取材・文・写真/高岡謙太郎
恐竜の咆哮を彷彿させる大地を揺らすフェス
22マイル離れたところまで聴こえたという、100万ワットの低音。天高く吊るされたラインアレイスピーカーから降り注ぐ、衝撃波のようなシンセ音。フロアを見渡すと、ヘッドバンキングで心酔する若者の群れ。ステージ上の巨大なLEDディスプレイには刺激の強い映像を映し出してやたらと高揚感を煽る。脇の火山から火柱が上がり、実物大の恐竜の像が時折動く。これは北米の新興ダブステップフェス『Lost Lands Music Festival』の風景だ。
勃興時のユースカルチャーは、音も見た目も強烈だ。歴史を辿れば、ヒッピー、パンクス、ヒップホップのオールドスクール、テクノのレイヴァーなど、上の世代では真似できないセンスを若者は提示して、自分たちの世代の文化を形成していく。イギリスのユースカルチャー史を記したジョン・サベージによる名著『イギリス「族」物語 』に詳しく記されているが、文化圏ごとにトライブ(部族)が生まれるような感覚だ。2010年代の新しいトライブによって育まれた現場がここだ。
2002年にダブステップと名付けられたロンドン発のダンスミュージックは、赤ん坊が高校生になるほどの時間を経過した今、アメリカで屈強で仰々しいシーンへと生まれ変わっている。クールさを美学とするイギリス人が生んだダブステップを、ワイルドさを美学とするアメリカ人が巨大なシーンに作り変えたともいえる。アメリカのダブステップといえばグラミー賞を受賞したSkrillexが有名だが、そういったスターDJ的な潮流とは別に、コミュニティを育成するような巨大フェスが『Lost Lands Music Festival』なのだ。
このフェスを知ったのも、近年ダンスミュージック・フェスの演出が著しく進化していて、YouTubeでフェスの動画をチェックすることが欠かせなくなったからだ。特にこのシーンのオリジネーターでもあるExsicionのライブは巨大なディスプレイと照明の物量によって異常な熱気にあふれていた。昨年の初開催では、ドローンなどの機材を使ったストリーミング配信が行われ、今までにない光景がネットから拡散されていった。新興フェスならではの熱量を体感したい思いもあり、今年は居ても立ってもいられずに航空券を購入して参加してしまった。前振りはこれぐらいにしてアメリカ人の国民性を反映させた本フェスの内容を紹介したい。
アメリカの地方都市から会場まで向かう
日本から飛行機で約15時間ほどで、アメリカ大陸の中央に位置するオハイオ州コロンバスに到着。会場となるLegend Valleyは、伝説のジャム・バンド、グレイトフル・デッドが最大のライブを行ったことでも知られる歴史あるヴェニュー。コロンバス市内の公園から、会場までのシャトルバスが定期的に出る。会場まで50分ほど時間が掛かりけっこう遠い。移動中のバス内はハイテンションな輩が音楽を掛けていてやたらとやかましい。
会場の入口では、ゲートでバッグを開けられてボディチェックをされる。持ち物検査がけっこう厳しい。イベントが盛り上がると「死ぬほど楽しい」という冗談を言いがちだが、残念なことに今回のフェスでは2名の死亡者が出てしまった。こういった問題に関しては、海外の掲示板でディスカッションが行われているのでチェックしてほしい。
無事入場。会場はとにかく広いので、荒野でフェスが行われている印象。高温で乾燥した天候と開放的な雰囲気ゆえに、男女ともに半裸が多い。男臭いイベントかと思いきや、男女比は半々。年齢的には20代中頃が中心。一言で言い表せないが、レイバーとヒッピーとメタラーを掛け合わせたような風貌が多い。女性に人気のファッションブランドはFreedom Rave Wear。集まった人たちを眺めているだけで新しいコミュニティが生まれたことを感じられる。
ワイルドさを追求した音響と演出
アメリカのダブステップの音響は、シーンが巨大化して大勢に音を届けるため、高い位置に吊るされたラインアレイスピーカーと接地したサブウーハーの組み合わせが多い。ちなみにスピーカーのメーカーはカナダのPK Sound。
ダンスの基本はヘッドバンキングに近い動き。足を動かさずに、膝を曲げて、頭を振ってリズムを取る。リズム感も変化していて、曲の構造から過去のクラブミュージックとは別の身体感覚を誘発させ、レゲエ的な裏打ちのスネアや、テクノ/ハウスのような裏打ちのハイハットが入らない作風が増えている。こういった音楽的な新奇性に果敢に挑戦しながら、ここまで客を集めているのも、注目すべき理由のひとつだ。クラブに行ったことのない人がクラブミュージックを理解できないのと同じように、この身体感覚は現場に来て体感してもらったほうがすんなりと理解してもらえるはず。
