まずは自らの美学を――『KUUGA』についてのノート

Tohjiの2020年は客演では"GOKU VIBES"や"TEENAGE VIBE"などもあったとはいえ、自身名義では2019年までのモードとは一変し、アンビエンスを携えた作品のリリースが続いた。そして急速に親交を深めたように見えるLootaとのコラボシングル『Love Sick/Melting Ice (Remix)』を経て、3月に突如リリースされたのが『KUUGA』だ。Lootaに加えフランス出身のプロデューサーBrodinskiとのトリプルネームでリリースされたアルバムは、2020年のモードをさらに先鋭化させ、これはどのような作品だと一聴し、困惑したリスナーも多いはずだ。

本作が出来上がった背景について、Tohjiのマネージメントを担当するCANTEENの遠山啓一に、東京のカルチャーを巡る状況と共に寄稿してもらった。

文:遠山啓一(てぃーやま)

編集:もてスリム

編集協力:松本友也+瀬下翔太

撮影 : Yaona Sui

詩を生み出す仕事

TohjiとLootaによるアルバム『KUUGA』が今年3月にリリースされた。Tohjiのキャリアを振り返ってみても、この作品はサウンドやフロー、歌詞の面で高いクオリティを誇っている。しかし、この作品を今発表する意味や、作品を取り巻く状況があまり多くの人に伝わっていないように感じているのも事実だ。なかにはこれまでの作品との差異に戸惑いを覚えているリスナーさえいるかもしれない。

Tohjiのマネージャーとして『KUUGA』の制作に携わるなかでずっと考えていたのは、この作品がぼく自身にとって「祈り」のような意味をもっているということだった。音楽やアートに対する、こうあってほしいという「祈り」である。音楽やアートは本来、答案用紙に答えを書き込むようなものではなく、白紙に向かってその人でなければいけない意味や、その人自身のかけがえなさを表現するものだったはずだ。それはアイデンティティやオーセンティシティ(authenticity)とも言いかえられるかもしれない。自分たちで新しい価値を生み出したり、それを受け取る人の現実を変えてしまったりするもの。アーティストとは、そういうふうに美学から「詩」をつくる存在だとぼくは思っている。

言葉にするとシンプルだが、それを実践することはそう簡単ではない。現にいまの日本では美学が置き去りにされてしまうことも少なくない。少なからぬ人々が、プラットフォームに合わせて「こうすれば売れる」「こうすれば聴かれる」というロジックを編み出し、あらかじめ決まった正解を出すことに躍起になっている。あるいは、既成の文脈に応じていち早く最適解を提示するゲームのなかで勝とうと必死になっている。オーディエンスの中にも、そのゲームを楽しむ形で音楽やアートを消費している人が少なからずいるだろう。

コロナ禍を経て、この傾向はさらに強まっているように思う。人の集まる場所や機会が減り、意図しない出会いや接触がほとんどなくなってしまったことで、目的やターゲットのはっきりした場やコンテンツの存在感が相対的に高まっている。答えのはっきりしたものだけが需要を伸ばすことで、アーティストもメディアもオーディエンスもそれを内面化してしまっている。しかしその先には、物事を消費する態度しか残されていないのではないか。

『KUUGA』が体現する美学

こうした状況に抗うように、TohjiとLoota、Brodinskiという3人のアーティストがそれぞれの美学を持ち寄り、完成させた作品が『KUUGA』だ。この作品で、Tohjiは新しい「詩」の形を見せてくれた。既成の文脈やシーンのなかで戦う「ゲーム」ではなく、自分たちの「美学」を見せる作品。誰かのつくった音に言葉だけをすげ替えたような音楽や、コミュニケーションのネタとして消費される前提でつくられた音楽ではなく、自分たちにしかつくれない音楽。この作品を通じて、Tohjiはアーティストとしてまたひとつ頼もしくなった。

だからこそ、『KUUGA』を聴いて戸惑う人もいるだろう。ファンにとって単純に見たことがない/聴いたことがないというだけでなく、「J-Hip Hop」のゲームにおけるルールからも逸脱しているように感じられるかもしれない。この作品は、既存の文脈のなかで相対化できない。ゲームのなかで音楽を消費することに慣れている人々が、美学を示そうとする『KUUGA』をうまく表す言葉を見つけられず困惑するのもおかしくはない。

