音楽はなぜ僕らを動かすのか(前編)

それでは、人は慣れ親しんだリズムがかかれば踊りたくなり、知らないリズムでは踊りたくならないのだろうか?そもそも、人はなぜ音楽に合わせて踊りたいという欲求をもっているのだろうか?

一般的に、単純ではっきりとしたビートのほうが、リズムが複雑すぎたりはっきりと分からない時よりもノりやすいこと、そしてビートに動きを合わせたほうが合わせない時にくらべて動きやすくなることは、文化に依存しないと言えそうだ。

実際、打楽器の入っていないバラードの独唱や、複雑なリズムのフリー・ジャズよりも、単純明快なビートをもったダンスミュージックのほうが圧倒的に踊りやすいし、古来、世界各地の戦場では、兵を文字通り鼓舞するために行進曲などのパーカッシヴな音楽が演奏されてきた。

東京芸術大学のパット・サベジ氏らは、伝統音楽を中心に世界中から集められた304個の録音サンプルと、それらの音楽が演奏された場面についての情報を分析し、「単純なリズム」「規則的なビート」「離散的なピッチ(注3)」「集団でのパフォーマンス」などの特徴が多くの文化の音楽に共通することを見出した。

興味深いことに、「打楽器を使い」、「規則的で単純なリズム」に「集団で合わせて」「踊る」という4つの特徴群は、互いに依存しながら進化してきたことが示された(注4)。 「世界中いたるところで、明確なビートが踊りや集団でのパフォーマンスとセットになって現れるということは、これらの特徴の機能的な結びつきを示唆しています。」と、サベジ氏は言う。平たく言えば、分かりやすいビートは、文化に関係なく踊りに適している可能性が高いのだ。そしてその踊りは、共通の動きを通じて人間集団を結び付ける機能を担ってきたのではないか、とサベジ氏らは考察する。

Science
サベジ氏らの研究で用いられた304個の音楽サンプルを、「単純なリズム(2拍子または3拍子を基調としたリズム)」「集団でのパフォーマンス」「打楽器の使用」「踊りをともなう」という4つの特徴のうち何個に該当するかによって色分けし、1サンプルを1つの点として収録された地点に並べた。複数の特徴に該当する音楽(ピンクの点)が、世界中に広く分布していることが分かる。なお、データはこちらで公開されているので、興味のある方はご覧になってみてほしい。

ヒトは、高度な社会生活を営む動物である。その共同体を維持するために音楽と踊りが使われてきたというアイデアには、直感的に納得がいく。同じ音楽に合わせて見知らぬ人や仲間たちと一緒に身体を動かすことで生まれる一体感は、多くの人が経験したことがあるはずだ。また、社会的に音楽をたしなむ(たとえばライブに行ったり集団で踊ったりする)人のほうが、音楽と全く縁のない人だけでなく、ひとりで音楽を聴いたり演奏したりする人とくらべても社会生活や人生への満足度が高い、という最近の調査結果も、音楽や踊りと社会的つながりとの密接な関係をうかがわせる(注5)。そしてもちろん、軍楽や盆踊りなど、身体の動きをともなう音楽が人間集団を結びつけてきた歴史的な例は枚挙にいとまがない。

しかし、ヒトを見ているだけでは、このアイデアをこれ以上掘り下げていくことは難しい。

第一に、音楽と踊りがヒトの社会生活の役に立っているからといって、その関係が必然的とはかぎらない。音楽はヒトという特殊な例において「たまたま」社会的な役割を担うようになっただけかもしれない。もし、集団を結びつけることが音楽や踊りの普遍的な機能なら、ヒト以外の社会的な動物(たとえばサルなど)にも、音楽に合わせて踊る、という行動の萌芽のようなものが見られても不思議ではない。逆に、あまり社会的でない動物(たとえばネコなど)も音楽に合わせて動くのであれば、音楽と踊りを発達させるために社会性はそんなに重要ではない、ということになる。つまり、「音楽に合わせて動く」という行動がヒトの他にどのような動物に見られるのかを調べることで、音楽と踊りの機能をよりよく理解できるはずなのだ。

第二に、仮に音楽が踊りを通じて人々を結びつけるために発達したのだとしても、そもそもなぜ私たちはノリのいい音楽を聴くと踊りたくなるのか、という謎は完全には解けない。確かに、分かりやすいビートをもつ音楽は、たくさんの人が互いの動きのタイミングを合わせるのに適している。だから、ヒトは社会的つながりを強めるためにそのような音楽を聴くと踊りたくなるように進化してきた、という可能性は高い。だが、音楽と踊りの関係は本当にそれだけなのだろうか?社会生活以前の、もっと基本的な脳のしくみによって、ビートが私たちを動かしているという可能性もあるのではないか?ヒトの脳を傷つけずに調べる方法はまだまだ限られているため、このような問いに答えるには、ヒト以外の動物の脳を使った研究が今のところ不可欠だ。

後編では、バックストリート・ボーイズに合わせて「踊る」動物たちと、ネズミのために実験室の中でレイヴ・パーティーを(ドラッグを含め!)完全再現した研究を通して、「音楽」と「動き」の関係の核心に迫っていきたい。

ティーザーとして、とりあえずこの動画を貼っておく。どうぞお楽しみに。

注3:ドレミの音を例に考えると、ドとド♯の間にさらに無限に多くのいろいろな音の高さがありえる、というのが連続的なピッチで、たとえばドとド♯の間には何もない、というのが離散的なピッチである。離散的なピッチには、皆で一緒に歌ったり楽器を演奏したりする時に音程を合わせやすい、という利点がある。したがってこの特徴もまた、音楽を集団で演奏しやすくするために発達したのだろう、とサベジ氏らは考察している。

注4:正確には、そのように進化してきたという考古学的な根拠が示されたわけではなく、音楽の特徴についてのデータを統計的に分析した結果、一緒に進化してきたと考えたほうが、偶然そうなったと考えるよりもデータを上手く説明できることが示された、ということである。

注5:ただし、そもそもライブに行ける人は行けない人よりもお金や余暇があるのかもしれないし、集団での踊りに参加できる人はできない人よりも初めから社交的だったり、友達が多かったりするのかもしれない。この調査はこれらの可能性をつぶしていないので、社会的な音楽活動が満足度アップを引き起こしたことを示すには、さらなる研究が必要だ。

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