わたしたちが三浦大知の存在を知るのは、三浦大知が9歳の1997年、Folderのデビューシングル”パラシューター”がリリースされたときである。三浦大知の並外れたヴォーカルは、多くの人を驚かせた。さらに言えば、総勢7人のメンバーの中心で若々しくのびやかなヴォーカルとダンスを披露した三浦は、明らかにJackson 5におけるMichael Jacksonに重なるものがあった。
実際、6枚目のシングルでは、Jackson 5の”I Want You Back”と”ABC”を日本語でカヴァーするなど、明確にJackson 5が意識されていた。もっとも、和製Jackson 5と言えば、同じ沖縄にはかつて、フィンガー5というアイドルグループがいた。日本のポピュラー音楽の文脈を考えたとき、Jackson 5‐フィンガー5‐Folderという系譜がある。
そのことを確認したうえで、いまから振り返ると、次のように思える。すなわち、和製のMichael Jacksonとして出発した三浦大知の歩みとは、「和製」からの脱却を試み続けたものだったのではないか。なるほど、日本のポピュラー音楽がアメリカの音楽の影響を受け続けてきたことはたしかだ(しかも、その一端が沖縄という日米に引き裂かれた土地を舞台になされていたことは、戦後の日本文化全体を考えるうえで重要なことだが、いまは措く)。
しかし、いまや、アメリカから日本へという一方向的な関係は消えつつある時代である。三浦大知も最近のインタヴューで、「それこそ宇多田(ヒカル)さんの楽曲とか、日本の楽曲も向こうで普通に流れてる時代だから、あんまり向こうがどうとか、こっちがどうとかは考えないで、今自分がやってみたいものを作ってる感じです」(『ミュージック・マガジン』2018.3)と語っている。
三浦大知のこの発言は、「一方で日本人の心の琴線に触れるようなバラードも大切にしてますよね」という質問に対するもので、三浦は、インタビュアーが期待するほど「日本人」特有の音楽性や好みといったドメスティックな文脈を想定していないことがわかる。三浦大知には、「和製」という言葉から発想されるような、「向こう(アメリカ)の音楽を日本流に読み換える」といった態度は感じない。ここで言う「和製」からの脱却とはそういう意味である。Justin Timberlakeにも宇多田ヒカルにも、ナチュラルに匹敵したい。三浦大知の態度とはそのようなものではないか。
三浦大知のパフォーマンスは、Folderのときから本当に高い完成度を誇っていた。個人的な印象では、それは、フィンガー5のアキラのような「可愛いアイドル」としての振る舞いとは異質なものだった。それゆえに僕も、三浦大知の存在を注目していた。しかし、1990年代後半のJポップのシーンのなかで、Folderは「和製」的で「日本」的なものとして受け取られた感がある。例えば、Folderの楽曲を多く手がけていた小森田実(コモリタミノル)は、Folderデビュー直前には、SMAPの”SHAKE”、”ダイナマイト”という大ヒットを飛ばしている。
また、Folderのデビューをはさんだ1998年には、小森田は、ブラックビスケッツの”Relax”というヒットを出している。デビュー当時のFolderの音楽は、基本的にはそういう文脈にある。つまり、アイドルやヴァラエティタレントと並列した、言わば「ハウス歌謡」として、お茶の間に届けられていたということだ(このことは同時に、アイドルやヴァラエティタレントの楽曲がこの時期、かなり本格的なダンスミュージックになってきた、ということでもある)。ダンスミュージックでアメリカっぽくはあるが、あくまで「日本」のお茶の間に適した音楽。デビュー当時のFolder及び三浦大知は、良くも悪くもそういう印象があった。
変化を感じたのは、やはり"I Want You Back"のとき。Michael顔負けの三浦大知のヴォーカルにも驚いたが、それと同じくらい、骨太なブレイクビーツが印象的だった。アレンジを担当したのは今井了介である。今井は直前に、Doubleの"Shake"という素晴らしいR&Bの曲をプロデュースしている。加えて、この曲はのちに、当時「エロDJ」と呼ばれたほど甘いR&Bの選曲をしていたDJ HASEBEがリミックスをすることになる。今井了介とDJ HASEBEが関わることによって、Folderは、先端的なR&Bを意識しているような印象を強くした。
「日本」的なお茶の間から抜け出して、ダンスフロアへ。MISIAやbirdも、あるいはZEEBRAも活躍している2000年頃というのは、アンダーグラウンドな熱気がそのままオーヴァーグラウンドに噴出したような時期である。Folderは、そのような状況のなかで、最初期の「ハウス歌謡」にとどまらないものを目指していたように見えた。そしてそんなおり、変声期に突入した三浦大知は、歌うことから少し離れることになる。
