グライムの起源がどこにあるか? 確かに昨日ニュースになった1994年のゲーム『Wolverine: Adamantium Rage』をそのルーツのひとつに挙げることはできるだろう。シーンのトップDJのひとりLogan Samaの、自身の名前Loganや彼のレーベル名Adamantiumも、『Wolverine』に登場する。しかし、そのことにより同曲を“最初のグライム”と呼ぶのには躊躇してしまう。テレビゲームで遊び、ゲームのソフトで音楽を作るようになり始めたキッズたちが、無意識のうちにこの楽曲に影響を受けていたことは想像に難しくない。だが、それがシーンの中でどのように機能して生きていたのかが、音楽にとって重要なことなのではないのだろうか?……少なくとも我々が好きな音楽にとっては。こういうディスカヴァリーは単に楽しいということに間違いはないのだけれど。
by 飯島直樹
『Wolverine: Adamantium Rage』がリリースされた1994年のイギリス音楽シーンは、ハードコア・ブレイクビート〜ジャングルがアンダーグラウンドを席巻していた。Rinse FMが海賊ラジオとして放送を始めたのもこの年。グライムのパイオニアのひとりで、1979年生まれのWileyは、ジャングル〜ドラムンベースのMCとして海賊ラジオを中心に活躍し始めていた。1998年〜99年にはUKガラージが人気を博し、海賊ラジオでもこれらの曲が多くプレイされていた。
2000年にリリースされたSo Solid Crewの"Dilemma"は、グライムの源流のひとつとして挙げられる曲だ。ガラージの4x4リズムを変化させた2ステップ・リズムに、低く引き延ばされたベース・サウンド。そして、囁くように、しかし畳み掛けられるラップ。シンガロングし易く、華やかな印象のあったガラージに対する反動のようにグライムは生まれていった。
この頃には、それまでDJの脇で引き立て役だったMCたちが前面に出るようになり、トラックもMCツールのような役割を果たすかのようなシンプルなものが生まれてくる。ジャングルを聴き、テレビゲームで遊んでいたキッズたちが10代後半〜20代になり、トラックを作り始めるようになるのもこの頃だったのだろう。テレビゲーム、B級映画のサントラ、携帯電話の着信音。色んなものが手軽に素材となり、“持たざる者たち”の強力な武器となった。活躍の場は、もちろん海賊ラジオ。
2001年にはPay As You Go Cartelの"Know We"が発売される。Pay As〜は、当時最大のガラージ・クルーのひとつで、Rinse FM創始者のGeeneus、DJ Slimzee、Wiley、Flowdanらも在籍。"Know We"は99年頃からダブプレートで海賊ラジオを中心にプレイされ、強い人気を集めていた。Roll DeepクルーがEntourage Crew名義で2001年にリリースした"Terrible"と共に、チープでシンプルなビート、ちぎったストリングス・サウンドが不穏な空気を生み、グライムの原型となるサウンドが生まれた。この頃は「ガラージ・ラップ」や「グライミー・ガラージ」と呼ばれていたそうだ。ラップも不良で好戦的なテーマが多くなってきている。
2002年のPlatinum 45 feat. More Fire "Oi!"、Musical Mob"Pulse X (VIP Mix)"によって、そのサウンドは更に確固としたものとなる。"Oi!"での、ダンスホール・レゲエ〜ラガ、ジャンプアップ・ジャングルの要素を感じさせるトラック&ラップ。"Pulse X (VIP Mix)"は最初の“8-barチューン”としても知られる。8小節ごとにリズムが入れ替わり、MCたちはその2パターン(16小節)を使ってスキルを披露した。この曲が、バブリーな盛り上がりとなり先導を失い瀕死の状態にあったというガラージの救世主となった。2002年にはWileyの"Eskimo"、2003年を越えると、Dizzee RascalやJammerらが頭角を現し、このサウンドが更に幅広く知られるようになる。
そして2004年。『Grime』を冠したコンピレーションがRephlexからリリースされ、このサウンドが“グライム”として認知されるようになった。実際には全てインスト曲が収録され、初期のグライムから後に“ダブステップ”と呼ばれるサウンドの過渡期的なサウンドが収められているのだが。ちなみに、このコンピ第2集にはKode9やDigital Mystikzが収録されている。
音楽は言葉で定義されるよりもずっと前を進んでいる。グライムも、そう呼ばれる頃には既に別の形に変化していた。このテキストのように、過去のことを掘り返すのは、インターネットの海を泳ぐだけでも色んなヒントを掴むことができる。ただ、いま我々の周りで起こっていること、これから生まれるかもしれないことは、その渦の中に飛び込むことでしか感じられない。音楽がいちばん面白く刺激的なのは、その音が周囲——時代や社会と反応しながら活きている瞬間だ。明日の“グライム”を生み出し、それに気がつくのは、いまここにいる我々にしかできないことなのだ。