ファッション・ブランド、UNDERCOVERが2006年にスタートさせたレーベル、UNDERCOVER RECORDSから、〈ACID ROCK FESTIVAL 2017〉として新作が発表される。現在アナウンスされているのは、〈PUNK FLOYD〉〈THE ORGANS〉〈THE SPACE NURSE〉など、ほとんどが架空のバンドのグッズだが、そんななか、唯一、実在するバンドから選ばれているのがCANだ。どんなシーンにも伝説は存在するが、CANは紛れもなくロックの伝説。といっても、The BeatlesやNirvanaのように誰もが知る存在ではなく、マニアックに音楽を掘り続ける者達の間で、合い言葉のように名前が登場してきた知られざる伝説と言えるかもしれない。CANは他に比べるものがいない、唯一無二の個性を持ったバンドなのだ。
CANが結成されたのは1968年、ドイツのケルンでのこと。ドイツのロック・シーンといってもピンとこないかもしれないが、当時、ドイツでは実験的なバンドが次々と登場して、イギリスやアメリカとは異質のロック・シーンが生まれつつあった。そこには、第二次世界大戦でアメリカに負けたドイツが、アメリカからやって来たロックンロールを“直輸入”するのではなく、オリジナルのロックを作りたいという意地があったのかもしれない。たとえば、KraftwerkやTangerine Dreamといったグループは、現代音楽の世界で注目を集め始めていたシンセサイザーをいちはやく導入。後にテクノと呼ばれる新しい音楽の下地を生み出した。海外の評論家は、こうしたドイツの個性的なバンドを「Kraut Rock(クラウト・ロック)」と呼んだが(〈Kraut(キャベツ)〉はドイツ人の好物、ザワークラウト(酢漬けのキャベツ)に由来する)、そんななかでも、CANの存在感は際立っていた。
CANのオリジナル・メンバーは、Irmin Schmidt(イルミン・シュミット:キーボード、シンセサイザー)、Holger Czukay(ホルガー・シューカイ:ベース)、Michael Karoli(ミヒャエル・カローリ:ギター)、Jaki Liebezeit(ヤキ・リーベツァイト:ドラムス)の4人。Irminは大学で音楽理論を学び、ドイツを代表する現代音楽家、Karlheinz Stockhausen(カールハインツ・シュトックハウゼン)に師事。Steve Reich(スティーヴ・ライヒ)やLa Monte Young(ラ・モンテ・ヤング)など、当時、注目を集めていた現代音楽家と共演するなど、ドイツの現代音楽の未来を担う若手として期待されていた。
そんなIrminと共にStockhausenのもとで学んでいたのがHolger Czukayだ。Holgerはベーシストとしてジャズ・シーンで活動する一方で、Stockhausenの影響を受けて電子音楽に興味を持ち、スタジオの機材を操って音響的な実験も行っていた。また、Holgerはスイスの高校に音楽教師として赴任したことがあり、そこで知り合ったのが、高校の生徒だったMichael Karoliだ。KaroliはR&Bやソウル・ミュージックが好きな若者で、The Beatlesをはじめ同時代のロックやソウルをHolgerに教えたという。そして、Jaki Liebezeitはジャズ畑出身で、Chet Bakerをはじめ様々なミュージシャンと共演する一方で、フリー・ジャズ・シーンで活躍していた。
4人は、自分達がやっていた音楽を退屈に感じ始めていた。そして、未知の音楽を追求すべく、アメリカ出身の実験音楽家、David Johnsonを加えた5人でInner Spaceというグループを結成したが、Johnsonが68年に脱退。新メンバーとして、アメリカからやって来た黒人の彫刻家、Malcolm Mooneyをヴォーカルとして迎え入れたことをきっかけに音楽性がロック寄りに変化。バンド名をCANに変更して、新たなスタートを切ることになる。
ここで注目したいのは、メンバーのうち誰一人としてロックを演奏した経験がなかったということだ。そして、68年の段階でIrminが31歳、HolgerとJakiが30歳、そして、Michaelが20歳で、始めてロックバンドを結成するには、みんな“いい大人”だった。つまり、彼らはロックに夢や幻想を抱いていなかったのだ。現代音楽、ジャズ、R&Bなど、ロック以外のバックグラウンドを持ったメンバーが(Malcolmに関してはまったくの素人)ロックを研究して、オリジナルのロックを作ろうとしたのだ。
CANは曲作りのアプローチからして独特だった。彼らは知り合いから古い城を借りると、そこを自分たちのスタジオにして、共同生活を送りながら気が向いたら即興でジャム・セッションを行った。そして、そのセッションを片っ端から録し、そのなかから気に入ったフレーズやパートを発展させて曲に仕上げていった。「現代音楽やフリージャズをバックボーンに持つバンド」と聞くと、難解な音楽をイメージしがちだが、CANのサウンドは一見、驚くほどシンプルだ。同じビートやフレーズを何度も繰り返し、ロックにありがちなギターソロやサビのメロディーでドラマティックに盛り上がることはない。CANは淡々と曲を展開し、じわじわと強烈なグルーヴを生み出していく。そこには、ミニマル・ミュージックなど現代音楽の手法や民族音楽からの影響を感じさせる。CANのメンバーはアフリカ音楽をはじめ民族音楽にも興味を持っていて、後に〈疑似民族音楽(Ethnological Forgery)〉と名付けた曲作りもはじめるが、それは架空の民族音楽を作り上げるというユニークな試みだった。
そんなCAN独特のサウンドは、ファースト・アルバム『Monster Movie』(69)から明確に打ち出されている。本作で圧巻なのは、アナログのB面すべてを使って収録された20分にも渡る"You Doo Right"だ。12時間に渡る即興セッションをもとにして生まれたこの曲は、ヴードゥー音楽を思わせるプリミティヴなビートを延々と繰り返していくが、そこから生まれる強烈なグルーヴが曲のテーマであり、ロック・バンドの主役ともいえるヴォーカルやギターは、グルーヴを引き立てる役割を果たしている。ロックのテンションを感じさせながら、ありきたりのロックではない不思議なサウンドだ。