休業中の三浦大知が、Usherのダンスとヴォーカルに衝撃を受けたことは、前掲インタヴュー含め、自身もしばしば言及している。
はたして2005年、復帰後のソロ・デビュー・シングル"Keep It Goin’ On"は、同時代のR&Bのトレンドと呼応したものとなっている。あえてFolder時代のモードと比較するなら、Folder時代の音を詰め込んでいくようなサウンド作りに対して、音のすきまを聴かせていくようなサウンド作り。
"Keep It Goin’ On"には「メロディの粒」という一節が登場するが、この曲は、Protools以降の発想とも言える、まさにメロディを「粒」状にして空間的に配置するようなサウンドデザインがおこなわれている。もちろん、そこに乗せられるヴォーカルに音程のたしかさと声質のたしかさが求められることは言うまでもない。三浦大知は、空間的で無音もリズムとして捉えたうえで、ヴォーカルとダンスをこなしていた。日本にはいないタイプの歌って踊れるエンターテイナーであるという評価は当然として、復帰後の三浦に本当に見るべきは、無音のなかでも正確に体内ビートを維持するようなリズム感である。クオリティの高い歌とダンスの両立も、この体内ビートに裏付けられている。それは、2017年の紅白歌合戦でも披露された無音シンクロダンスにも直結するものだ。
"Keep It Goin’ On"を含んだ、2006年のソロ・ファースト・アルバム『D-ROCK with U』のサウンドは多彩だが、それこそアッシャーが活躍した2000年代前半のR&Bのエッセンスがちりばめられている。"Make It Happen"や"Southern Cross"のような、すきまを意識した静謐なサウンドから、Usherの"Yeah!"を彷彿とさせる"Free Style"や"I-N-G"のような、バキバキしたシンセサイザーのサウンドまで。実際、これらの曲には、"Yeah!"を手掛けたPatrick J. Que Smithが迎えられている。そうかと思えば、"Open Your Heart"のようなニュー・ジャック・スウィングのアップデート版もある。シングルヴァージョンではライムスターの宇多丸が参加していた"No Limit"は、アルバムでは、Naked ArtzのK-ONがラップをしている。休業中の三浦が吸い込んだ2000年代前半のR&Bの動向がそのまま凝縮したような『D-ROCK with U』は、三浦大知の復帰作にふさわしいものだった。
続く、2009年の『Who’s The Man』は、Nao’ymtやUTAを迎え入れるなど、自身のR&Bサウンドをさらに追求している。重要なことは、歌謡曲的にメロディ偏重主義にならずに、グルーヴとの関係からヴォーカルを捉えることである。このアルバムではとくに、わかりやすいメロディを歌い上げるのではなく、反復するビートとフレーズのなかでヴォーカルを聴かせることが目指されている。シングル曲である"Inside Your Head"、"Delete My Memories"も、そのような意味で堂々としたR&Bのたたずまいとなっている。もちろん、音楽性はさまざまだ(DJ JINがトラックを手掛けた"HOT MUZIK feat.COMA-CHI"が、Mark De Clive-Lowe的なと言うべきか、フューチャー・ジャズ的なであることも興味深いが、指摘にとどめておく。当時のDJ JINは、LAビートなどのビート・ミュージックの関心も強かった)。とくに、"Baby Be Mine"が素晴らしい。ハイハットのテンポは一定ながらも、中心となるビートはどこかもたついており、ネオソウル的とも言えるよれたビート感が生まれている。三浦大知のヴォーカルはこのようなトラックとの関係のなかで、コーラスと主旋律が多重化されていく。結果、ビートとウワモノとヴォーカルが渾然一体となって、楽曲のグルーヴが形成される。ここでは明らかに、ヴォーカルの意味合いが変わっている。
ヴォーカルはサウンドの一部となって、楽曲全体のグルーヴに奉仕している。これは逆に言えば、楽曲全体のグルーヴをつかまえられないヴォーカルではとても歌いこなすことができない、ということでもある。ヴォーカルがサウンドの一部となること。
