アーティストとファンをもっと近くに―Sofar Soundsが描く理想のライブの姿とは

アーティストが有名になればなるほど、ライブが開催される会場は大きくなり、アーティストとファンの距離は遠くなってしまうもの。そしてたくさんの人が集まれば、ライブ中に携帯をチェックしたり、一緒に来ている人と話しはじめたりしてしまう人も出てくる。

ロンドンに住むRafe Offerは、そんなライブ環境に嫌気がさし、友人のRocky StartとDave Alexanderを誘って、家にバンドを招いてイベントを開催しはじめた。Sofar Soundsという名の下、2010年に始まったこのイベントも、今では世界中の319都市で月に500回以上のイベントを開催する一大ムーブメントへと発展。

Sofar Soundsとは一体どんなイベントなのか。そして彼らが目指すものとは。

文・写真:Atsushi Yukutake

Sofar Soundsとは

タイトルにもある通り、Sofar Soundsのゴールは、音楽ファンとアーティストを会場に集め、純粋に音楽を楽しめる環境を提供することにある。そのため、住宅やカフェなど最大でも100人程度しか収容できないような会場でイベントが開催され、飲食物の提供はなく、投げ銭制で入場料もなし、重厚なサウンドシステムもなければ、派手な照明機器もない。

持参したクッションや会場の地面に腰をおろす観客同士の距離は近く、知らない人との間に自然と生まれる会話や、演奏を終えたアーティストとのやりとりもSofar Soundsの魅力だ。毎回代わる会場や、観客とボランティアスタッフが創り出すDIYな雰囲気、出演者等イベントに関する詳細が直前まで明かされないという仕組みが音楽ファンの心を掴んだ。

ロンドンで誕生したこのイベントは、すぐにアメリカへ輸出され、その後ヨーロッパ、アジアの各地へと広がっていった。日本ではSofar Sounds Tokyoが2014年に発足し、現在3ヶ月ごとにイベントが開催されている。

Sofar Sounds

イベントの流れ

イベントに参加するには、まず抽選を経てチケットを獲得しなければならない。ウェブサイトを訪れ、自分が住んでいる地域に近い都市を選ぶと登録が完了。そして、直近のイベントに応募し、当選すればその旨が記載されたメールが登録したアドレス宛に送られてくる。

ただしこのメールに書かれているのは、自分がイベントに参加する権利を得たこととスケジュールだけ。会場は開催日直前まで明かされず、アーティストに至っては当日会場に着くまで何の情報も与えられない。

当日、アムステルダム市内にある大した張り紙も見当たらない会場の入り口で名前を告げると、秘密のライブスペースへとようやく案内される。会場の壁に貼ってあるポスターや、入り口でスタッフに渡された資料からようやくアーティスト名を確認できるが、それでも彼らがどんな演奏をするのかは実際にライブが始まるまで分からない。

いざライブが始まると、まず驚かされるのが会場の静けさだ。持参したビールのプルタブを引っ張るのさえはばかられるほどの静寂。どうにかイベントの雰囲気を持ち帰ろうと、携帯電話のカメラで写真を撮ろうとしている人以外には、携帯電話をポケットから出そうとする人の姿も見当たらない。

今日の1組目はイギリス出身のアーティストLewis Bootle。彼についての簡単な紹介と、3組目のGeckoと共に彼が現在オランダツアーを行っているというスタッフの簡単な説明の後、アコギ1本で登場した彼の歌声が部屋を満たす。いわゆるシンガーソングライターという風貌ながら、ボブ・ディランのように歌とも語りとも区別し難いユニークなスタイルの彼の演奏に、目をつぶりながら耳を傾けるオーディエンスの姿が目に入ってくる。と思いきや、”not particularly OCD just a general fan of some symmetry(強迫性障害ってワケじゃなくて、ちょっと左右対称なものが好きなだけなんだ)”といった歌詞で笑いを誘う一幕も。最後の曲では、コーラスにオーディエンスを巻き込んで拍手喝采の中、30分間の短い演奏時間が終了した。

 

Lewis Bootleが控室(という名のベッドルーム)に戻ると、ようやく緊張の糸が切れたようにオーディエンスの間に会話が広がる。あまりに混み合った会場内には、「足を踏んじゃってゴメンね」といった声や、演奏を終えたアーティストに声をかける人の様子も。そして20-30分もすると、2組目のアーティストの紹介が始まった。

