小袋成彬はさまざまなインタビューで、デビューアルバム『分離派の夏』は個人的な作品であると話していた。だが同時に「主観と客観のせめぎ合いを音楽の秩序に放り込んだんですね。語っているのは自分なのか、子供の自分なのか曖昧なまま突き進んでいって、曲が出来た瞬間に完全に自分から離れるんですよね。僕のものではなくなるというのは実感していて。僕は作者と作品は全く別物だと思っていて」(FNMNL)とも語っている。小袋はライヴでどんなパフォーマンスするのか、そんな思いで会場に向かった。
10/10に東京・渋谷のWWWXで開催された彼のワンマンライヴは異例の内容だった。メンバーは小袋に加えて、鍵盤とギターのサポートメンバーの3人のみ。彼は『分離派の夏』から11曲と、新曲を4曲、カバー曲などを含む全18曲を約60分で歌いステージを去った。ライヴでは、パフォーマーとしてアクションすることはなく、さらにはコールアンドレスポンスを要求したり、自身のパーソナリティを垣間見せる小話もしなかった。観客は「主観と客観がせめぎあった」歌に感情移入できず、曲終わりに拍手していいのかすらわからなかった。
とはいえ、別に小袋が威圧的だったり、閉鎖的だったというわけではない。彼自身はナチュラルでライヴ中に笑顔すら見せていたが、その歌声には厳かさがあった。静謐な教会にいて、物音をたてるのが後ろめたくなるような空気。心地よい緊張感が会場を支配していた。
小袋は今年FUJI ROCK FESTIVALに出演した際の動画インタビューで、「(ライヴでは)周りの音が結構聴こえてないんですよ。歓声とか、拍手すら。50分間、自分の人生を振り返る場を与えられたと解釈して、ひたすら(歌に)没頭しています」(YouTube)と話していた。今回のワンマンライヴも、おそらく彼にとっては同様のものであったように思える。
1曲目は"再会"だった。彼は自己紹介もなく1人でステージに現れると、中央に置かれたパイプ椅子に腰掛けておもむろに歌い出す。以前誰かが「どんなに入念に準備しても、(ライヴは)歌い出すその瞬間まで調子の良し悪しがわからない」と話していた。この曲のイントロは重いベースとドラムのみ。小袋は低音と高音が激しく入り混じるヴォーカルを歌うため、深く集中している様子だった。
続く"Game"ではミニー・リパートンを彷彿するファルセットを、エコーなどのエフェクトを使わずに歌う。さらにライヴの前半は"茗荷谷にて"、"Lonely One"とヘヴィでダークな曲調の楽曲が並ぶ。3曲目にはタイトル未定の新曲が早くも披露された。上モノではアコギのフレーズをサンプリングし、ビートはトラップのエレクトロニカで、ヴォーカルには幾重にもエフェクトがかけられていた。1stアルバムはライヴ用に制作していないと話していたが、今後は異なるタイプの楽曲が発表されるかもしれない。
中盤の"Summer Reminds Me"では、ステージのバックになっていた緞帳が開く。そして相棒・小島裕規(Yaffle)とサポートのギタリスト・畠山健嗣 も登場する。楽曲も"E. Primavesi"、"GOODBOY"、"夏の夢"、"門出"とやや明るい曲調のナンバーが並んだ。また童謡のようなメロディながら、ビートはトラップの新曲も発表していた。このパートで面白かったのは、"門出"など何曲かで録音物よりもライミングを強く意識し、ラップのように歌っていたこと。今アメリカやイギリスでは、R&Bはもちろんロックやフォークなどのシンガーもヒップホップから影響を受けている。小袋もそんな同時代を感覚をしっかりとキャッチしていることが感じられるシーンだった。
Alicia Keysの"If I Ain’t Got You"のカバーからライヴは怒涛の後半戦に突入する。小袋はエレキギターの弾き語りで、このソウルフルなナンバーをものすごい声量で歌い上げた。彼のオリジナル曲の多くは、複雑な感情の起伏を表現するために、細かにヴォーカルパートを歌い分けている。ゆえにこの"If I Ain’t Got You"のように、エモーションをストレートに爆発させるパワフルなナンバーは少し意外な選曲だった。しかしそこが小袋の音楽的な懐の広さの表れなのか、このカバー曲もどこかに儚さを感じさせた。