それを象徴するのが、KREVAをフィーチャーした"Your Love"だ。T-Painにヒントを得たであろうオートチューンを全面的に採用したKREVAのラップと三浦大知のコーラスは、見事な相性で楽曲全体を支えている。とくに、三浦大知の「いつでも君に会うたびに/隠せない My heart is beatin’/歌ならそういきなりサビに」というラップ的な一節は、その節回し自体がトラックのウワモノのように響いている。ヴォーカリストとしての三浦の真骨頂は、このような技巧性にこそ指摘されるべきだろう。三浦大知の声とリズム感は、『Who’s The Man』のさまざまな先鋭的なR&Bトラックに見事に対応している。
ヴォーカル技術とダンス技術がますます安定してきた2011年のサードアルバム『D.M.』は、全体的に大味なサウンドになっている。音楽ライターの猪又孝は『D.M.』について、「ライヴ会場が日増しに拡大していったことで、ドラマティックでメリハリの利いた楽曲が増え、ライヴ・パフォーマンスとヴォーカリゼーションにも磨きがかかった時期」(前掲『ミュージック・マガジン』)だと指摘している。たしかに、"RUN WAY"、"SHOUT IT"などをはじめとする攻撃的なシンセサイザー音は、スタジアムにも対応しそうな派手なサウンドである。ラテンラウンジを現代的にシミュレートした"Illusion Show"のような曲も含め、舞台で魅せるパフォーマーとしての三浦大知を打ち出した作品とも言える。
そんななかで特筆すべきは、ハードなダブステップの"Black Hole"とダンスホールレゲエの色味を少し持った"Turn Off The Light"だろう。ここには、2010年代のダンスミュージックを牽引するSkrillex、あるいはDiploなどが展開した変則的なビートを歌い/踊りこなすという試みがある。この試みは、次作『The Entertainer』収録の"I’m On Fire"で達成されることになる("I’m On Fire"のMVは、MTVのVMAJ2014でBEST R&B VIDEOを受賞した)。その『The Entertainer』(2013)は、派手なシンセサイザー音とめまぐるしく変化するリズムが特徴的な"I’m On Fire"を中心に構成されていると言える。派手なシンセサイザーのサウンドは、EDM調のリードシングル"Right Now"、"Elevator"とともに、アルバム全体のエネルギッシュで派手な印象を支えている。その一方で、"Spellbound"、"Baby Just Time"といったリズムに趣向を凝らした楽曲も忘れない。『D.M.』と『The Entertainer』がリリースされた2010年代前半、初の日本武道館公演も果たしたこの時期は、パフォーマーとしての躍進を見せた時期だった。
2015年のアルバム『FEVER』でまず注目すべきは、表題曲"FEVER"において、The Stereotypesを起用していることである。The Stereotypesは、同時代にはEXOやSHINeeといったKポップの曲を、直後の2016年にはBruno Marsの曲を手掛けた、アメリカのプロデューサーチームである。Robin ThickeやPharrell Williamsの活躍もあり、この時期、ヒップホップやR&Bなどのダンスミュージックが培ったさまざまな蓄積のうえで、ディスコやファンクをアップデートするような試みが展開されていた。現在も続く世界的な流れだろう。Bruno Marsの大ヒットは、そのことの表れとも言える。"FEVER"も西海岸ファンクのアップデート版の曲(Dam Funkを想起する)であり、これまで追求された先鋭的なR&Bと比べると、いくぶんシンプルな楽しいファンクである。この表題曲に顕著なように、アルバム全体に貫かれているのは、R&Bの追求を経たうえでポップスをアップデートするような感覚だ。だから、BACHLOGICが手掛けた"MAKE US DO"のようなサウス・ヒップホップを意識したノリの曲がある一方で、"Welcome!"のようなモータウンっぽくも感じるファンキーなポップスもある。あるいは"music"のような、王道のJポップと思える曲も存在する。ストイックにR&Bのパフォーマンスを追求することで多くの人の支持を得た三浦大知が、いよいよポップスターとしての存在感を示し始めたようにも思える。
最新のオリジナルアルバム『HIT』も、基本的には『FEVER』の延長にあると感じる。つまり、これまで培った方法論や技術はそのままに、多くの人が楽しめるポップスとして提示すること。耳馴染みの良い音楽と思いきや、よくよく聴くと非常に意欲的な挑戦に満ちている。そのような曲が揃っているのが『HIT』だ。冒頭、アコースティックギターから始まる"Darkest Before Dawn"は、さわやかなポップスからきらびやかなEDMになって、ダンスミュージックのスイッチが入る。続く"EXCITE"は、やはりところどころビートが止まって、かなりリズムが取りにくい曲である。しかし、そうと感じさせずに聞かせるのは、三浦大知のヴォーカルがしっかりとビートキープされているからだ。ポップな印象は、ヴォーカル技術に支えられている。
