューサーも積極的に起用していった。
SkrillexやDJ Mustardも参加した最新作『Caution』
そんなMariahの意欲作かつ最新作が、今回の『Caution』である。リード・シングルにもなった"GTFO"には、Drakeの"One Dance"や"Hotline Bling"といったヒット曲でも知られるNineteen85が、"With You"には、今年、Ella Maiの"Boo’d Up"をロングラン・ヒットへと導き、R&B楽曲のプロデュースに関わる手腕も再評価されているDJ Mustardが参加。今年も、Kanye WestからBeyoncé & Jay-Zまで客演仕事に大忙しだったTY Doller $ignが参加した"The Distance"にはSkrillexの他、最近ではJustin BieberやMartin Garrix、David Guettaらの作品にも関わるPoo Bear、Cashmere Catらとの活動でも知られるLidoといったメンツも集まり、さらに新たなMariahのサウンドケープを創り上げている。驚くべきことに、SkrillexとLidoがプロデュースに携わった"Runaway"の日本限定のリミックスには、日本からあのKOHHも参加している。
冒頭にも記した通りだが、そろそろデビュー30年目を迎えるMariah。『Caution』でも飽くなきチャレンジを続けており、その姿勢には恐れ入るばかりだ。次世代のサウンドに乗るその歌声は決してブレることなく、デビューから変わらぬ「Mariah節」を保ちつづけていることにも感嘆する。本アルバム、US盤は全10曲の収録内容であり、サウンドも含め、限りなく余計な部分が削ぎ落とされたアルバムだ。Mariahといえば、足し算に足し算を重ねるスタイル(そこはサウンド面においてもヴィジュアル面においても、だ)のイメージが強かったが、10曲目"Portrait"の再生が終わることには「このアルバム、もっと聴いていたい…!」と思わせるほど。カムバック・アルバムとも呼ばれた『The Emancipation of Mimi』の発表から13年以上が経つが、ここ10年のMariah作品の中でも、最もリラックスしたアルバムに仕上がっているのではと感じた。果たして『Caution』は彼女にとって、新たなターニング・ポイントになるのか。ぜひその耳で確かめてほしい。(渡辺志保)
Info
マライア・キャリー|Mariah Carey
<4年ぶり通算15作目のニュー・アルバム>
『コーション|Caution』
発売/配信中(2018年11月16日)
●国内盤CD(全11曲)
SICP-5996 / 2,400円+税
日本限定ボーナス・トラック「ランウェイ」収録
初回生産分のみオリジナル・ステッカー封入
●配信(全12曲)
1,900円
日本限定ボーナス・トラック「ランウェイ」「ランウェイ feat. KOHH」収録
●輸入盤CD(全10曲)
試聴/購入リンク:
https://SonyMusicJapan.lnk.to/MariahCareyCautionJP
収録曲
01. GTFO
ミュージック・ビデオ: https://youtu.be/hsevTQ0Db1Y
02. ウィズ・ユー ★リード・シングル
ミュージック・ビデオ: https://youtu.be/zNy4QGHhoTg
03. コーション
04. ア・ノー・ノー
05. ザ・ディスタンス feat. タイ・ダラー・サイン
06. ギヴィング・ミー・ライフ feat.スリック・リック&ブラッド・オレンジ
07. ワン・モー・ゲン
08. エイス・グレイド
09. ステイ・ロング・ラヴ・ユー feat. ガンナ
10. ポートレイト
11. ランウェイ ★日本限定ボーナス・トラック
12.ランウェイ feat. KOHH ★日本限定ボーナス・トラック(配信限定)
<来日記念/日本独自企画ベスト・アルバム>
『マライア・キャリー ジャパン・ベスト|Mariah Carey Japan Best』
発売/配信中(2018年10月17日)
CD(国内盤のみ): 2形態同時発売
㈰初回生産限定盤(ハンカチ付) SICP-31218-9 / 3,000円(税込)
㈪常盤 SICP-31220 / 2,500円(税込)
試聴/購入リンク:
https://SonyMusicJapan.lnk.to/MariahCareyBestJP
収録曲
01. ヒーロー
02. ウィズアウト・ユー
03. オールウェイズ・ビー・マイ・ベイビー
04. エモーションズ
05. ワン・スウィート・デイ(マライア・キャリー&ボーイズ㈼メン)
06. インフィニティ
07. オープン・アームズ
08. ドリームラヴァー
09. アイル・ビー・ゼア feat. トレイ・ロレンツ
10. ファンタジー(バッド・ボーイ・ファンタジーfeat. O.D.B.)
11. エンドレス・ラヴ(ルーサー・ヴァンドロス&マライア・キャリー)
12. ハニー
13. サンク・ゴッド・アイ・ファウンド・ユー feat.ジョー & 98°
14. ラヴ・テイクス・タイム
15. ヴィジョン・オブ・ラヴ
16. スルー・ザ・レイン
17. ウィ・ビロング・トゥギャザー
18. タッチ・マイ・ボディ
19. 恋人たちのクリスマス