2組目のNoam Vazanaは、イスラエル出身のジャズシンガー。キーボードとスタンドに設置されたトロンボーンという、ソロアーティストとしては一風変わった組み合わせの楽器にオーディエンスの視線が注がれる。「女性はバーにいるとよくナンパされると思いますが、いまいちなピックアップラインが多いですよね。この曲はそんな使い古されたフレーズを使っている男性に向けたものです」という曲紹介から、オランダ・イスラエルの両方で積極的な活動を行っている彼女の演奏がはじまった。

予想に反しかなりポップな曲からスタートしたが、2曲目にはまさにジャズシンガーといった感じのピアノの弾き語り曲が披露され、その後もふたつの楽器を駆使し、緩急をつけた演奏が続く。オーディエンスを巻き込んだ曲を演奏しているときには、「あなた本当に歌ってる?ちょっとここまで聞こえてこないんだけど」と煽りが入るなど、1組目のLewis Bootle同様、アーティストとオーディエンスの物理的・心理的な距離の近さが際立つ。最後の曲の紹介時には、残念がる声がオーディエンスからあがっていた。

 

そしてラストを飾るのが、Lewis Bootleと共にイギリスからやってきた、オランダツアー中のGecko。ライブ前日に行われていたWomen’s Marchに参加した人を讃えながら、一曲目がスタートする。一緒にツアーを行っているだけあって、スタイル的にも1組目と似ているが、さらにストーリーテリング要素が強く、ラップに近いような箇所も。

”iPhone, therefore I am(iPhone、故に我あり)”や、ルーブル美術館でモナリザと同じ部屋に飾られているばかりに観光客に目も向けてもらえていなかった”The Wedding Feast at Cana”と呼ばれる画からインスパイアされた”Any Other Room”など、メッセージ性の強い曲で、休憩時間中に気の緩んでいたオーディエンスの間に再び緊張感が広がる。最後には、Lewis Bootleとのジョイント曲”Festival Band”を披露し、この日のイベントを締めくくった。

 

ライブ終了後には、CDやグッズを購入する人の波をかき分け、出口付近に立っているスタッフが持っている投げ銭用の入れ物に”チケット代”を入れ、もう二度と来ることはないであろう会場を立ち去った。

Sofar Soundsの存在意義

純粋に音楽を楽しめる環境を提供する、ということ以外にも、Sofar Soundsは新進気鋭のアーティストが露出を得る場として利用されている。2013年には全英チャート1位に輝き、サマーソニックへの出演で初来日を果たした、イギリス出身のバンドBastilleも世界的な注目を浴びる前の2011年にSofar Londonに参加していた

もちろん無名のバンドは、地元のライブハウスでライブを重ねて知名度を獲得することもできるが、世界中の音楽ファンに注目されているSofar Soundsに出演することで、少なくともインターネット上ではSofar”ブランド”の付いたビデオが公開される(都市にもよるが、アーティストにはライブビデオが出演料の代わりとして提供される)。また、スタッフや観客のソーシャルメディア上での情報共有(かつ彼らが音楽好きであること)を勘案すると、アーティストが自分たちで作ったビデオを、自分たちのYouTubeチャンネルに流すことに比べれば、マーケティング効果はかなり大きいと考えられる。

観客側からすれば、それぞれの趣向という意味では当たりハズレがあるものの、スタッフの審査を通ったレベルの高いアーティストのライブを無料/安く、しかも近い距離で楽しめるということで、良いことずくめだ。

イベントの運営を支えるボランティアスタッフも、根っからの音楽ファンが多く、全員が忙しいスケジュールの合間を縫って場所探しやアーティストのブッキングを行っている。イベントの様子を伝える(主に駆け出しの)ビデオグラファーやフォトグラファーも、経験を積むと共にアーティストとの繋がりをつくり、自らの仕事に還元するという良いサイクルが生まれているようだ。

英Virginグループ会長のRichard Bronsonが、最近Sofar Soundsへの投資を決め、一部の都市ではチケット制の導入もはじまったということだが、今後規模が拡大する中で、いかにSofar Sounds設立時の哲学である”SOngs From A Room(=SOFAR)”が守られていくのかというのが、彼らのブランドを成長させる上でカギになってくるだろう。

Sofar Sounds

Sofar Soundsオフィシャルサイト:https://www.sofarsounds.com/
Sofar Sounds Japanオフィシャルサイト:http://sofarsoundsjapan.com/

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