そもそも、紅白歌合戦でも歌われたシングル"Cry & Fight"自体、とても挑戦的な曲である。まず、リズムのパターンが非常に細かく、また変化に富んでいる。ハイハットで刻みを入れつつところどころズラしが入るようなビートは、"Black Hole"や"I’m On Fire"に通ずる。ウワモノの派手なサウンドとは裏腹に、とても精密なリズムパターンが作られている。また、アレンジをSeihoが担当していることもあってか、音響派/エレクトロニカの要素も感じる。このエレクトロニカ要素は、ラストを飾る"Hang In There"にも引き継がれ、アルバム全体をクールに締める。このようなエレクトロ的な微分されたリズムもまた、"Keep It Goin’ On"以降、少なからず追求されたもので、三浦大知は見事に歌い上げている。
個人的に驚いたのは、"Darkroom"という曲である。J Dilla的とも言えるもたついたビートにアンビエントなウワモノ。にもかかわらず、そこに絡んでいく三浦大知のヴォーカルの安定感。ビートとウワモノとヴォーカルがそれぞれ好き勝手に独立しているようでありながら、不思議と調和が取れている。このような不穏で魅力的な曲を中盤に入れてくるあたり、とても意欲的な作品作りの姿勢を感じた。多くの現役アーティストがそうであるように、いちばんの代表作は最新作である。『HIT』は、三浦大知の実力と魅力が同時に発揮された傑作だ。
Folderでのデビューからここまで、三浦はその足を止めることなく前進を続けてきた。それは、これまで書いてきたとおりである。その歩みは、おおざっぱに言えば、アメリカの最新モードのブラックミュージックを日本でおこなってきた、ということになる。しかし大事なことは、そんな三浦が、「日本人」の間尺に合わせるような姿勢を取っていない、ということだ。三浦大知は、おもにアメリカのブラックミュージックを参考にしながらパフォーマンスをしてきたが、そこに「日本」のお茶の間サイズにしようという配慮が少しでもあっただろうか。もちろん、「日本」の市場を通じて表現する以上、「日本」的な文脈に巻き込まれることはあるだろうし、それ自体がすぐに悪いというわけでもない。しかし三浦大知に関しては、「和製」という立場に甘んじないという意志によってこそ、自らのパフォーマンスを磨いてきた印象がある。とくに、正確な体内ビートに支えられた、リズムとアクセントを自在に操るようなヴォーカルとダンスは目を見張る。三浦大知のたしかな技術が、表現の幅を広げてきた。
三浦大知はデビューからずっと、自らのパフォーマンスを高めてきた。ごく当然のことのように聞こえるかもしれないが、それは意外と難しいことだ。とくに、「和製○○」にされてしまいがちな「日本」的文脈においては。2000年代、R&Bのシーンにはさまざまなモードの変遷があった。三浦大知は、その変遷と同じ速度でアップデートしようとしていた。それどころか、次のモードを作ろうという気概すら感じる。ポピュラー音楽の大きな渦のなかで、三浦はその体内ビートにしたがって、ひたすらに歌って踊っている。アメリカや日本といった地域性は関係なく、どちらが進んでいるとか遅れているとかも関係なく。その夢中さのさきで、デビューから20年後、三浦大知は屈指のエンターテイナーとして活躍しているのだ。
矢野利裕
1983年生まれ。批評家/DJ。音楽と文芸を中心に批評活動をしている。著書に『ジャニーズと日本』(講談社現代新書)、共著に『村上春樹と二十一世紀』(おうふう)など。
Info
三浦大知 - 『BEST』
2018/3/7 Release
三浦大知、初となるベストアルバムが本日リリース
ソロデビュー曲"Keep It Goin’ On"から"U"までの全シングル24曲を網羅したシングルコレクション!
CD初収録となるDREAMS COME TRUE提供楽曲"普通の今夜のことを − let tonight be forever remembered −"、さらに新曲"DIVE!"も加えた全26曲収録!
DVD/Blu-ray付きには上記新曲2曲を含む全25曲のミュージックビデオを収録!
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