イベントのピークはフェスの主催でもある、Exsicionのパフォーマンス。曲と同期した3DCGの映像が動き、照明が常時明滅して、これ以上ないほどに客を煽る。フロア最前列では、柵にしがみついて我を忘れて頭を振りまくるオーディエンスが大挙。視覚的な情報量と圧倒的な音圧によって、あっという間に時間が過ぎてしまった。彼の名前は日本ではあまり知られていないが、毎年全米50箇所ツアーを行うほどで、国内のシーンと乖離しているようだ。
ステージ両脇の火山は、曲のドロップとともに煙か火を吹く。離れていてもむせるほど煙たい。火柱は肌がひりつくほど熱い。
シークレットDJで出演したのは、DJ Diesel。なんと元NBAプレイヤーのシャキール・オニールの変名。今まで見た中で一番デカいDJだ。過去のネームバリューに頼らずに、曲の魅力を理解した上でのDJプレイ。彼のInstagramを見ると普段からダブステップをプレイしている。
アーティストごとのチャレンジ
世界最大のダブステップフェスと表記したのも、イギリス勢も出演しているからだ。ダブステップ黎明期から活動を続けるRuskoなど多数が出演。現地では敬意を評して、「オールドスクールダブステップ」と呼ばれているようだ。時間の経過で世代が変わったことを痛感させられる用語である。
シーンのルーツとなるイギリスのダブステップは、レゲエから派生したサウンドシステムカルチャーを標榜しているのでスピーカーを積み上げて、小箱から中箱向けの数百人単位に対して音を鳴らす。ただ、万単位の集客になると会場全体に音の鳴りを賄えない印象だ。
そういったサウンドシステムの違いによって、音楽的な構造も違ってくる。イギリスのダブステップは、低域のベース音でメロディを作って、密閉されたクラブ内の空間に低音を充満せていく。アメリカのダブステップは、中域のシンセ音を広範囲に届ける。基本的に低音は音階をあまり付けない。個人的な体感になるが、会場が広い中で音階を付けたベースの曲がプレイされると、もったりしてしまう印象だ。そういったこともあってか、イギリスの次世代となるイギリスのアーティスト、FuntCaseやCookie Monstaなどはその中間を模索している。
このシーンの曲はドロップと共に強烈なシンセ音を鳴らすスタイルが主流。先日来日したZomboyの東名阪ツアーもageHaが満員になるほどにまで定着している。そこからジャンルが多様化して細分化されている最中。新しいスタイルを模索して競い合う熱狂が生まれている。
DJブースに立って腰の入ったシャウトをするのは、メタルステップの注目株Sullivan King。今まではDJやMCによるマイクパフォーマンスが多かったが、彼はヴォーカリストとして絶叫する。見た目も革ジャンに長髪というメタラーの風貌で、まさしく新世代。曲の構成もクラブミュージックというよりメタルに寄せていて、既成概念を崩す攻めの姿勢を感じさせる。今年10月8日に初来日した際はチケットがソールドアウト。
自分のスタイルをVomitstepと称するSnailsは、えづくようなシンセ音を混ぜ込み、メタルというよりはミクスチャーロック的なスタンスで、他ジャンルのアーティストをフィーチャーした曲をリリースする。SkrillexとDiploのユニットJack Uのアルバムにフィーチャーされたプロデューサーでもあり、今年は50箇所を廻っている北米ツアー「Shell Tour 2.0」を行う。昨年、来日して耳の早い人たちが集まった。
新しさと同時に作家性を強く感じたのが、女性プロデュサーのRezz。曲のドロップで緩急を作るプレイスタイルが多い中、ミニマルでサイケデリックな空間を作り上げる。超スローな四つ打ちにも聞こえる彼女の曲は、足でステップを踏むようなテクノ/ハウス派生の四つ打ちのリズム感と違い、ヘッドバンギングをするような上半身と膝を軸にして動かすリズム感でジワジワ踊らせる。それもあってか、裏打ちのハイハットが入らない。
また、音楽フェスでジェンダーバランスが問われる昨今、まだ24歳の女性が余裕の仕草でステージ上に立っていることがこのシーンの成熟を感じさせる。「フェスでジェンダーバランスを調整すると、作家性のない女性アーティストが増えて盛り上がらなくなるのでは?」と危惧する人々をネット上で散見するが、このシーンでは彼女のようなアーティストが出てきているので、今後は女性アーティストの活躍の場が増えるはずだろう。
