2016 Best Or Worst by てぃーやま (Rhetorica)

いよいよ2016年も残す所、12月を残すのみ。今年も様々な作品の話題や、トピック、ムーブメントが起きては過ぎ去り、慌ただしい日々を過ごしていたという人も多いはず。そんな2016年をFNMNLなりに振り返る企画「2016 Best or Worst』がスタート。様々なジャンルで活躍する方々に、今年の個人的なベストもしくはワースト、もしくは両方をあげてもらった。今年、文芸批評雑誌Rhetorica#3を刊行したRhetoricaのてぃーやまによる2016年のベスト。

2016 Best by てぃーやま

Kero Kero Bonito - Trampoline


コメント

僕がロンドンに留学していた頃のKero Kero Bonito(以下、KKB)は、メンバーのGusの出身校やSarahのアトリエがあるNew Crossというエリアの、Bunkerというとても小さなライブハウスでショーケースをやったりしていた。内装を自分たちで手がけていたりと、ロンドンの学生によるDIY感溢れる良きプロジェクトという感じがして、身近で大好きなバンドだった。

その時期に発表されたミックステープ、『Intro Bonito』の楽曲は、チープなドラムキットと半分おもちゃのような子供用シンセなどを使ったものが多く、HALCALIなどからのインスピレーションを随所で言及しているGusの「やりたいこと」が詰まっている音だった。歌詞の内容もSarah本人の中では明確なコンセプトが常に存在しつつも、一見意味不明の言葉が連なっており、彼らにとって外国語である日本語が半分以上を占めていることがさらにその意味不明さを(特にロンドンの人たちにとっては)増幅させていた。

KKBは僕にとってロンドンそのものだった。ロンドンらしいダンスミュージックから流行りのUSポップ、J-POPやK-POPにとどまらずマルチネまで。彼らは本当の意味で世界中の音楽をフラットに自分たちのインスピレーションとして受け止め、自分たちの考える「ポップ」を通じて新しいクールを貫いていた。自ら信じる価値を追求するための手段としてのDIYやインディペンデント。それは僕がRhetorica#03を通じて考えていたテーマでもあったし、その源泉としての「ロンドン・インディペンデント」そのものだった。

またそれに加え、新しいクールを模索する姿だけではなく、かわいらしいサウンドの中に時折顔を見せるナイーヴさやダウナー感。そこがさらに、ロンドンに居る日本人としての僕にとって共感できるものだった。

世界中の音楽をインスピレーションとしつつ、どの土地や場所にも属さないその音楽性。そしてその中で、パーソナルでどこか寂しげな体験を歌うKKBの楽曲は、僕にとってまさに「都市」的なものとして感じられていたし、ロンドンでの滞在を象徴するものになっていた。

ロンドンから日本に戻ってからは、KKBの楽曲を追う機会も少なくなっていた。
昨年末のYA3iのハロウィンパーティで久々に彼らのパフォーマンスを観ることができたが、その時に感じたのは懐かしさというよりも、彼らが明らかに次のステップに進んでいっているということだった。一言でいえば、曲が洗練されてきていた。

もちろん彼らが売れてきたことによってUSツアーを行ったり、様々なメディアで取り上げられた影響もあるだろう。“Picture This”に始まり、そのあとに続く”Lipslap”、”Break”と、KKBの世界観が確立されてきたことによって、前述したナイーヴさやDIY感よりもKawaii/Cuteといった要素が前景化してきたように感じた。サウンドとしては非常に聴きやすく、大好きな楽曲たちなのだが、同時に僕の中での「都市」やロンドン滞在を象徴するアーティストとしてのKKB像は薄れていた。

前置きが長くなったが、そんなことを考えていた時にアルバム『Bonito Generation』と共に発表されたシングルが本題の”Trampoline”である。この楽曲は、KKBの“洗練”が、決してインディペンデントなスタンスと矛盾しないということ、そして彼らが未だに強い意志を持ち続けていることを思い出させてくれた。

この曲のメッセージは何か。途中のSarahの「Even if you're falling, that's okay. There's a trampoline waiting for you. It's so easy, you just have to believe. 信じればいいんだよ!」という言葉のとおり、歌われているのは、自分たちの好きなことを「信じる」ことこそが救われる手段なのだということだ。メッセージとしては確かにありきたりなものかもしれないが、これまでのコンテクストを踏まえれば、僕の心を揺さぶるには十分だった。

彼女は「ロンドン・インディペンデント」の思想を、いままでのKKBと変わらず気の抜けた仕方で、あくまでも「ポップ」に、歌ってみせる。そして何より、それが「ポップ」と矛盾をきたさずに、「ポップ」なままで歌われていること。そのことに心が揺さぶられた。

ロンドンで自分と同じ時期に、同じようなレベルで自分たちの考えるクール、自分たちの「やりたいこと」を信じて追求していたKKB。彼らが世界的な人気を獲得しつつあるなかで満を持して発表したアルバムにおいても、自らのスタイルを決して崩すことなく、自覚的にインディペンデントとして振る舞っていたこと。そしてそのことによって他者を勇気づけ、世界に新たなクールを作り出していこうとする姿。「やっぱりKKBはロンドンのバンドなんだ。そしてこいつらは最高にカッコいい」と僕に思わせてくれた楽曲がこの”Trampline”だった。僕が過ごしたロンドンの記憶を消し去ることなく、「おまえらも早くNext Levelに来いよ」と鼓舞してくれているように思えるこの曲を、2016年のBestとしたい。

来年に向けての告知など

僕がこの楽曲をBestに選んだ理由は、楽曲単体の良さだけではない。KKBの活動から僕らが学ばなければいけないことはあまりにも多い。

・まだまだ小さいスケール(ショーケースに200人程度の集客)だった頃のKKBがSXSWに招待され、その影響力を広げていったという事実。
・アルバム発表のタイミングで、彼らがBritish Councilのファンディングを受けてインドネシアでショーケースやプロジェクトを行ったという事実。[1]https://www.youtube.com/watch?v=NPh9TiXFJ6Y
・日本発の文化であるゲームからの影響や日本音楽の「ポップ」さを、彼らのような西洋人の方がうまく抽出し、転用しているという事実。[2]https://www.youtube.com/watch?v=ZqQ-O1_7Az8
・Bread & Butterで行われたKKBのライブ動画のコメント欄でCultural Appropriation(文化の脱用)についての議論が活発に行われているという事実。[3]https://www.youtube.com/watch?v=huJUaJIFRH8

2020年の東京オリンピックに向けて、様々な文化政策が活発になるのを目の当たりにする一方で、その方法論にはあまりにも多くの疑問符が付きまとう。J-POP自体やその「ポップネス」を定義できておらず、誰もその議論を展開しようとしない現状。明らかに縮小し、右肩下がりの日本音楽産業において、特にこれといって変化や挑戦が見られない日本の音楽シーン。数年遅れのトレンドを追いかけ、盛り上がってもいないシーンやアーティストに「世界基準」「インターネット世代」などのレッテルを貼ろうとするメディア。

良いアーティストやコンテンツが無限に存在する日本の音楽シーンだけに、チャンスや解決の糸口は至る所に落ちている気がする。1人の行動でどこまでこれらの環境を変えることができるか分からないが、「日本の音楽/文化ってこんなにカッコ良いんだぜ」と胸を張って言えるよう、2017年も動き続けていきたい。

プロフィール

Texiyama
てぃーやま

メディア・プロジェクトRhetoricaとして活動中。
twitter.com/K11080

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