ライヴのエモーショナルは静かだが徐々に加速していく。「終わりの話をしよう」という歌詞が印象的なビートレスの新曲では、フェンダーローズの揺らぎある音色とギターに小袋の歌がしっとりと絡まる。さらに、"Daydreaming in Guam"の1ヴァース目で小袋はマイクを通さず生の歌声が会場に響かせた。アウトロでは小袋もギターを握り、すすり泣くようなギターソロを弾く。"Selfish(WoO!)"を経て、オルガンの音色が賛美歌を彷彿とさせる"愛の漸進"になだれ込み、ラストの新曲「ある暮らしのための曲」を一気に歌い終えた。
この日のワンマンライヴが、前述のFUJI ROCK FESTIVALの動画インタビュー時と大きく異なるのは、彼がその後さまざまなフェスに出演したことだ。いまだに「ライヴは自分の人生を振り返る場」という感覚は残っているものの、同時にフェスでの経験をどのように表現するのか迷っているような節も感じ取れた。
そしてもう1つライヴを見て感じたことがある。それは彼の歌にブルースの持つどうしようもない悲しさと、ゴスペルのように歌うことで自浄する感覚が同時にあるということだ。これはサウンド面のテクニカルな話ではない。むしろ歌に込められた、理屈では表現できない感覚のことだ。フェスではなく、彼のパーソナルなライヴだからこそ感じられたのかもしれない。だが、その感覚を踏まえて「分離派の夏」を改めて聴き直すと、浮かび上がるテーマがあった。それは死と生だ。具体的なストーリーはわからないが、このアルバムは小袋成彬が体験した第三者の悲しい死と、そのトラウマを歌うことで浄化しようとした彼自身に関する作品なのだ。ライブ会場に充満していた、教会のような荘厳さの源はそこにあったと考える。
おそらく今回のライヴで「分離派の夏」は終わった。小袋成彬は2018年で得た知的な経験を経て、新たなプロセスへと歩みを進めるだろう。この感受性豊かでありながら、不器用なシンガーソングライターと同時代を生きられることは、非常に喜ばしいことだ。(宮崎敬太)
小袋成彬 2018年10月10日 WWW X セットリスト
01. 再会
02. Game
03. 新曲
04. 茗荷谷にて
05. Lonely One feat.宇多田ヒカル
06. Summer Reminds Me
07. E.Primavesi
08. GOODBOY
09. 夏の夢
10. 新曲
11. 門出
12. If I Ain't Got You(Alicia Keys)
13. 新曲
14. Daydreaming in Guam
15. Selfish(WoO!)
16. 愛の漸進
17. Ending
18. 新曲
<オンエア情報>
日本最大の音楽専門チャンネル スペースシャワ—TVにて独占放送
番組名:「LIVE SPECIAL 小袋成彬 10.10.2018@WWW X」
放送日時:
初回 11/8(木)22:30〜23:00
リピート 11/27(火)26:00〜
視聴方法: http://sstv.jp/howto
1stアルバム『分離派の夏』
4月25日(水) 発売
通常盤 ESCL-5045
価格 \2,778(税抜)
収録曲
01. 042616 @London
02. Game
03. E. Primavesi
04. Daydreaming in Guam
05. Selfish
06. 101117 @El Camino de Santiago
07. Summer Reminds Me
08. GOODBOY
09. Lonely One feat. 宇多田ヒカル
10. 再会
11. 茗荷谷にて
12. 夏の夢
13. 門出
14. 愛の漸進