地域性を反映した広大なフェス会場を散策
会場内のいたるところに、このイベントのためにわざわざ持ち込まれた恐竜の像が立ち並ぶ。なかには首を振って動く像も。
流行なのか、水着に網タイツというファッションの女性客が3割。上半身裸の女性もいたり。
アーティストがフロアに来れば、サイン目当ての人だかりが自然とできる。万単位を踊らせている訳だからカリスマだ。
一般的なEDMフェスと違う点は、国旗を掲げる人が少ない代わりに、メッセージボードを掲げる人が多いこと。個人的なメッセージは自主性があって好感を持てる。
突如フロアで、みんなで大きな布を広げてたなびかせる。なんだかわからない文化が多々。
蜘蛛の糸のようなものが頭上に。みんなで引っ張り合って広げていく。これも謎の文化のひとつ。
指先が光るLEDグローブで指を動かして、若者を酩酊させる“グロービング”という遊び。気味が悪いから禁止にすべきだという議論がネットで湧いていたが、本物を見るのは初。
Excisionのグッズの物販。これだけの種類を作っているのだから、それだけ売れている。ちなみにブースは他にもある。シーンを作り上げた重鎮としてリスペクトされている印象だ。
アメリカ発のアートのひとつがサイケデリックアート。Alex Grayの物販のブースがなぜかある。
手前の「HEADBANGERS NECK CLINIC」の看板はマッサージ屋。アメリカンジョークを彷彿させる店名で楽しませてくれる。
会場は高温で乾燥しているので、水を無料で提供している。これぞホスピタリティ。
キャンプサイトでは、ニューエイジ系のパフォーマンスも行われる。銅鑼の響きに囲まれてチルアウトをする。フェスのスマホアプリにも記載されていたので、オフィシャルな催し。
キャンプサイトの奥には小さめのステージが5個並ぶ。メインに比べれば小さいが、かなり広い。普段はお目にかかれないスペシャルなバックトゥバックもシークレットで行われていたようだ。
終演後は、ステージ上の巨大なディスプレイで映画が上映される。演目は『ジュラシックパーク』『ロストワールド』『ジュラシックパーク3』。イベント自体がハリウッド的なのも納得。アメリカ人の恐竜愛好癖には驚かされるものがある。アメリカは建国から約300年で、他の国に比べると歴史が短い。それもあってかルーツを辿ると白亜紀まで遡る。恐竜から彷彿される豪快さが、このシーンのワイルドさの美学の源泉なのかもしれない。
ルーツを踏まえた上で自国の文化をミックスする挑戦
ダブステップはイギリスが中心だと思われていたが、時間の経過によって世界に拡散して枠組みが変わった。現在、世界最大級とされているダブステップとドラム&ベースのフェスはベルギーでの『Rampage』。ドラムンベースのフェスはチェコでの『Let it Roll』。そして、ダブステップのフェスは『Lost Lands』というのが現状だ。勃興時の00年代から10数年経過し、シーンの地図が拡大された。自分は2013年にクロアチアで行われるベースミュージックのフェス『Outlook Festival』に行ったことあるが、90年代の大御所を軸に組まれている印象であった。
今回の『Lost Lands』は自分たちの世代でシーンを作り上げようとしていることが好感を持てる。文中でいくつか紹介したが、キャンプ、ヒッピー、ニューエイジ、サイケデリック、音楽フェス、ヘヴィメタル、インターネット配信など、アメリカで生まれた文化を盛り込んで、自分たちなりに咀嚼をすることにチャレンジ精神を感じさせる。
イギリスで生まれたダブステップへの返答として、アメリカから自分たちのスタイルを盛り込んだ文化が返ってきた。音源を輸入して消費するだけでなく、国民性に合ったオリジナリティのあるトラックがプレイされる独自のシーンを作り上げて、自分のスタイルを提示したのだ。さて、日本人は自分たちの文化として海外にどう返答していくのか? それは日本のシーンの検討すべき課題だろう。
思い返してみると、80年代に生まれたアシッドハウスのTB-303によるベースラインは、気持ち悪いものとされていて一般には理解されなかったが、年月を経て現在は評価されるようになったことを思い出す。今回紹介したシーンも現在は浸透していないが、この熱狂に数年後は音楽史に残る評価がされるかもしれない。また何度も聴かれることによって、耳に慣れて愛着が湧いてくるはずだ。そういった時間の経過によっても音楽の価値は変化する。今回参加した客層が成熟する20年後に、このフェスが国内外含めどう評価されているのかが気になるところである。