ベストサマーチューン 2016 Selected by Shimpei Nitta

Marvin Gaye風のメロウなソウルにのせて、メロディアスなフロウを聴かせる”あの子を抱きしめたら”は、徳利にとって唯一と言っていいサマー・チューンだ。歌われているのは、何も起こらない平凡な毎日、都会から遠く離れた田舎、いつまでたっても出来ない彼女。ブレイク以降、インターネットで多くの人の注目を集めるようになった徳利だが、それはあくまでラッパー、徳利の話であり、インターネットを離れた徳利の「なかの人」(というのがいるのである)は、相も変わらず、手に自分で「現実」と書いて海岸を歩いていたという無職時代の続きを過ごしていた。

そんな「なかの人」の目線から、現実とインターネット、田舎と都会など、さえない自分とその対岸にある洗練されたものとを対比していくのが、この曲の基本的な構図になっている。そして後者の象徴が、アートワークにも写真が使われている女優の夏帆。タンブラーに流れる可愛い女子の代表である彼女は、「なかの人」の180度対極にあるものとして描かれている。つまり、夏帆は日々の生活で触れることのないキュートでグッドな女子であると同時に、現実を忘れさせてくれるインターネットであり、いかしたパーティーが開かれている洗練された都会なのである。

しかし、彼女がそのつぶらな瞳に映し出すものは、彼女を見つめている「なかの人」自身である。ラッパーの徳利と、フリーター(当時)の自分。ネットの人気者である徳利と、人付き合いの少ない生活を送る自分。現実の悩みを忘れてやりたいことをできている徳利と、鬱々とした悩みやどうにもできない問題と向き合っている自分。一見、都会や女性への憧れを歌っているようにみえるリリックは、そうした「理想」に手が届かない自分の状況やそれに対する心境を炙りだす。「その目で見つめられ」ることは、自分のリアルな現状と対峙し、心の奥底を覗きこむことである。「なかの人」と「徳利」、つまり自分自身との内なる対話。それがこの曲の本質だ。「あの娘を抱きしめたらイパツーで解決する問題」と、「なかの人」はいまも、これからもずっとずっと向き合っていかなくてはいけない。

徳利の突然の活動休止も、「なかの人」と「徳利」の対話が最終的に行き着いた答えだったのだろう。しかし、その徳利が少し前から再びラップを始め、ついにはツイッターにまで戻ってきた。な、夏がやってきた……正直に言えばそのときはまったくそんなことは思わなかったのだが、いまこの文章を書いていて、そうか今年の夏はあのときから始まったのか、徳利が復活ツイートをした日が今年の立夏だったんだ…と思ったのだった。

復活後の徳利について、以前の猛暑のような勢いがあるかと言われると、残念ながら、ないと言わざるを得ない。いや、最高に面白い写真を次々とツイートしているのだが、徳利を有名にした"徳利からの手紙"の第2弾など、僕は退屈で途中で聴くのをやめてしまったくらいだ。前から言っていることだが、徳利とは成長キャラであり、初期衝動ゆえの美しさがあった「手紙」を成長したいまやられても、同じように感動することはできない。

とはいえ、復活後すぐに発表した"清澄白河"は徳利がLil Yachtyと非常に近いタイプの才能であることを証明したし、SNS活動休止中に公開した"Sunday Candy (Cover)"はまさかの合唱団名義でDonnie Trumpet & The Social Experimentのゴスペル曲をアカペラ・カヴァーして、格の違いを見せつけた。腐っても鯛、復活しても徳利。これらの曲での徳利には非常に大きな可能性を感じている。

もっとも、今回の徳利もまたいついなくなるかはわからない。夏とははかないもの。楽しい時間はいつか終わってしまう。しかし、復活した徳利のツイッターの名前に「2」がついていることを発見したとき、僕はわずかな期待を抱いた。これは徳利がシリーズものであることを意味しているのではないか。徳利は『ロッキー』や『アイアンマン』(一時期自分と重ね合わせていたらしい笑)が好きらしいが、それらの映画と同様に、今後も3、4と続いていくのではないか。もちろん、それはいまの2が一度終わるということも同時に意味してるのだけれど。

しかしそれにしても、3年前の代官山でのライヴのために作った曲が"OVE THE END"という曲名だったこと、その曲で徳利が「終わりの向こう側で待ってるぜ」と叫んでいたことを思い出すと、すべてがつながっていたのだとも思えてくる。そういえば、14年に活動を停止する2年前にも、徳利は一度Twitterを退会していた。ジ・エンドを迎えては復活して、またジ・エンドを迎えては復活して…。諸行無常、永劫回帰、輪廻転生。徳利とは何なのだろう。いつまで徳利について考えれば答えが見つかるのだろう笑。

そろそろ何について書いているのかわからなくなってきたし、そもそも徳利に興味がない方には最初から意味がわからなかっただろう。Coco Bensonの夏曲についてサラッと書いて終わりにしようと思っていたのに、なぜかこんなことになってしまった。やはり徳利には人を狂わせる魔力があるのだ。

<Shimpei Nitta Info>

ミュージック・マガジン9月号は8月20日発売です。石野卓球特集のほか、クレイジーケンバンド特集、夏に聴きたいレゲエ新世代特集、ゴンジャスフィ新作をきっかけにしたエクスペリメンタル・ヒップホップ論+アルバム選、KIRINJIインタヴュー、二階堂和美 with Gentle Forest Jazz Bandインタヴューなど、盛りだくさんです。ぜひお読みになってみてください。

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