昨日公開されたYoung Thugの"Wyclef Jean"のミュージックビデオが世界中で話題になり、1日で再生回数は270万回を超えた。このミュージックビデオだが、監督をつとめたRyan Staakeにとっては、この撮影は大失敗だった。
昨日も伝えたが、主役であり自らビデオのアイディアも出していたYoung Thug本人が10時間遅刻し、撮影現場に登場したにも関わらず車から降りてこずに、帰ってしまったからだ。
他のジャンルでは多々あることだが、ラップのビデオでラッパー本人が登場しないのは稀だし、今回は撮影プランにもThugが主役として登場するという設定だったため、その時点でこのビデオ自体がボツになる可能性すらあった。
ではRyan Staakeはどのようにこの失敗した撮影から、話題作と言われるビデオに仕立て直したのだろうか?
ビデオの冒頭にはRyan Staakeによるメッセージが流れる。そのメッセージはRyan Staakeがこのビデオを監督したことと「Young Thugとは一度も会ったことがない」という不穏な事実を伝える。
その後撮影アイディアを語るミーティングでのYoung Thugの音声ファイルとともに、実際にその通り撮影されたシーンが重なってくる。ただしThugがいるべき部分は空白になっている。
その後また監督からのメッセージでYoung Thugが撮影に姿を現さなかったことが改めて明かされる。
しかし唐突に別の映像が挿入される。それはThug自身がディレクションした自家用機を前にしたシーンで、お菓子のチートスを片手に"Wyclef Jean"のラインを歌うThugの姿が印象的だ。「チートスを食べるThugのアイディアが僕のものだったらよかったのに。しかしこれは全て彼のアイディアだ。この一連の場面が最高だ」という監督によるキャプションが続く。
そして続くキャプションでは「このビデオがどうやって失敗に終わったか説明しよう」と示される。
直後のシーンはうまくいったという警察のコスプレをした子供たちとヘルメットのギャルがバットでパトカーを壊すところだ。ここではThugがもともと登場する予定がなかったためそのままスムーズに映像が使用されている。
しかし警察官役のうちの1人の子供はThugがこの子を出演させたいと、いきなり申し出てきた子で、監督は素性も全く知らなかったというここでも予想外の事実があったことがPigeons & Planesの監督へのインタビューで明かされていた。
そして実際の警察が撮影現場に居合わせたこともここで明かされ、彼らもこの後再度登場するということも示された。
続けてのキャプションではYoung Thugのレーベル側から、監督に対しThugがそろそろ到着するということを伝えられた、彼の到着に準備するよう求められたことが説明された。
直後のシーンはホームパーティーのシーンだが、ここでも出演しているギャルの水着の色を赤に変更するようレーベル側からリクエストがあったことが明かされ、色味を変更したシーンも登場する。
その後は絵コンテが表示されるが、ここでもThugが登場しなかったため、希望のシーンとは違うショットが実際は撮影された。そうこのビデオが興味深い理由は、普通は完成品しか見ることができないミュージックビデオが、本当はこうなる予定だったという、これまでにない視点で切り取られたビデオだからである。
監督は普通制作陣や出演者にしか台本は示さないし、撮影現場でどういう変更があったかなどは視聴者は絶対に知ることができない秘密だ。
このビデオはその秘密をユニークな手法で私たちに共有してくれる、多分世界で初めてのミュージックビデオだ。
ミュージックビデオの裏側を伝えるバックステージショットムービーとも違う、全く違うビデオが生まれるかもしれなかったという生々しいビデオ制作の現場のドキュメンタリーになっているのだ。
女性同士が巨大なソーセージをくわえるシーンでも、弁護士から卑猥だという理由でカットしろと監督が伝えられているのがキャプションには書かれている。さらにはこの女性たちに追加のギャラが払われていることも。
次のシーンはレーベルの代表者が撮影班に対して怒鳴り散らしているシーンがあてられていたようだが、データがなくなったという理由でカットされている。実際はレーベルの意向なのだろうか。そしてこのシーンを撮影したのは、このビデオの裏側を取材しに来ていたViceのクルーというのも面白い。本来はビデオには予定されていなかったシーンということだ。
そしてようやくThugが現場に到着したことが明かされ、監督はThugをこのように撮るという意気込みを示すが、彼はInstagramのアカウントがハックされているなどの理由で、車から降りてこない。
さらにはThugのボディーガードが先ほど登場した警察と揉め始めた結果、警察から全ての撮影を中断させろとのお達しが下ってしまう。
最悪なことにその騒動のさいにThugが車で帰ってしまったことも伝えられている。
そして撮影からの帰り道に監督はThugが今回の撮影を気に入ってくれるかと思いを馳せるが、そんなことはどうだっていいんだという虚無感も生まれたことも書かれ、さらにはこのビデオが10万ドル(約1200万円)のコストがかかっていることも私たちは知ることになる。
本人が登場しない1200万円かかった、撮ろうと思ったシーンが全く撮れていないビデオ、普通ならボツのはずだ。
しかしその後に出てくるキャプションが秀逸だ。「でも、あなたはそれをまだ見てるよね?そして曲ももう終わりだ。僕はこのビデオは成功してると思う」
このビデオを見てしまうのは先ほども言ったが、ビデオの制作がどのように進み、どのようなアクシデントがあったのかがスリリングなところなのだ。そこにThugから送られてきた唐突なシーンなどが奇跡を起こしたことで、この前代未聞のミュージックビデオは完成した。
まるでフランソワ・トリュフォー監督の映画『アメリカの夜』のような不思議な構造を持ったミュージックビデオ"Wyclef Jean"、未見の方は今すぐ見てみてほしい。この文章を最後まで読めた人なら気にいるはずだ。