もちろん、ゲームに乗ることや売れることが必ずしも悪いわけではない。アーティストなら売れることばかり考えずに美学を貫けと主張したいわけでもない。ポピュラーであることや多くの人に聴かれることはもちろん重要だ。しかし問題は、そこでつくり手側の美学への意識が抜け落ちてしまいがちなことにある。本来は、自分や仲間としかつくれないノリや言葉、音、空気がまずあり、そこから自分たちにしかつくれないスタイルや矜恃、つまり美学をもった音楽やアートが生まれてくるはずだ。その上で、その強度をさらに高めるために、またそれを多くの人に知ってもらうためにゲームを利用する、という順序になるのが自然だろう。

ゲームと美学のすり替えに抗う

いまの日本の音楽シーンは、そんな流れからアーティストや作品が生まれているといえるだろうか? とりわけ東京では、ますます空気の読み合いや予定調和の“マッチング”、アルゴリズムへの最適化が加速しているように見える。音楽はコミュニケーションのためのコンテンツでしかなくなり、日々急速に消費されている。

ここで起きているのは、ゲームと美学のすり替えだ。すなわち、ゲームをうまく乗りこなすこと、多くの人に聴かれ有名になること自体が、ある種の美学なのだと誤認されてしまっている──それは東京において「芸能」がもつ力の大きさと不可分なのかもしれない。

美学とゲームのすり替え、あるいは美学なきゲームは問題だ。しかし他方で、ゲームなき美学も十分とは言えない。美学=自分が積み上げていくべきものと、ゲーム=求められるもの、のせめぎ合いから作品や活動のダイナミズムは生まれる。両者は二者択一ではなく、ふたつの間を行ったり来たりすることでアーティストは成長していくものだ。しかし少なくともいまの日本ではそんな往還が生まれず、アーティストの活動の多様性も失われている。ゲームに勝ってメジャーなアーティストになるか、ゲームに背を向け美学を貫いて孤高のアーティストになるか――そんな二択しかない状況からは、豊かなカルチャーなど生まれるはずがない。

だから今、ぼくたちにはオルタナティブが必要なのだ。現実をうまく乗りこなす気持ちよさではなく現実を変えてくれる衝撃を、予定調和の出会いではなく想定できない出会いを、ゲームのなかで置換可能なプレーヤーではなくかけがえのないアーティストを、巷で人気だと言われているものではなくあなたに寄り添ってくれるものを――カルチャーがカルチャーであるために、そんなオルタナティブをぼくたちは求めなければいけない。

闘うすべての人への「祈り」

しかし、アーティストがそう簡単にゲームから降りられないのも事実だ。大きなレコード会社からメジャーデビューすることは必然的に芸能というゲームに参加することを意味するし、何らかの「シーン」に属することや特定の地域や場で活動することも同様だ。多くの場合、既存のゲームにはシステムやルールを掌握している先行プレイヤーがおり、アーティストが自分の美学を貫くためには周囲の人々と無限に闘いつづけなければいけなくなってしまう。

ぼくがCANTEENという会社をつくってアーティスト・マネジメントを行なっているのは、アーティストが自ら闘わなければいけない機会を少しでも減らしたいからだ。前述のとおり、ぼくにとって音楽やアートとはかけがえのないものであり、自分にしかできないこと、自分の仲間や場所に対して正直であることからしか生まれないものである。ところがいまの東京はどうか。アーティストが自分に正直に作品をつくろうとすると、レコード会社からライブハウス、リスナーに至るまで、すべての人々との闘いを強いられているような気分になるだろう。当たり前だが、それはとても孤独な闘いで、いつ心が折れてしまってもおかしくない。だからぼくはアーティストの美学を守るためのマネジメントを実践していきたいと思っている。アーティストが向き合うべきは、自分自身や作品に昇華される闘いだけであるべきだ。

もちろんぼくたちだけが頑張れば社会が変わるわけでもない。音楽やアートのための場所がどんどんゲームのロジックによって支配されていく状況を変えるためには、ひとりでも多くぼくたちの仲間を増やさなければいけないし、こうした議論を立ち上げていかなければいけないと思う。

Tohjiが『KUUGA』によって踏み出した一歩は、ぼくたちにとっても大きな一歩だった。その一歩を信じてぼくたちは進んでいきたい。正直になれる場所、みずからの美学を守れる場所をつくっていかなければいけないのだ。そのなかからしか、自分たちを勇気づけ、自分たちの現実を変えてくれる、本当の意味で自分たちに寄り添ってくれる作品やアーティストは生まれない。『KUUGA』を通じてTohjiはアーティストとしてまた大きな進化をみせたが、同時に本作はカルチャーの多様性が失われゆくこの世界で闘っている人々に寄り添ってくれるものになっているだろう。Tohjiがいまこの作品をリリースしたのは、それがぼくだけではなく、闘うすべての人への「祈り」になりうると彼自身が知っているからなのだ。

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