『Monster Movie』を発表後、Malcolmがバンドを脱退。HolgerとJakiがミュンヘンの街角で偶然出会った日本人のヒッピー、ダモ鈴木がヴォーカルとして加入する。ダモもMalcolm同様、バンド経験がまったくない異邦人であり、そんな正体不明な男をいきなりヴォーカルに据えるという大胆さもCANらしい。そして、ダモ加入以降、CANはバンドとして全盛期を迎える。1970年にはセカンド『Soundtracks』に収録された「Mother Sky」がスマッシュ・ヒットを記録。
71年に発表した2枚組の大作『Tago Mago』は、よりロック色を強めたDisk-1と、サイケデリックで実験的なDisk-2というコントラストを際立たせた構成で、CANの二面性を打ち出した。また、Irminが映画音楽の仕事に関わっていたことから、映画やTVドラマに曲を提供。TVドラマの主題歌になった「Spoon」は、ドイツのシングル・チャート6位を記録する大ヒットとなった。そして、彼らの最高傑作として高い評価を得ているのが『Future Days』(73)だ。
これまでの強烈なドラムから、アフリカ音楽のパーカッションのような軽やかなビートに変化。ギターを流れるような滑らかなフレーズを弾くようになり、サウンドは緻密に構築されて心地良い浮遊感がアルバムを包み込んでいる。これまでCANは、メンバーそれぞれが高度な音楽知識と演奏能力を持ちながら、あえてプリミティヴなバンド・サウンドを作り出していたが、本作あたりから頭脳派音楽集団の顔を見せ始めるようになっていった。そして、そんなバンドの変化を察知したからか、ダモ鈴木は本作を最後にバンドを脱退。それ以降は、Michaelがヴォーカルを担当するようになった。70年代後半になると、CANはさらに民族音楽に接近したり、レゲエやディスコを取り入れたりとサウンドをさらに進化させていくが、メンバー間の音楽面における方向性の違いから『Can』(79)を最後に解散した。
そして、バンド解散後、時が経つに連れてCANは再評価され高い評価を得てきた。彼らの実験的なサウンドは、パンク/ニュー・ウェイヴをはじめオルタナ・ロック・シーンにも影響を与え、John Lydon(Sex Pistols、P.I.L)、Sonic Youth、The Jesus and Mary Chain、The Flaming Lipsなど様々なアーティストやバンドがCANのファンであることを公言したり、カヴァーを披露してきた。そして、その影響力はロックにとどまらず、Kanye Westが"Drunk and Hot Girls"でCANの"Sing Swan Song"を、A Tribe Called Questが"Lost Somebody"で"Halleluhwah"をサンプリングするなど、ヒップホップ・シーンの大物たちもCANに注目してきたのだ。
そんなCANの初めてのシングル・コンピ『The Singles』が最近リリースされた。本作は69年から89年までに発表されたシングル全曲を集めたもの(CANは89年に限定的に再結成してアルバム『Rite Time』を発表した)。バンドの代表曲をシングル・ヴァージョンで年代順にまとめた本作は、バンド最大のヒット曲"Spoon"や、イギリスのヒットチャートに入ったダンサブルなナンバー"I Want More"など代表曲が収録されていて、てっとり早くCANの世界に触れるにはうってつけの一枚だ。しかも、アルバム未収録曲が収録されているのも大きな魅力で、なかでも注目は71年に発表した"Turtles Have Short Legs"。この曲はCANをリスペクトする石野卓球(電気グルーブ)が岡村靖幸とのコラボ・ユニット、〈岡村と卓球〉でカヴァーしたことでも知られる隠れた名曲だ。
解散してなお、新しい世代のアーティストに刺激を与え続けるCAN。今年に入り、Irminは「The Can Project」を立ち上げてロンドンで公演した。その内容は、IrminとMalcomの元CANのメンバーを中心に、Thurston Moore、Steve Shelley、Debbie Googe(ThurstonとSteveは元Sonic Youthのメンバーで、DebbieはMy Bloody Valentineのメンバー。三人は現在、Thurstonのソロ・バンドで活動中)を加えたスペシャル・バンドを結成してCANの曲を演奏。さらにフルオーケストラでCANの曲を披露するなど、斬新な演出で話題を呼んだ。そして、今度はUNDERCOVERからグッズが発表されるなど、CANという伝説は現在も更新中なのだ。(村尾泰郎)
Info
・アーティスト:カン(CAN)
・タイトル:ザ・シングルス (The Singles)
・発売日:6月16日 (金)
・定価:2,300円(税抜)
・品番:TRCP-214
・JAN: 4571260586857
・解説 / 歌詞対訳付
・HQCD(高音質CD)仕様
[Tracklist]
1. Soul Desert
2. She Brings The Rain
3. Spoon
4. Shikako Maru Ten
5. Turtles Have Short Legs
6. Halleluwah (Edit)
7. Vitamin C
8. I’m So Green
9. Mushroom
10. Moonshake
11. Future Days (Edit)
12. Dizzy Dizzy (Edit)
13. Splash (Edit)
14. Hunters And Collectors (Edit)
15. Vernal Equinox (Edit)
16. I Want More
17. ...And More
18. Silent Night
19. Cascade Waltz
20. Don’t Say No (Edit)
21. Return
22. Can Can
23. Hoolah Hoolah (Edit)
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